第33話 覚悟

 肉体を取り戻したゾンビ型アメミットたちは立ち並ぶ軍用車両へと重々しく足を進めていた。

 「怯むな!撃て!」

 拡声器を介したよく通る男性の声で、弱まっていた一斉射撃が再び勢いを増した。

 射撃によりアメミットたちの肉体は飛散するが微弱であり、お構いなしに足を進めてくる。

 「こいつら明らかに再生能力が上がっている」

 駿介は射撃をしながら言った。彼が言うように一度目の攻撃では肉体が八割ほど削られたが、今はほんのわずかしか肉体が削られない。また夏、船の甲板に現れた個体も再生能力を有していたが、それとは比べ物にならにいほど強化されているとも言える。

 「このままではマズイよ」

 隆太はやや弱々しい声で言った。

 その時、一体のアメミットが手元にあった民家を手で掴んで持ち上げた。

 「あ、何をする気だ!?」

 駿介は驚く。その隣にいた千夏は空いた口が塞がらない。

 そのアメミットは民家を立ち並ぶ軍用車両に向かって投げた。瓦礫のカタマリのようになった民家は一台の軍用車両に直撃した。その瓦礫とともに見張り台で攻撃していた隊員たちは一瞬で姿を消してしまった。車両はひっくり返り、半壊してしまった。

 わらわらと周囲の隊員は悲鳴や叫び声をあげる。

 さらに、アメミットたちはつられるように民家やら電柱やら瓦礫を手掴みして、こちらへと投げてくる。隊員や軍用車両は次々と潰されていった。

 「退避!緊急退避だ!」

 拡声器からの声で車両はあたふためいたように不器用に動き出す。丘の上に立ち並んでいた軍用車両の隊列はたちまち崩れていく。

 千夏たちが乗っている車両も退避するべく動き出した。見張り台に隊員がいるにも関わらず乱暴な運転であった。

 「つ、つかまれ」

 駿介は呼びかけた。千夏と隆太も近くの柵を握った。

 その時、千夏たちの目の先のアメミットは鉄のカタマリのような瓦礫を掴んでこちらを見ていた。

 「まさか」

 千夏は呆然とする。

 アメミットは瓦礫を千夏たちの乗る車両に向かって勢いよく投げてきた。

 「あ……あ……っ」

 隆太は震えていた。

 すると隆太の体は突然引っ張られた。駿介は左手で隆太の首根っこを掴み、右手で千夏を抱きかかえて走っていた。

 (間に合ってくれ……)

