第29話 平等性
丈は迷うことなく自分の持っているアイデアを話し始めるのだった。
「管理政府が黒幕と考えられる以上、瀬戸川礼の身柄を引き渡すわけにはいきません。しかしヒトガタ《アメミット》とはいえ生身の人間を殺すことにイブの隊員は慣れていません。よって射殺は刺激が強すぎる」
新は司会進行としてつっ立っている訳にもいかないので、分かりやすいように口を挟んで質問をする。
「では射殺以外の手段でやるということですか」
「いえ、生かしておきます。まず瀬戸川礼の視界を煙幕などで撹乱させます。そして弱らせた上で何らかの手段で眠らせます。そして人間の状態で分解液を注射すれば、隊員の精神的な不安は抑えられるはずです」
面々は大方納得している様子である。しかしそこで八坂が口を挟んできた。
「なぜ人間に戻すんだ?」
さらに続くように古賀もヤジを飛ばす。まるで国会議事堂の会議のようである。
「アクでそのまま仕留めるのではダメなのか?アメミットの状態なら慣れてるだろ」
丈は嫌な顔一つせずに丁寧に言葉を連ねていく。
「瀬戸川のアメミットは皮膚が強く、再生が可能。動き回るアメミットの状態では太刀打ちが難しいのです。しかし人間の状態であればこちらには勝機はある」
「またヒトガタは人間とアメミットの遺伝子情報が半分ずつ入っています。分解液のみであるとアメミットの細胞は死ぬはずですが、人間の細胞は死にません。つまりヒトガタでない『普通の人間』として生かします」
「なぜ、生かしておくんだ?」
座って話を静かに聞いていた平宮が訊いた。
「あちらの情報を吐いてもらうためです……。とにかく意味もなく死なしたくないので」
「それは、君の正義というやつか」
八坂は前のめりになって訊いた。
「――この世の人類のためです。決して独りよがりなものではない」
意見の合致により、決定会議は幕を閉じた。瀬戸川礼は人類を守るためのツールとして『生かす』という手段で活用することとなった。
丈は廊下を歩きながら自身の判断を振り返った。通常の人体を構成する細胞の半分で生きながらえるというのは恐らく生きる気力など微塵もなくなるだろう。生かしておくくらいなら死んだほうがマシなはずだ。
しかしどうだ。彼は殺人鬼である。罪のない人間を殺したという前提条件がちらつき、独りよがりな正義が見えてくる。仕事に感情など入れたことがなかった。常に立場をわきまえた平等性を重視してきた。誰の身に任せればよいのか、分からない。
平等性の真ん中に立った人間ほど苦しいものはないかもしれない。
礼の居座る雑居ビルの一階から階段を登ってくる音が聞こえる。十本の足がホコリのかぶった階段を鳴らした。
「ここか」
礼がいる六階のドアをそのうちの一人の男が開けた。男は白い楕円形のフラットな仮面に、全身真っ黒の硬いスーツ、『バランサースーツ』と呼称されるものを身に着けている。いわば正装というものだ。
その男に続いて四人、同じ格好の人間が入ってくる。手にはアタッシュケース、腰にはナイフや拳銃を携えている。
「遠方からご苦労。選ばれざる
礼は騎士たちの持つ懐中電灯に照らされた。いつも通り気味の悪い目つきをしていた。
「遅くなって申し訳ありません。礼諜報官」
騎士の一人がそう言った。
「問題あるまい。それより道具入りのアタッシュケースを」
礼の声に反応して騎士の一人はすぐさまアタッシュケースを差し出した。礼はアタッシュケースを開けて中を確かめた。
「ほほう。悪くない」
礼は笑みを浮かべた。そしてそのままアタッシュケースから改造された高威力なマグナムを取り出した。
「ふふ、やはり手に馴染むな。イブから支給される安物とは大違いだ」
礼は懐かしむような顔つきで弾を装填した。
「諜報官。これからどのように行動しますか」
最初に入ったリーダーである男が訊いた。
「――ああ、イブに仕掛ける戦争の下準備に決まってるじゃないか。手始めにゾンビ型アメミットを強化しようと思っている。物資も限られているため、極力倹約していく」
「なるほど」
「あとは人質だな。羽月命を拉致するために餌として誰かを人質に取りたいところだ」
「え、そのハヅキってのは、誰のことですか」
騎士たちには疑問が浮かんだ。
「同い年のイブ隊員だ。こいつを管理塔によこせと命令があった」
ホコリのかぶった窓越しに自主的に外を見張っていた騎士の一人が振り返って礼に呼びかけた。
「諜報官。ゾンビ型が数十体近くにいます」
「――よし。品定めといこうか。気絶させた個体にRT菌を注射しろ。首をぶっ飛ばした個体には
礼の言葉に騎士たちは威勢よく返事するのであった。
「ヴヴ……」
雨降りの虚しさを背景に、ゾンビ型と呼称されるアメミットがフラフラと千鳥足で歩いていた。元々人間であったため性別がはっきりと理解できる見た目であった。しかし体毛が濃くなっているためアンバランスである。
たまたま先頭にいた細身のアメミットは突如として首をふっ飛ばされる。断面からは瞬く間に血が吹き出していた。首は電信柱に当たって転がった。
「案外脆くて助かったよ」
無表情の礼はそれから二体、三体とマグナムで首をはねていった。四体目は使えそうなので腹を撃って気絶させた。さらに続けて腹、首、腹、首、首、腹というようにテンポよくアメミットの品定めを行った。
首、腹、首、首、腹と銃声をかき鳴らし、近くで彷徨っていたアメミットの処理が終わった。
ビルから出てきた騎士たちは、ピクピクと筋肉を痙攣させて気絶しているものには濃いめのRT菌を一体あたり三本注射し、断面から飛沫を散らしているヘンテコなアメミットには、断面から分解液で作られた小さな錠剤を飲ませた。
「離れろ」
騎士の声に、散らばったアメミットたちから遠くまで下がった。
するとどうだろうか。錠剤を飲ませたものは早々と溶けた。反対に菌を注射されたものは爪で引っかき回すような動きで身体を内側が疼き出し、殻を破るようなメキメキとした動きで血しぶきを巻き上げながら、徐々に巨大になっていった。
「いやァー新しい菌は違うなぁー」
関心するようにぼやく礼の目線は、気づけば電信柱の頂点まで昇っていた。六体のゾンビ形アメミットは筋肉質で巨大な人型怪物になっていた。
「タリスマン電波をオンにしろ」
騎士は無線でビルに残っている騎士にアメミットを接近させないタリスマン電波を出すように支持した。これで仮拠点であるビルにアメミットは寄り付かなくなる。
アメミットは電波によって、ビル付近から離れていった。
「うぅ……」
礼は頭を抱えた。タリスマン電波も、ヒトガタである自分を刺激している。
「諜報官。そういえばヒトガタ――」
リーダーの騎士がすぐさま反応した。
「当たり前だ諜報官なんだからよ……巨大化した馬鹿を見てたら忘れてたよ。俺は別の場所を移動する。人質を捕らえたら連絡してくれ」
「了解です。念の為、私を含め二名同行させましょう」
間を空けずにリーダーは返した。そして後ろを振り返り、一人を指さして手招きした。
「そういうことならついでに、菌入りの箱も。イイコトしたいからな」
礼はそのまま頭を抱えてよろよろと歩き出した。産まれたばかりの子鹿のように。そしてまるで『巨大化した馬鹿』のように。
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