第7話 灯り
【第二部隊隊長室】と扉の上に書かれている。その扉の前に千夏、駿介、隆太の三人がタブレット端末やら資料を数枚抱えて立っている。三人は揃って胸の辺りが絞まるような気分だった。足も手も、少しばかりも落ち着かない。
「初めて入るねここ。
と千夏は口を半開きにして二人に言う。
「ああ、なんか緊張するなぁ」
駿介はそう言いながら書類を意味もなくパラパラとめくる。そして扉をノックする。すると「あい、どうぞ」とぼやけた声が返ってくる。
扉を開けて三人は部屋に入った。その瞬間、生暖かい空気とブラックコーヒーの匂いが三人の体を包んだ。
「ああ、君たちか。どうしたのかね?」
と椅子に座ったやや細身の男はコーヒーを啜りながら言う。社長の使ってそうなテーブルの前には【第二部隊隊長 高橋十鉄】とある。
「えー、昨日船に出現した小型アメミットの解析結果が出ましたので報告に来ました」
駿介は緊張を抑え込んだ冷静な声色で言った。
「ご苦労。どうなったかね?」
と高橋は手を伸ばし、駿介から資料を受け取った。資料にはアメミットの細胞を電子顕微鏡で撮影した写真や、アメミットの傷口を撮影した写真が載っている。
そして隆太の方はタブレット端末を操作し、話し始めた。
「えー、まず最初に電子顕微鏡で細胞を撮影したものですが、左が従来のアメミットのもの、右が船に出現したものです。細胞の形状が異なるため、新種と断定できます」
そして千夏も続けて話す。
「その新種の能力として、下の写真のように再生能力が確認されました。写真のように二時間経過した段階で傷口がほぼ完全に塞がっています。そして分解液も通常より多く投与しなければ効果が確認できないという結果です」
「なるほど。やはり新種か……。しかも地上タイプのアメミットがどこから出現したのだろうか。新種、地上タイプという点を踏まえると……誰かが出現させたのかもしれないな」
高橋が話し終わったあと、駿介が付け足しを入れる。
「はい、この新種はまだ全世界でも確認されていません。研究チーム内でもそのような結論に至りました。船に乗った約千人、したがって隊員、志願者の誰かがアメミットの元であるRT菌をばら撒いたものと思われます」
あくまで推測であるが、これが事実だと仮定すれば組織内に敵がいることを想像し、部屋はゾッとした空気に変わった。
「駿介、もしかしたら世界にいるアメミットって人為的に出現させられてるのかな」
と隆太が駿介の方を見て言った。
「え、どうなんだろ」
駿介は予想外の疑問に眉をひそめた。
「まあまあ、新種が人為的に出現したとしても、それは断定できんな。ただ可能性はゼロではない。ただ新種の件に関しては信憑性が高いため、次の会議の議題として話を出してみる予定だ。報告ありがとう」
高橋は厳しい表情ながらも温和な口調で三人に言った。「失礼しました」と三人は言って部屋から退場した。
「ねぇ!羽月命って今どこにいるのかなぁ?」
黒髪を後ろに束ねた少女は、鏡とにらめっこし、必死にメイクをする金髪の女に言った。
「しらねぇよ誰だよそれ。そいつ優のセフレかなんか?」
「そんなんじゃないって!今探してる人!はぁ……。くるねさんも知らないのか……」
と言いながら優は肩を落とした。
「なぁ?今羽月命って言ったよな?」
前の前のデスクに座っている男が目を擦りながら言った。
「隊長!起きてたんですか!」
と今度は肩を上げるように驚いた。
「そいつなら外の訓練場に居ると思うぞー。それに今頃十人組と組手してるだろうな」
「ホントですか!?」
「あー斯波がなんかそう言ってた」
と隊長はご機嫌になった優にそう返した。
「ありがとうございます!」
一礼して優は部屋の扉をに走り出した。
「おーいどこ行くんだー優」
と金髪の女は走り出した優の方を見て言った。しかし優にその声は聞こえず、一直線に扉を開けて部屋から出た。
扉の上には手書きで【特別部隊】と書かれていた。
バーンと重い音を立てて大柄の男たちは地面に背中をつけて倒れる。そのたびに周りからは大きな歓声が上がる。
「はぁ……はぁ……。これで六人目か……。」
命は息を切らしながら、服に付いた砂を払う。一回も背中から倒れていないので背中に砂はついていない。よく考えたら服はこれしか持ってきてないので昨日と同じ服だ。実技試験合格まで制服は支給されないのでどうしようかと、そんなどうでも良いことが頭をよぎった。
「よし、次は俺が行くぞ」
とまた男が歩いてくる。あと四人、体が持つかどうか心配になってきた。休憩はさっきとらせてもらったのであまりとりたくないし、しかも十人組リーダーの本多副隊長がまだ残っている。
「うおおおおお!」
と叫びながら命は男に向かって走った。胸を一突きしようと思ったらそこに男はいなかった。そして風を纏いながら後ろから腕で肩を掴まれた。
(いつの間に!)
