Season2
第25話 残暑
命たちは喪服から普段の制服に着換え、いつもどおり特別部隊の部屋へと戻った。
猿田の死亡から始まった怒涛の展開を乗り越え、一行は肩に岩を乗せたように疲れ切っていた。そんな中、丈と秀は報告会に出かけていた。
「あああ、一件落着一件落着」
京次郎はため息に被せて喋った。ウイルス入りのハードディスクを床に置き、また机の上が散らかっていた。
その横では安らかな寝息をたてて、風太とくるねが顔を伏せて眠っていた。その後ろではエミリがコーヒーカップに温かなココアを入れてくつろいでいる。
それらを横目に翔吾は命に話しかけた。側には優も座っていた。
「命さん、その、大丈夫」
翔吾は訊いた。
「――いやあの、礼のことが、まだ少し信じられなくてだな」
命は頭を指で押さえながら言った。幻想なのか分からないが、あの鏡を見てからというものの気分が優れないのだ。誰かに自分の意思を半分乗っ取られたような、そんな感覚が引っかかっているため、何がホンモノなのかということに理解が苦しむのだ。
「それは、僕も同じだよ」
翔吾は自分の胸に手を当ててそう呟いた。歯の隙間から風のように出てくるような声だった。
「ねえ……これからどうなるんだろうね。瀬戸川君は、どうなるんだろう」
優はうつむきながら、おもむろに言った。
「復縁は、できるのかな……」
翔吾が言った。
「馬鹿野郎、人殺しと和解するなんて御免だ」
命の語気がふた周りほど強まった。しかしながらヒリヒリした淋しさが残っている。
現実的に考えて礼はどうなるのだろうか。現代にはやんわりとした平等を体現する法律というものがあり、戦国時代だとか江戸時代のように成敗という形で殺すことはないだろう。しかしながら相手は何をするのか見えないテロリストである。だとすると射殺許可が出る可能性も否めない。そう考えると、自分たちが自分たちの手で、礼を殺めることになっても不思議な話ではない。
そう思いながら命は自分の手を眺めた。
「覚悟した方が、いいかもしれない」
命はずっしりとそう吐いた。
「覚悟?」
優は訊く。
「俺たちは、いずれ礼を殺すことになるかもしれない」
三人の間には沈黙が広がった。重々しい空気だった。
大きな音を立てて丈と秀が戻ってきた。不安を綺麗に並べたような落ち着きながらも重い表情だった。
「報告会であったことを話したいと思う。お疲れのところすまないが、目だけこちらに向けて欲しい」
丈はそう言った。すると隊長は目をこすりながら丈へと目線を向けたのだった。
「逃亡した瀬戸川礼について、処分が決まった」
命はおぼろげに喉をゴクリと鳴らした。
「――見つけ次第、射殺だ」
切り込むようなこの言葉に場の空気が一変した。
「射殺、ですか!?」
風太は飛び跳ねながら訊いた。射殺という単語の重さは尋常ではない。
「そうだ」
「管理政府に突き出せばいいじゃないですか」
風太は訊く。そしてそれに続けてエミリも訊く。
「そうですよ。確かに管理政府のやり方は汚いですけど、根拠なく射殺は違うと思います」
「――待ってくれ。都合上それはできないんだ。だからやむなく射殺という処分になった」
秀はつっかかるように補足をした。
咳払いを一回した丈は、淡々と説明を始めた。それに合わせて秀は持っている資料を確認し始める。
「壊れたパソコンを含む瀬戸川礼の私物を全て解剖班や科学班に調べてもらった。その結果、瀬戸川礼と管理政府は繋がりがあることが分かった」
「つ、繋がり?」
翔吾が驚きながら呟いた。
「そうだ、どうやら実の父親が管理政府の重役で、その重役から指示を受けて動いていたんだ」
その声に合わせて秀が目の前のデスクにホッチキスで留められたプリントを置いてみせた。隊員たちはそれを囲んだ。内容は礼が送信していたメールを印刷していたものだった。
【送信先:
画面上にはうっすらとそう表示されていた。その名前を見て京次郎が反応を示した。
