第6話 十人組

 眩しい朝日とともに一日が始まった。今日から一週間かけて実技試験の訓練が始まる。

 下位部隊には第一部隊や第二部隊ほどの戦闘能力は必要ないが、基礎的な体力や、武器である【アク】の使用方法などすべきことは山積みである。

 命は虚ろな目でカプセルから出た。疲れていたのか、それとも安心感によるものなのか非常に深い眠りに入っていた命は、目に映るものがモヤモヤと回転しているように見えた。

 (ああ、ねむぅ)

 するとチャイムが鳴り、館内放送が流れた。その声は透き通った女性の声だった。

 「おはようございます。今日は八月二日、月曜日です。Aホールに昨日行われた筆記試験の合格者が掲示されています。合格者は本日より各部隊、実技試験の訓練が始まります。合格者はこれから読み上げる場所へ至急集合するようにして下さい」


 命はAホールに向かった。当然だがそこは志願者でごった返していた。前の舞台の上にある巨大なスクリーンに受験番号が表示されている。一定時間でスライドが司令部の番号、第一部隊の番号というように移り変わっている。白い背景に隙間なく並ぶ黒い数字たちはこのホールにいる志願者たちの表情を魔法をかけるように変えていく。番号があった人はガッツポーズを作ったり、なかったものは空気が抜けたかのように無表情になったりと反応は十人十色なのだった。

 「命君」

と声とともに肩を叩かれた。振り返ってみると翔吾が張り詰めた顔で立っている。

 「おはよう。朝から緊張するね」

と言いながら翔吾は胸を手で押さえている。

 「おお、緊張するな……」

 すると第二部隊のスライドから下位部隊のスライドに切り替わった。二人は必死に数字を追い、番号を探す。

 「ど、どこかな?」

と翔吾は目で数字を追いかけながら言った。

 「確か番号は一文字違いだったから、あるとしたら隣り合ってると思う」

命も必死に数字を探した。目はじんじんと疼き、瞬きもせずに目を力ませると涙が出そうになる。

 番号が見つかったのか、翔吾は笑顔になってスクリーンを指さした。

 「あった!ほら真ん中らへん!命さんの番号僕の下にあるよ!」

 「ん?あ、あった」

 「やった。僕たち合格だよ!」

と翔吾は飛び跳ねるように口を踊らせている。

 なぜ彼はこんなに素直に喜べるのだろうか。本当はそうだ。今は喜ぶべき時だ。しかし上手く喜べない。喜ぶという感情がどこを探し回っても見つからない。歩いても歩いても不安が混沌と広がっている。そしてそれを総括するように頭痛が身体を支配する。

 軽く命は頭をおさえた。


 命を含む下位部隊の合格者は林の中にある訓練場へと向かった。幾千もの足が土を踏む音が林にあっけらかんと響く。

 「なあ。日本列島って今誰もいないんだよな」

 命の後ろを歩く新隊員が隣の新隊員に話しかける。

 「ああ、そうだ。今列島にいるのはイブの隊員とアメミットだけだよ」

 「で、もしイブに管理政府のスパイとか居たらどうなるんだろ」

 「縁起でもねえこと言うなよ……。まあ居たとしたらマズいだろうね。なんつったってイブは小さな島国の『陸の孤島』だからな。逃げ場はねえ……」

 命はその話に耳を立てて聞いているうちに、一行は訓練場に着いた。訓練場は林を大きな長方形にくり抜き、訓練器具や中央にレスリングのコートのような円が引いてある。歩いてきた荒い目の土とは違い、きめ細やかにならされている。

 新隊員は適当な順番に整列し、前に立っている隊長らしき人へ眼差しを向ける。

 「諸君、まずは一次試験合格おめでとう。私は下位部隊隊長の斯波栞しばしおりです。これから二次試験に向けて実技訓練が始まります。厳しい訓練なると思いますが、全力を尽くしましょう」

 斯波は遠くの山まで届きそうな凛とした声で新隊員に言った。斯波の目は黒曜石を細やかにはめ込んだように美しく、若くはないが無駄が一切ない洗練された身のこなしであった。

 その次に隣にいた大柄の男が話しだした。

 「えー、俺は下位部隊副隊長の本多ほんだサキトだ。俺は連合自衛隊から移籍してきたごく普通の経歴――」

 本多が話していると斯波が彼の足を踏んづけた。

 「痛!」

 「本多、それは言うな」 

 大型スピーカーが急に壊れたかのように二人は小声になった。

 「あ、えーっと、で、俺は下位部隊で『十人組』っていうのに入ってます。この十人組は下位部隊をより強くしようとこの部隊の豪傑が十人集まったグループです。この十人組を基礎に訓練をしていくので、よろしく」

 本多のたどたどしい演説が終わった。終わった後も本多は焦燥感に惑わされている。そしてそれに被せて斯波がまた話し出す。

 「じゃあまず、十人組の演習を見てもらおうと思う。新隊員は真ん中の円の中が見える位置に広がれ。また今回は羽月命にも演習に協力してもらおうと思う」

 『羽月命』という名前が口から飛び出した瞬間、訓練場の空気が一変する。

 新隊員たちは口々に呟き始めた。

 「羽月命って、船でアメミットを素手で倒したヤツか?」

 「えぇ!?そうなの!?」

 「まさか下位部隊に所属するとは。すげぇ」

 「どんな顔なんだろ」

 「どこにいるの」

といった声が隙間なく飛び交う。

 命は注目されることが苦手なので、今この空気は億劫に感じた。だんだん視野が狭くなっていく気がした。

 「静粛に静粛に。では演習を始めよう」

 円の中が見える位置まで歩きだした新隊員たちはまだ口々に呟いている。止むことを知らない大雨のように。

 命は早く終わらせたいので、とりあえず円の淵に立った。誰もいない円の中に自分だけが立っている。そしてその円を囲む大勢の人。気づけばまた口々に呟く。

 「うわ結構イケメンじゃん」

 「背高いけど細くね?ホントにあいつなの?」

 「男だったの?てっきり女かと思った」

 「そういや女みたいな名前だな」

そしてその人混みをかき分けて十人組が円の中に入ってくる。百戦錬磨の戦いを乗り越えてきた屈強で大柄な男が十人ずらりと並んでいる。

 その中の本多がどすどすと歩き、円の中心で立ち止まる。

 命もなんとなく察して円の中心に立にたち、本多と目を合わせた。身長差があるので命は上目遣いになってしまう。

 「羽月命君だね?」

 「はい」

 「今から俺たちと十人抜きをしてもらう。地面に背中が付いたら負けだ。休憩が欲しければ言ってくれ。無理はさせないが真剣勝負でいこう」

 本多は相当を張り切っているのかさっきより早口になっている。しかしその身体に染みつく貫禄や風格は只者ではない。

 「じゃあ石ちゃん。一人目行ってくれる?」

 本多は振り返って、後ろに礼儀正しく並ぶ九人に呼びかけた。「おう」という太い声と同時にこれもまた大柄な男が歩いてきた。

 その石ちゃんという男と本多は場所を入れ替わり、本多は審判に回った。 

 「石堂だ。よろしく」

石堂は命の目を見てそう言った。「よろしくお願いします」と返すと石堂は握り拳を作り深く構えた。それに続き命もしっかりと構える。

 「よし準備はいいか?」

と言いながら本多は二人を見た。

 「よし、よさそうだな。」

 本多は手を上に上げた。

 「始め!」

 手が振り下ろされた瞬間、石堂は顔つきを変えて走り出した。彼が走り出した地面は小さな穴が空き、砂埃が舞っていた。

  

 

  














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