第27話 一息(特別部隊編)

 「おい皆。表へ出るぞ」

 機嫌の良い丈は扉を開けるなり隊員たちに呼びかけた。隊員たちはビクリと反応して身体を起こした。

 「なんすか、まさか今から訓練ですか」

 くるねは丈に訊いた。こういうときは大抵嫌な予感がするし、それが当たるのだ。

 「訓練といえば訓練だな。『バーベキュー』というな」

 「バーベキュー!?」

 すぐさま風太が反応し、京次郎も振り返る。他の隊員にはハテナが浮かんでいた。

 「たたたた隊長、バーベキューってあのバーベキューですか!」

 風太は慌てながら訊く。丈は笑いながら「そうだ」と返す。

 「やったぁぁぁぁ!」

 風太は目を輝かせて飛び跳ねた。

 「よーし。今日は飲むぞー」

 京次郎も急に張り切り始めた。太い手指をポキポキと鳴らしている。

 「あ、言っておくと酒はない」

 「えぇ!!」


 特別部隊は手分けして荷物を持ち、本部の別棟のさらに別棟を越えた向こうの裏口から外に出て、薄暗い山道を歩いた。四方八方からはスズムシの鳴き声が聞こえてくる。山の中は湿り気のある隊員たちの足音だけが響いていた。

 静寂の中、命の頭の中は瀬戸川太蔵の顔でいっぱいいっぱいだった。シワが織り込まれていたが、目元や口元はいくらか刺激的なものだった。

 「命、何ボヤボヤしてんだ」

 いつの間にか横にくるねが立っていた。疲れてはいるがたいそう軽い表情であった。

 「命さん、折角なんで楽しみましょうよ。こんな機会もうないかもしれないし」

 翔吾も同じような表情だった。切り替えができる人は羨ましいと思った。


 「それでは、カンパーイ」

 丈の音頭に合わせて乾杯の声が山に響いた。ジュースが入った紙コップの乾いた音も合わせて響いた。

 特別部隊は使われなくなった小さな訓練場に、コンロを距離をおいて二台設置しバーベキューを始めた。

 火にかけられ、バチバチと鳴る脂のよく乗った肉を眺めているうちに先程まであった『上から怒られないか』という不安は消し飛び、その香ばしい匂いに食欲をそそられた。

 「へぇ。バーベキューってこうやるんだ」

 命はボソリと呟いた。風で揺れる火の明かりにその顔は照らされていた。

 「そうだよ。マナーのない陽キャのせいで印象悪いけど、普通に楽しいよ」

 翔吾は珍しく饒舌になりながらトングを操り、肉の焼き具合を確かめている。それに呼応するように肉から脂がはねる。

 「翔吾、慣れた手付きじゃないか」

 命は関心したように言う。

 「家族でキャンプに行ったときに、よくやったんだ。友達とやったときも一目置かれてたよ。へへ」

 「そうなんだ」

 翔吾につられて命はうっすらと笑った。

 「さてさてよく焼けたよ」

 翔吾はトングで肉を挟んで、命の膝に乗った紙皿にテロンとよそった。さらに串焼きもよそった。分厚い肉からは濃密な肉汁が溢れ出てきており、割り箸で触れたその感触は柔らかかった。

