第5話 試験

 志願者は御前崎港で大きな軍用車両に乗り換え、静岡の山奥にあるイブ本部へと向かった。軍用車両には窓がなく、中は暗く、独特なホコリっぽい匂いが漂っていた。

 本部に到着した志願者たちは、森の中にある巨大で無機質なビル街へと足を踏み入れた。この土地がイブの私有地となっている。

 ビル街の周りには囲むように丸いレーダーや尖った遠距離砲台や対空砲、司令塔などが並んでいる。そしてそれらは陽光に照らされ、直線的な光の輪郭が浮かび上がっている。また本部は森の中にあるので小鳥や虫などが飛び交っていたりもする。砲台の先端に小鳥が遊んでいたりと、今は比較的のどかな様子である。

 志願者たちは部隊ごとに別れ、講堂で六時間の講義を受ける。そしてその三十分後に筆記試験が行われる。下位部隊ともなればたいした難易度ではないが、第一部隊や司令部の試験はかなり高難易度とされている。また講義の後、すぐに試験をする理由は緊急事態などの予想外の出来事に穏便な対処ができるようにと意図的に『焦らされる仕様』になっている。


 「ああ〜お疲れ様。命さん」

と言いながら翔吾は腕を上に伸ばした。

 「お疲れ。休憩があるとはいえ流石に六時間の座学は大変だな」

 命はそう言いながらテキストのスイッチを押す。スイッチを押すと白い棒から映し出されていたホログラムがしゅんと消える。

 周りは立ち上がってトイレに行ったり、水を飲んだりして休憩している。静かだった講堂が話し声やノートをめくる音、ペットボトルを置く音などの雑音で溢れかえる。

 「でもあと三十分後に筆記試験だからなぁ。気は抜けないな」

 命はそう言いながら時計を見る。時計は十二時過ぎを指していた。そして支給された大学ノートに書き取った板書を眺める。

 【アメミット…2036年に日本を含む16ヶ国に出現した化物の名。一般的に頭は鰐、上半身は獅子、下半身は河童の姿をしている。近年は例外があり、空域や海域をテリトリーとするものや、大型なタイプから小型なタイプ、一般的なものとは全く異なる形状など多岐に渡っている。】

 【ヒトガタ…普段は人間の姿をしており、アメミットに変身できる個体のこと。自我があり通常より能力が高水準である。】

 【撃破方法…「分解液」という液体を対象に打ち込むことによって溶解させることができる。対アメミット用の武器である「アク」の弾丸にはこの分解液が入っている。注射型もあり、用途に合わせて使用する。】

 ガヤガヤした講堂は次第に物音が減っていき、ノートをめくる音、マーカーを走らせる音が一体となって響いていた。

 

 十二時三十分、各部隊で一斉に筆記試験が始まった。制限時間は一時間半とかなり長いく、それなり設問も多い。また第一部隊や司令部の試験は下位部隊の試験の倍以上の設問があるため、とてつもなくハードな試験である。

 下位部隊の試験会場も冊子になった問題用紙を見て、タブレット端末にマークしている。液晶画面をコツコツと叩く音が響く。

 「試験終了です。回答をやめて、下の送信ボタンを押して提出して下さい」

 試験監督が声を張り上げた。

 「命さん。どうだった?」

 「講義でやった内容だったから、なんとかなったよ」

と命は翔吾に言った。

 「今日は明日に備えてゆっくり休もう。明日から二次試験の実技訓練が始まるしな」

そう言って命はノートやテキストを鞄にまとめた。

 その時、講堂の後ろの出入口から聞いたことのある声が聞こえた。

 「羽月命は居るかー」

命は振り返ると矢崎が命を呼んでいた。

 「ちょっと行ってくる。先に部屋に行っててくれ」

翔吾にそう言うと命は出入口の方へ歩いた。他の志願者もごたごたと出入口に向かっているので歩きずらい。そして出入口付近に行き、矢崎に声をかける。

 「は、羽月命です」

 「おお、命君。話があるんだ」


 命は矢崎の後をついていく。隅から隅まで白い廊下を歩く。右にある窓にはイブ本部の他のビルが立ち並んでいる。本部の中に植物などの自然なものはないと思っていたが、所々に植物がパッチワークのように残されている。

 「ここにしよう」

そう言って矢崎が足を止めたのは小さな休憩スペースだった。ベンチが置かれていて、真っ白の自販機が置かれている。自販機のボタンは忙しそうにパカパカと点滅している。本来は【110円】とか値段が書かれている場所には値段ではなく【3】や【5】といった数字が書かれていた。

 矢崎は自販機のコインを三枚入れ、天然水のボタンを押す。ピッという音と同時に水のペットボトルが落ちてくる。

 「喉乾いたろ?これでも飲みなさい」

 「ありがとうございます」

命は矢崎から水を貰った。ラベルには船で見たペットボトルと同じくマッターホルンが描かれている。そして命と矢崎はベンチに座った。そばには観葉植物が立っている。

 「船のアメミットを倒したのは君だね?ありがとう。紹介が遅れたな。私は矢崎英明やざきひであきだ。第一部隊の隊長だ。」

と言ったあと矢崎は頭を下げた。

 「いえ、とんでもないです。もう少し早く行けば隊員も死なずに済んだのに。正直悔しいです」

 命は不服なのだった。アメミットを殺せたのはいいものの、死者が出てしまっている。命はそこが引っかかっている。

 「武術はどこで習ったんだい?」

 「わかりません」

と命は即答した。矢崎はまばたきをして喉をゴクリと鳴らした。

 「この組織の目的は何ですか?」

と命は矢崎の目を見て言った。その眼差しには強い緊張や覚悟が入り混じっている。

 「現在の目的は『日本奪回』といってね、列島に住み着いているアメミットを殲滅することが今の目的だ」

 「なるほど。そうなんですね。話はそれだけですか?」

 「えぇ…っと」

 「第一部隊に入る気はないか?」

と矢崎は押し切ったように口にした。

 「出世には興味ないです。僕が第一部隊に入ったところで何も変わらないので」

と言ってぬっくりと立ち上がり、矢崎に一礼し、廊下の方へと歩いていった。矢崎は閑静な休憩スペースにぽっかりと座っていた。

 命は考えた。一体なぜ矢崎部隊長は第一部隊に誘ったのか。僕はたいしたことはしていない。助けれなかったが、ただ人助けをしようと動いただけなのに。結局大人は純粋な目で『人助け』を見ていないのか。疑問が次々と湧いてきた。矢崎部隊長が俺に目をつけているということは第一部隊の隊員も俺に目をつけているかもしれない。明日からの実技訓練で茶々入れられたら面倒くさいと思った。


 あれこれ考えながら指定された部屋に向かった。部屋といってもカプセルホテルのような狭い個室である。本部には中心から離れた場所に宿舎があり、隊員はそこで寝泊まりすることになる。他の新入りもガヤガヤと音を立てて部屋に戻っている。

 現役の隊員は色々と仕事が重なっているらしく、彼らが部屋に戻ってくるのは深夜になるという。

 「ここかぁ」

 番号には【1425】と書かれている。そしてこのカプセル型の部屋が幾千も並んでいる。カプセルの中はぼんやりとした薄暗い青い照明が輝いている。中には収納できる小さな棚や、備え付けのデッキがある。

 向かい側の壁は本棚になっており、本やレコード、CDがところ狭しと並んでいる。おそらく息抜きのためだろう。

 命は本棚から本一冊を引き抜いた。優雅な文字で【銀河鉄道の夜】と表紙に書かれている。よく子供の頃読まされたような気がする。読むたびにこの本の登場人物と心情を重ねていた気がする。

 さらにレコードを一枚引き抜いた。この【上を向いて歩こう】も良く子供の頃聞いていた気がする。今でもたまに口ずさんでみたりもするが、本当に良い曲だと思うのだ。

 命は鞄をカプセルに投げ込み、自分もカプセルに入った。デッキにレコードを挿入する。どうやら最新技術でレコードに針をさして聴くのではなく、デジタルにリアルタイム変換して聴けるようになっているらしい。

 こんなに落ち着いた気分になるのは久々である。管理政府の検閲のせいで、本も音楽も自由に楽しめなかった。いつか管理政府が倒れ、誰もが今の自分のように本や音楽を楽しめるように戦っていこうと命は肝に銘じた。

 命はカプセルの寝床に仰向けになり、流れてくる音楽を口ずさんみながら、本を開いた。

 


 

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