 駿介はそう思いながら見張り台の端へと走った。端に差し掛かり、まず隆太を車両の外、いわば道路に投げた。かなりの距離を投げたが、隆太はすぐさま受け身をとった。

 そして駿介は千夏を抱えたまま柵に飛び乗り、見張り台からジャンプして飛び降りた。飛び降りた瞬間、瓦礫は二人の眼前にあり、危機一髪というところだった。

 駿介は自分の身体を下にして、千夏と飛び降りた。その時、瓦礫は軍用車両に直撃し、横転してしまっていたのだった。

 「駿介……?隆太?」

 千夏は起き上がる。一瞬のことで何が何なのか分からなかった。駿介と隆太はぐったりと倒れている。近くにはもう巨大なゾンビ型が迫ってきていた。

 千夏は顔を真っ青にして焦る。

 「あ、あ……やめて」

 腰が抜けてしまった千夏は後ずさりをする。地面の道路は冷たい氷のように感じられた。

 アメミットは怯えている千夏へと手を伸ばしてくる。

 「待って……助けて」

 千夏を掴もうもした瞬間、アメミットの手がぐしゃりと弾け飛んだ。分解液の耐性がついているはずだが、アメミットは苦しそうに悶ている。

 「不格好じゃないの、そこのねーちゃんもアメミットも」

 そこには緑村がハンドガン系の小型アクを構えていた。車両の見張り台で一斉攻撃をしていたときよりも、とてつもなく生き生きとした表情をしていた。 

 「やっと、俺の改造アクが火を吹く時がきたな」

 緑村はぶつぶつと言いながら座り込む千夏の前に立つ。 

 「ち、ちょっとあんた危ないわよ」

 「いいから下がってなって」

 軽い口調で千夏を制止を押し切った緑村は『改造アク』と呼称している小型のアクをもう一丁取り出してアクを二丁構えた。

 「レッツゴー!」

 緑村はそう言い放つとアクをアメミットの両目目掛けて撃った。アメミットはとてつもない痛みなのか、吠えながら目を覆う。

 「もう再生できんようにしたるわ」

 さらに緑村は身体のあちこちにアクを放つ。ハンドガン系にも関わらず、マシンガンにも劣らない速さだった。

 アメミットは態勢を崩した。そして緑村はそのスキを見て高台の転落防止柵を飛び越えて、アメミットの顔目掛けてジャンプした。

 そして拳を作り、勢いよく顔を殴った。するとアメミットはみるみるうちに溶けてバラバラになってしまった。

 そして緑村は飄々と着地した。千夏は目を点にしてぽかんとしていた。 

 するとあたりに立ち込める煙の向こうから新の声が飛んでくる。緑村の名前を繰り返し呼んでいる。

 「ここにいたか。単独行動はやめろと言ったろ」

 煙の中から現れた新はそう言った。 

 「僕が単独行動してなけりゃ、このねーちゃんたちは食われてましたよ。貝塚副隊長」

 緑村は得意げにそう言うと新は少し黙り込んだ。

 「そういうことか。まあ、それもそうだな。ありがとう」

 そう言うと新は倒れている駿介と隆太に駆け寄り、二人の呼吸を確認した。

 「まだ息はあるようだ。とりあえず運ぼう」

 新は駿介の身体を起こして背負った。

 しかしその時、他のゾンビ型たちがそばに迫ってきていた。

 「まだやんのか?え?」

 緑村はアクに手を伸ばす。

 「緑村!とりあえず合流だ。そっちの隊員を運んでくれ」

 「ちぇ、いいとこなのに」

 緑村は隆太を背負った。そして五人は残った軍用車両が待っているほうへと向かった。


 高台を下った特別部隊の軍用車両の車内。

 羽月命の引き渡しを要求された特別部隊一行は気が気でなかった。

 特部は全員一旦車内に集まった。

 「命の引き渡しって、どういうことなんだ」

 風太は怪訝な顔つきで呟いた。

 「真意は分からないが、どうやら瀬戸川らの勢力は命を捕らえなければならないらしい」

 丈は全員にそう説明する。

 「でも引き渡さなければ、下位部隊の人が犠牲に……」

 くるねは頭をかかえて言った。

 他の部隊は目の前のゾンビ型巨大アメミットとの戦闘で切羽詰まっている。それに加え人質を対処しなければならないという、極めてイレギュラーかつ重い戦局であった。

 また本来大人数で煙幕や麻酔弾を駆使して瀬戸川礼を捕縛する手筈が、ゾンビ型の想像以上の強さに余裕が薄れてきている。

 「ついさっき司令部から連絡があったように、このことは我々と司令部しか知らないだよね」

 とエミリが言う。

「なんとかするしかないのか。僕たちだけで」

 翔吾は覚悟を決めたような顔をした。

 「隊長。もうここで瀬戸川礼を倒しましょう」

 命は立ち上がってそう言った。唐突な発言に全員は少し驚いた。

 「ヤツはもう話の通じる相手じゃありません。下位部隊を救出すれば僕を引き渡しする必要もありませんし」

 そこに秀が意見を言う。

 「話が通じる相手じゃないからこそ、危険性は高い。それにゾンビ型アメミットもおそらくRT菌で強化されたものだ。瀬戸川も自身の肉体を増強していて、前より凶暴になっているかもしれん。麻酔が効かない可能性さえある。慎重に考えねば」

 冷静な口調で、そしてうつむきながらそう答えた秀は苦い表情をする。

 命は少し考えてから、引き締まっだ面持ちで口を開いた。

 「僕に、一石投じて下さい。短い時間だったとはいえ礼がどのような戦い方をするのか僕には分かります。それに誰かがなんとかしないと、僕たちがなんとなしないと。僕が礼と戦います」

 命は特別部隊全員に言葉をぶつけた。前髪で隠れた額が汗ばんでおり、複雑な感情が入り混じり合っているのが垣間見えた。しかし、そこに存在する覚悟は本物だった。

 「や、やってやろうぜ。俺たちならできる」

 黙っていた京次郎が子供のように同調した。そして丈も覚悟を決めた。

 「――よし。偵察隊を救出し、瀬戸川を抑える。作戦の準備にかかろう」


 偵察隊の軍用車両は騎士によって運転され、未来が丘記念公園へと向かっていた。

 隊員たちは一言も喋ることなく、後ろ手を縛られた状態でしゃがみこんでいた。

 その時、パリーンと大きな衝撃が車に響き、急停車した。運転していた騎士は顔を覆った。アメミットが投げていた瓦礫の端くれがフロントガラスに当たって割れたようだ。 

 フロントガラスの破片は座り込んでいる隊員の場所、いわば荷台まで飛んできた。

 「クソッ。何だよ」

 騎士は苛立ちながらハンドルを叩いた。

 「なにがあったんだ」

 リーダーの騎士が運転台を見に来た。運転台には瓦礫とガラスの破片が散乱していた。

騎士は状況説明をしてわらわらと話していた。

 寶野は驚きながらも眼前に散らばる鋭いガラスの破片を眺めた。

 (もしかしたら、これで……)

 寶野はその中で一番鋭く、大きい破片を足を使って手繰り寄せた。ぎりぎり手の届くところまで滑らせた。身体を少し横に倒しながらその破片を指でつまんだ。指がつりそうなくらい無理な力が入ってしまっているがそれを押し殺してロープを少しずつ削り始めた。

 騎士たちに勘付かれないように慎重に動かした。

 しばらくして、いつの間にか未来が丘記念公園に到着していた。五メートル程度の垣根に囲まれた、だだっ広い庭の真ん中に暗いカラーリングの軍用車両がぽつりと停まっている。車両の背後にはコンクリートと緑が混じった建物があり、複合施設として市民の交流の場であった建物が静かに佇んでいた。

 車両の見張り台であたりを見回していた騎士は礼が歩いてくるのに気づき、お辞儀をした。

 礼は運転台の扉の取っ手を足場にして、見張り台に飛び乗った。

 「――ご苦労」

 礼は言った。

 「さあ来い。羽月命」

 見張り台から庭全体を見下ろし、そして不敵な笑みを浮かべながら、礼はそう呟くのだった。

 奇妙で中途半端に涼しい風が吹き抜けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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蒼き人たち。 八原デュカ @yahara8585

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