「あーなんかコイツ、テレビで見たことあるな」
「まあ知っていても無理はないだろうな」
秀はタブレット端末に彼の顔写真と経歴が載った記事を出してプリントの横に置いた。
「名前は瀬戸川太蔵。年齢は五十ニ歳。東京大学卒業後、大手企業に勤務するがクビになり、大学時代の先輩であった中倉正吉の継いだ村の会計を担当していたらしい。それから財務省の職員を経て、現在は――」
丈が説明する中、命と優が「中倉……」とボソリと呟いた。
「何でこんなヤツが管理政府の重役に?」
風太が首を伸ばして尋ねた。
「詳しくは分からん。恐らく中倉家の出世に便乗したんじゃないか。今中倉一族は大企業をいくつも抱える輩だしな」
「そのため管理政府に公正な審理を求めることは難しい。仮に審理を求めた場合、
丈は淡々と言った。すると優が前のめりになって叫んだ。今までとは違った険しい表情であった。
「――忖度なんて絶対に許せません!また管理政府も中倉家も絡んでるなら、そいつらも潰しましょうよ」
「――優。落ち着いてくれ。まずは瀬戸川礼の動向を優先だ。彼は行き場をなくしたため、自力で管理塔に向かっているはずだ。先程少数の偵察隊を派遣した。情報が入り次第、私たちも出動だ」
丈は一言一言をしっかりと噛みしめるように呼びかけ、その後「はい」という返事が湧き上がった。
「隊長」
命は丈に声をかける。歯を少しだけむき出しにした迷いのある表情であった。
「殺す以外の手段はないのですか」
命は訊いた。
「多くの方法を考えたが、残念ながらこれしかなかった。彼がヒトガタである以上、人間と同様の扱いはできないに等しい」
「――そう、ですか」
命は言った。彼がヒトガタであるということを忘れていた。彼は瀬戸川礼という人間ではなく、アメミットという化物だった。そんなヤツと分かりあえるはずなんてなかった。
鏡を見たときのように、
「では、以上だ。あとは各自ゆっくり休んでおくように」
丈はそう言ったあと、秀に「行くぞ」と耳打ちをして部屋から出ていった。
秀は扉を閉めたと同時に丈に言った。
「隊長。本当にやるんですか」
「ああ」
「上から怒られません?」
「まあ、何かあったらそこは責任とる」
柔らかい表情になり、淡々と話す丈に、秀は焦り始めた。
「そういう問題じゃなくて」
「――命たちには、少しでも元気になってもらいたい。私のやり方が正しいのか分からないが、何か力になってやりたいのだ」
「……」
「頼む。荷物も多くなるからついて来てほしい」
「――分かりました。全く隊長はいつも優しすぎますよ」
丈と秀は足早に歩き始めた。
廃ビルの小窓から鮮烈な夕焼けが見える。またサンチマンタリスムを誘うような
その下にはかっぱらったヨレヨレの白いシャツと、同じくかっぱらった薄汚れたスキニージーンズを着た礼が、中にあったパソコンを手早く修理していた。
本部を抜け出し、アメミットの状態でひとまず最寄りの
そんな疲弊を抑えながら、修理し終わったパソコンの電源を付けてメールソフトを開いた。もはやなんの感動もないがとりあえず父親に今の状況を伝えた。
それから約十分後に返信がきた。
【羽月命を連れてこい。イブともう一戦交わしてこい。わずかだが応援を派遣する。位置情報を暗号化して送信しろ。送信したらそこから動くな】
とあったので暗号化した位置情報を添付して送信した。これをアッチが解析し、現在地に応援を向かわせるのだろう。
散らかったデスクやらバインダーやらゴミやら、長年放置されたお陰で異臭を放っていた。奥に飾られた観葉植物さえも悲鳴を上げて枯れてしまいそうだった。
礼はその臭いと、むせるような暑さの中でひとまず仮眠を取るのだった。
礼はごろんと汚れた床に寝っ転がった。
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