体格の割にその男はフットワークがよく、油断すればすぐに後ろをとってくる厄介なタイプだと思った。腕をほどこうと力を入れるが全く動じない。
すると男は力強く命を前に押した。命は手をついて倒れ込んだ。その瞬間「おお!」っと周りは声を上げた。
男はさらに追い打ちをかけるようにこちらにこちらに向かってくる。
「まだ背中はついてねぇよ……」
命はそう言ってさっきよりも素早く男に拳を入れた。回避が間に合わなかったのか拳は漢の腹に命中した。
「あっ……!!」
と僅かに声を上げて男は倒れた。
「勝者、羽月!」
本多が切り込むように叫んだ。本多も命の強さに驚き、おもむろに首を掻いたり、また額から冷や汗を垂らしている。
少し離れて組手を観ている斯波も口をつむり、脳裏に焼き付けるように集中して観戦している。
円を囲む大勢の新隊員の熱気で夏の暑さがより研ぎ澄まされた空間へと変化していった。
「次は俺が行こう。石ちゃん審判を変わってくれ」
そう言うと本多が命の前に立ち、石堂が審判に回る。
「どうだい?調子は」
と言いながら本多は首をポキポキと鳴ら す。
「悪くないですよ……。まだやれます……」
「始め!」
と石堂が腕を振り下ろす。
本多はすぐさま大木のような右足を振りかざしてくる。それに一瞬で感づいた命は反射的に左腕で顔を覆った。
砂埃を散らして腕と足が衝突する。「バキッ」と鉄が砕けるような音が腕から飛び出す。
骨を折ってしまったと思い、本多は動揺して体制が崩れる。
しかしそれに動じることなく命の左手に拳を作り本多の腹を勢いよく突く。
「どうしたんですか?骨なんて折れてませんよ」
命はよろよろと怯む本多にほくそ笑むように言った。
(なんてパワーだ……。意地でも隙をつかねえと勝ちが見ねえな……)
と本多は頭の中で言った。
命は間をとることなくすぐに本多に蹴りを入れようとする。
(ここか!)
本多は命の上段回し蹴りを両手で受け止め、さらに距離を近づけて命を前に押した。命の身体の芯は崩れていき、背中からばったりと倒れた。周りからは「おおっ!」と声が上がる。
「勝者、本多!」
という石堂の声は本多には聞こえず、本多ははあはあと息を切らしていた。
「命……。大丈夫か?お前は……良くやったよ」
と良いながら本多は手をついた。
「失礼します!失礼します!」と高い声とともに人混みから優が出てきた。
優はそのまま円の中にいる命に駆け寄った。命はあおむけで息を切らして空を仰いでいる。
「羽月命君だよね?治療してあげるから!」
優はそう言いながら命の身体をゆっくりと起こし、命の片腕を肩に乗せる。さらに翔吾も二人のもとに駆け寄り、優をサポートする。
命の意識はだんだんと遠くなっていく。二人はなにか話しているけども聞き取れない。
命はおぼろげな目で優の横顔を見た。そこには綺麗な黒髪、なめらかな顔の輪郭、愛嬌のある目……。それらを包むような橙色のぼんやりとした灯りが見えたような気がしたが、そのまま暗闇の渦に吸い込まれていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます