第26話 一息(下位部隊編)

 偵察隊として派遣された下位部隊を乗せた軍用車両は茶畑を挟んで向こうに見える線路に沿って、ある程度のスピードで進んでいた。広大な茶畑の中には、ひぐらしの鳴き声と軍用車両のエンジン音だけがしみじみと響いていた。

 軍用車両の上には見張り台のようなものが付けられており、そこから十七歳の新隊員のかつらミノルが双眼鏡越しに線路を目で追っていた。かれこれ二時間はこの状態なので、目と身体がフラフラしてくる。

 「オイ、桂」

 ミノルの後ろには下位部隊のある班のリーダーである寶野弥助たからのやすけが険しい顔で突っ立っていた。

 「何ボーっとしてやがる」

 「すっすみません班長」

 ミノルは振り返りながら早口で謝った。

 「いいか。入隊して一年目で仕事が貰えているのはありがたいことだぞ。通常は『鍛錬期間』として本部に駐屯するものだ」

 寶野は身振り手振りを激しくしながら言う。動くたびに腰にぶら下げたメリケンサックが擦れあっていた。

 「まあまあ、そうカリカリするなよ寶野。そりゃあ特部の連行と取り調べは疲れたけどさ」

 そう言ってひょっこり見張り台へ上がってきたのは同期の刑部弦おさかべげんであった。

 「それにそろそろ交代しようぜ。疲れたろ」

 刑部はミノルに近づき、双眼鏡をひょいと取り上げた。横では寶野が不服な表情を浮かべていた。

 「で、どんな感じミノル君」

 「――バラストの部分には、大きく細長いくぼみがありました。まるで足跡です。やはり瀬戸川礼はこの線路を辿ってたんだと思います」

 ミノルは少々とちりながらも、なんとか刑部に状況を伝えた。そして刑部はにっこりと笑い「うん、ありがと」と声をかけて双眼鏡を覗いた。ミノルは一礼してはしごを下り、中へ入っていった。

 寶野はしゃがんで見張り台のヘリにもたれた。

 「全くお前は楽観的だなぁ」

 寶野のざらついた声が集中している刑部の耳に入った。刑部は特に何も返さずにじっと集中していた。

 「もう少し緊張感持ったほうがいいんじゃないか」

 寶野の声はようやく刑部の耳に浸透したようだ。

 「――弥助は緊張しすぎだよ。もっとリラックスしなきゃ」

 「いや、そうは言ってもだな」

 「思いこみの力って偉大だよ。良いって思えば良いように思えるし、悪いって思えば悪いように思えちゃう。『課題』って案外単純だよ」

 口先をひょいひょいと尖らせながら刑部は喋る。

 「はは、まあお前らしいな」

 寶野は苦笑いしながら前髪をかきあげた。涼しげな風が二人の髪を揺らしてやまなかった。

 「アッ」

 「どうした弦」

 寶野は立ち上がって線路の方に目をやった。茶畑が先程より少なくなってきており、住宅街に入りつつあった。

 「線路の窪みがなくなった」

 「なくなったのか」

 「ああ」

 「――何かあるかもしれんな。近寄ってみよう」

 寶野は足早にはしごを下った。そして運転席でハンドルを握っている隊員を呼ぶ。

 「和泉。線路に近づいてくれ。あそこの踏切に続く道から行けるか?」

 「行けそうです」

 「頼む。あと皆。これから線路周辺を捜索する。特に異常がなければ飯にしよう」

 寶野が呼びかけると隊員たちは威勢よく返事をした。


 しばらくして、周辺の捜索を行い一段落した下位部隊は、大きな異常はないと判断し、持ってきた食料で一息つくことにした。

 寶野は本部に連絡している最中に、踏切の近くの道路端にキャンプ椅子を持ってきたり、食料が入ったバックやLEDのランプを準備した。

 「はい、以上のことから瀬戸川礼は線路を辿っていると考えられます。また途中で足跡が消えたので、ヒトガタから人間体に切り替えたのではないかと考えられます。はい、進展次第また連絡します」

 寶野は発信機を切り隊員の輪の中に入った。輪の中央にはLEDランプがぼんやりと浮かんでおり、ちらちらとコバエが集まっていた。

 「よし。いただきます」

 各自手を合わせてバックの中から好きなものを取り出した。食料を包むビニールが隊員の手とまじり合いながらガサガサと音を立てていた。

 「よーしたくさん食べるぞぉ」

 刑部は部下の目を気にせずにおにぎりを手に取り、温和な笑顔を浮かべていた。

 「僕はこれでいいかな」

 ミノルは小声でカロリー食品を一箱手に取り箱と中の袋を開けて、チョコレート味の粗いクッキーにこじんまりとかじりついた。

 「桂」

 寶野の声にミノルは「ひぃ」と驚いた。クッキーの生地から崩れた小さな塊がポロポロと落ちた。

 「もっと食え。遠慮すんな」

 寶野はステンレスカップで冷たいブラックコーヒーをすすりながらミノルにサンドイッチを渡そうとする。

 「どした、嫌いか。この先食えんくなるぞ」

 寶野の「ほら」という声に急かされたのかミノルは戸惑いながらもサンドイッチを受け取った。二個入りのサンドイッチの具はハムとヒレカツというやや異様な組み合わせであったが、それよりも食欲が先行し口には唾液が広がっていった。

 「あの、ありがとうございます」

 ミノルは少し照れながら礼を言う。

 すると「ふふ」と寶野は返した。ミノル以上に照れている寶野は、その照れを隠そうとまたブラックコーヒーを早々と啜った。

 「むふ、ていうかたっくさんあるね」

 刑部はおにぎりを頬張りながら言った。

 「『カウトロー』で買ってきたからな。久々に大人買いしたよ。ははは」


 寶野の口から出た『カウトロー』とはイブの職員たちが使う俗称である。

 本部を構える山のふもとには【スーパーカンタロー】というスーパーマーケットがある。元々個人で経営していた店だったが、アメミット出現の影響で放置されていたため、イブが勝手に貸し切り、海外から商品を仕入れ運営している。そういったやや法律無視アウトローなやり方をしていることから、『カンタロー』と合わせて『カウトロー』と呼んでいる。

 丈と秀はそこでバーベキューに必要な代物を一通り買い揃えた。プラスチックのカゴにはぶつ切りの牛肉や、パック入りの串焼き(業務用)や色とりどりの野菜などが詰め込まれていた。またコンロのカセットやトングなどの道具も忘れずに買った。おまけでおにぎりでも買おうと思っていたが何故か売り切れであった。

 「あの、バーベキューのコンロって部屋にありましたっけ」

 秀は丈に訊いた。

 「ああ、俺が大学時代にサークルで使ってたやつがある」

 「隊長もそういうことするんですね」

 少しニヤついた秀は丈に言った。すると丈は頭の後ろに手を回した。

 「ま、まあな。大学時代ぼちぼち遊んでたよ」

 薄く笑いながら丈はそのままレジへ向かい、それから二人は会計を済ませた。イブコインはかなり取られたが別に構わない。これで命たちを少しでも元気づけることができたなら良いのだ。それに今までの打ち上げという意味も込めて、今夜は派手にやろうじゃないか。

 (たまにはハメを外さないとな……)

 

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