 命はその様子をマジマジと見つめる。

 「どうしたの?食べないの?」

 翔吾は訊く。 

 「ああ、た、食べるよいただきます」

 命は少し焦りながら肉を口まで運んだ。噛んだ瞬間、やわらかな肉は脂が弾けて、得も言われぬ肉の旨味が舌を駆け回った。

 「――美味い、美味い」

 命は噛みしめるようにそう言った。何故だが涙が溢れてきた。

 「ちょ、ちょっと大袈裟だよ」

 翔吾は眉毛を八の字にして笑った。命に涙は似合わないので思わず笑ってしまった。

 隣のコンロを囲んで談笑しているのは女子三人であった。大自然の真ん中でフランクな女子会を繰り広げていたのである。

 それを反対側のコンロから横目で京次郎と風太は串焼きを片手にニヤケながら眺めていた。

 「――オイ風太。エミリってよく見るとデカいよな」

 京次郎は風大に訊いた。風太から見れば唐突な問だったが、別に焦ることはなかった。

 「そうですね。破壊力抜群ですよね」

 「だよな。あと凄く柔らかそう」

 二人の会話には火がついた。火がついてしまえばあとは本能に従って会話のドッチボールを成立させるだけである。

 「だってあれだよな。あの顔と身長で平らだったら完全に小学生か中学生だもんな」

 「そこがいいっすよね。なんかギャップというか」

 風太は伴ってくるねに目をやった。

 「それに比べてくるねは真っ平らですよ」

 「そ、それな」

 「男だって言われても違和感ないですよ」

 「ちょ、言い過ぎ!」

 言い過ぎと言いながらも京次郎は非常にご機嫌である。そして流れに従い優に目をやる。

 「優は、ちょうど良いよな」

 「模範的ですね。典型的に良いサイズというか――」

 「そうそう。柔らかさもバランス良さそう」

 「でも優は、ね。アイツの女ですから」

 風太はそう言って命に目配せするように睨んだ。命は特に反応することもなく翔吾と楽しそうに食べていた。

 「ハハハ!やっぱお似合いだな」

 会話がヒートアップしすぎたせいか、くるねは気を感じ取り、二人のもとへと近づいた。

 「こっちチラチラ見ながら何話してた?え?」

 くるねはそのまま風太の耳をつまんで引っ張り上げた。

 「痛い痛い痛い!」

 「何話してた?」

 「痛い!放せ!」

 優とエミリはその様子を遠目で見ているのであった。

 「何話してたんでしょうか……」

 エミリは眠気の混じった声で呟いた。

 「エミリちゃんは……知らなくていいよ……多分」

 「もう!ちゃん付けしないでよ!」

 「ごめんごめん」

 優は思わず苦笑いしてしまった。年上ながらもエミリのルックスはとても愛らしいのだった。

 「あ、優。私スープ作ってきたんだけど飲む?」

 「え!飲む飲む!」

 エミリは小さなカバンから水筒を取り出して、紙コップにスープを注いだ。

 優はエミリからスープを渡された。手全体に温もりが伝わってくるのだ。

 紙コップにはコーンスープが入ってた。とてもコクがあり、熱そうだった。

 優はスープを口にした。なめらかな舌触りはとても包容力があり、コーン風味が強かった。

 「美味しい!なんか、すごい懐かしい感じがする!」

 「美味しい?良かった。この時期って夜寒くなるから丁度良いと思って」

 そしてエミリもスープを注いだ。まだ熱いのか上品に息を吹きかけていた。静かに湯気が揺れていた。

 (このスープ。命が飲んだらなんて言うかな……)

 優は、エミリが美味しそうに啜る横顔を見ながら考えていた。そしてふと頭をよぎっだことを口にした。

 「ねぇ、エミリ」

 「ん?」

 「いつかさ、このスープの作り方、教えてくれない?」

 何故だか不意にこの言葉が飛び出してしまった。ほぼ反射的な行動だった。

 「えへへ。いいよ」

 「あ、ありがとう」

 丈と秀は、騒いでいる風太たちを見ながら、おしとやかに野菜などを頬張っていた。他愛もない世間話をしながら久々に緊張感をほどいて話せるので、会話が弾んでいた。

 「にしても、案外楽しそうだな。皆」

 丈は冷たい烏龍茶を啜りながら言った。

 「ですね。良かったです」

 「これから厳しい戦いが始まる。肉体的にも精神的にも削がれることになる」 

 丈はこれからのことを思い浮かべ、険しい表情になる。

 特に命や翔吾は、元々友達であった、そして今は敵である礼と対峙しなくてはならない。暗い時代であると割り切るしかないが、自分が十七歳でこのような体験をしたとすれば、痛いほど苦しいだろう。

 「隊長。大丈夫ですよ。彼らはきっと上手くやってくれます」

 秀は丈の横顔を見ながら言った。

 「――だよな」

 命はふと、気になったことを翔吾に訊いた。

 「翔吾は、何故イブに」

 静かに訊いてみた。こういう場で訊いてよいのか分からないが。

 「――父さんが救急隊員だったんだ。人の為に頑張ってる姿がとても格好良かった」

 翔吾はもの寂しげに言った。

 「今まで地元の調布ちょうふで働いていたんだけど、急に都心に栄転したんだ」

 翔吾の口調、そして都心という言葉を聞いて命は不穏な感情がこみ上げてきた。

 「――それから二日後にアメミットの上陸に直面して、救命活動をしている最中にアメミットに襲われて亡くなった……」

 翔吾はため息混じりに言った。うつむきながらポケットからスマホを取り出して、昔の家族写真を眺め始めた。少し幼い翔吾が、父と母とバーベキューをしている写真だった。

 そしてスマホを握りしめる。

 「だから僕は、アメミットを許さない。そして僕は父さんのような立派な人になりたいんだ」

 翔吾の顔には熱意と失意が同時にこみ上がってきているように見えた。彼は悔しさを自己の目的として昇華させているのかもしれない。

 「――その、すまない。辛い出来事を思い出させてしまった」

 命は謝った。

 「気にしないでよ。僕たち友達じゃないか。それに、いつか話そうと思ってたし」

 翔吾はにっこりと微笑んだ。

 「そうか、俺とは大違いだな。俺には、何もない……」

 命の目は少しだけ涙ぐんでいた。柘榴ガーネットをはめ込んだような黒目は熱い炎に照らされて乾きつつあったのだが、微量の涙によって湿り気を帯びて熱くなりチリチリしていた。

 命がそう呟いた瞬間、丈は片付けをするように全員に指示した。隊員はゴタゴタしながら片付けを始めた。

 「今日は、楽しかったね」

 翔吾は命に言った。ついさっきまでの暗い表情はいつの間にかどこかへ吹き飛んでいっていた。

 「――ああ」

 命は翔吾に笑いかけて、一人で重たそうにコンロを運んでいる優のもとへ駆けていった。

 

 そんな中、貝塚は宿舎のカプセルに引きこもり、渡された複雑な書類をものすごい目つきで読み込んでいた。

 明日のことを考えると一睡できないと、そんな嫌な予感が漂っているのだった。

 



 

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