第28話 英断を求めて
昨日とは一転して外は雨が降り注いでおり、本部を囲む森林は雨の細々した匂いと共に湿った
特別部隊は部屋にて物品の整理、他部隊から依頼された仕事を行っていた。前面の監視カメラの映像が流れるスクリーンは二画面になっていた。特別部隊も一つの部隊として少しだけに認められるようになったので、監視という雑用は各部隊に分散されたのであった。
総監室の隣にある大会議室はごった返していた。十分後にはここで『決定会議』が開かれる。この会議は組織の今後の動向を取り決める最重要クラスの会議である。
晴れて第一部隊副隊長に任命された貝塚新はおぼろげな目で、吹き出る汗と震える手を抑えるように握られた書類に目を通していた。
すぐ横の会議室の出入り口に入っていく人の姿はまるで走馬灯のように速く見えた。
(矢崎隊長ったら困ったもんだ……。よりによって俺に司会進行を任せるなんて……)
新は叫んでしまいそうだった。噂をすればと言わんばかりに矢崎が姿を現した。
「おお、貝塚君。調子はどうかね」
矢崎はにこにこしながら訊いた。
「た、隊長!やっぱり俺に司会は無理ですよ」
飛び跳ねるように返した。それでも矢崎は姿勢を崩さない。
「まあまあ。焦ることはないよ。人前に出るということは最初は誰だって緊張するものだよ。多少の批判も付き物だが、それも慣れれば聞こえなくなる。経験ほど良い教科書はないよ」
矢崎はおおらかに言葉を並べる。連合自衛隊時代から相当な経験を積んできた彼の芯の太さは次元が違うのだ。
「で、ですが……俺には……」
「はははっ。そんな弱い声出さんでくれ、まだ若いんだから」
新の
このご時世、安定した地位に就くと天狗になるオヤジが多いが、こうして若造を信頼しているオヤジの上司を持ったことは、本当は恵まれていることなんだけど。
新は早口言葉のようにそんなことを考えながら会議室に入った。
「えー只今より……あの、決定会議を開始したいと思います……。司会は第一部隊副隊長、貝塚新です」
新の言葉とともに会議室は静寂に包まれた。
広く暗い会議室にはイブを引っ張る面々がテーブルに埋め込まれたライトによって照らされている。平宮徹司令部長や矢崎英明隊長を先頭に
そしてそのテーブルの横側には八坂総監を含む議会のメンバーもこちらを見ていた。
新は圧倒されて悲鳴がこぼれそうであったが、今は神経を尖らせて集中が第一だ。
「えー報告会にて、えっと、一連のテロの被疑者である瀬戸川礼に対する、その、最終的な措置の方針を示しましたが、今回はそれについて、えー議論していく予定でございます……」
新はプレゼンターを操作して、スクリーンのスライドを動かす。スクリーンには書類通りに礼の顔写真が映された。
新は深呼吸をしながら進めていく。
「名前は瀬戸川礼。第一部隊一班所属の隊員で年齢は十七歳。で、また現在身元が確認されている中で唯一のヒトガタです」
さらにスライドを動かす。次は共犯とされている瀬戸川太蔵と入間勘三郎の顔写真が映し出された。
「瀬戸川太蔵は被疑者の父親で管理政府の財務大臣であり、傘下組織の『警察隊』の総監です。えー、彼は被疑者の共犯者であり、被疑者のパソコンからテロに関する明確なやり取りを、その、していました」
すると、ふんぞり返って座っていた副総監である
「え?てことは管理政府とアメミットは関係があるってこと」
そしてそれを聞いた矢崎が素早く立ち上がり答えるのだった。
「そのように見ています。入間の所有していた天秤をモチーフにしたバッジと、調査科が写真におさめた瀬戸川太蔵の胸元のバッジが一致しています。よって管理政府が黒幕の可能性が高くなってきました」
新は淡々と話す矢崎を横目に次の内容に目を移す。書類を二枚ほどめくり、スライドも対応する内容までとばす。
「ですので、管理政府に引き渡す訳にもいかないと考え、えーと、被疑者は射殺という方針で……」
立ち上がって、すかさず切り込みを入れたのは第二部隊の高橋隊長であった。
「即射殺ですか。それはおかしい。被疑者にも法の裁きを受ける権限があるはずだ」
それに平宮が静かに参戦する。
「確かに、裁きを受けるのが最もであることは間違いない。しかし管理政府の傘下である裁判所が忖度をする可能性が考えられる。日本は現在実質的な
さらに後ろからも声が飛んでくる。総監である八坂の低い声であった。
「であれば管理政府を潰せば良いんじゃないか?平宮」
「――いずれはやることになるでしょう。しかし順序というものがあります。まずは瀬戸川礼の処分、そして東京を中心とする日本奪還が成功し、列島からアメミットが消えてから、管理政府を
平宮は綺麗な素振りで話しながら総監たちを目にかざし、椅子に座った。
新は平宮や矢崎に圧倒された。よく手も足も出さずに傲慢な議会からの問い詰めに毅然と返せるのかと。
「しかし平宮司令部長。管理政府に引き渡さないにしろ、他の手段があるはずです。地下牢に隔離するとか――」
こう発言したのは第二部隊副隊長の
「それは、残念ながら不可能ですよ」
後ろからの声は鴉山であった。菌の特性や効能、塩基配列が書かれた書類を片手に立ち上がった。
「被疑者が所有していたRT菌には、個体に再生能力が付与されるものです。すなわち船に出現したアメミットと同じものです。また被疑者もそれを体内に入れており、四肢を切断した状態で隔離したとしても再生し、アメミットの持つパワーで牢屋は破られてしまいます」
間をあけることなく横に座っていた塩村も立ち上がった。
「またRT菌の
鴉山の発言に納得いかない朝倉は反論を重ねた。追い詰められているように顔が真っ赤になっている。
「証拠ありますか。瀬戸川礼が再生能力を持っているという証拠。あったとしても四肢を切断し、鉄の箱に閉じ込めればいいでしょう」
「被疑者と直接交戦した特別部隊の隊員の証言です。それに、箱に閉じ込めたところで何になるんですか。それは単なる私刑に過ぎませんよ」
鴉山はそう言いながら丈に目配せをした。なんとなく気休めのつもりでそうしたのだった。丈もコクリと頷いた。
「つ、罪を償わせるためだ!」
朝倉はテーブルをバンと叩いた。手元の水が波を立てて揺れる。
「彼には死を以って償ってもらいます」
鴉山のずっしりとした言葉に会議室はあっけらかんと静まり返った。選択した『死』という判断は何よりも重いものであった。
そのとき丈は静かに手を挙げて、新の指名のあとに立ち上がった。
「――イブは正義でもなんでもありません。あくまで戦力のある研究機関です」
隣に座っていた斯波は「ああ、また始まった」というような慣れた柔らかい顔つきで水をすすっていた。
「私たちの目的は人に罪を償わせることではなく、アメミットを根絶させることです。正義は履き違えると身勝手なものになります。アメミットを根絶させるという目的のために個々を認め合い、今は目の前の問題に最良の判断を下すことが第一だと思います」
丈はさっぱりと言い切った。朝倉と鴉山はしゅんとして反省するように座り込んだ。
「それでは、九龍瀬丈。そこまで言うなら君のアイデアを聞かせてもらおうか」
八坂はシワをどけるように目を見開きながら丈を睨んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます