第11話 四面楚歌

 両手の震えを抑え、命は引き金を交互に引いた。

 弾は四本の足に命中し、ドロドロとアメミットの足は溶け、姿勢を崩していく。

 口の位置が低くなり、苦しんでいるのか、生々しいうめき声を立てている。

 「翔吾!」

 という命の声と同時に翔吾は、手榴弾を開いた口をめがけて投げた。

 小さな手榴弾はコマ送りのように宙をとんでいる。そして一直線に口の中へと突っ走っていった。

 手榴弾を飲み込んだ瞬間、身体は風船のように膨張していく。そして身体のラインが崩れた瞬間、体液を撒き散らして破裂した。

 「行くぞ!」

 命はそう言って二人は走り出す。破裂したアメミットの残骸を踏み、横や後ろのアメミットを尻目に南口へと向かう。

 しかし、そこには太陽光が差し込んでいなかった。遠くからでも分かる。南口はガレキか何かで塞がれてしまっている。

 翔吾はそれにいち早く気づいた。

 「命さん!ふ、塞がれてるよ!」

 「あ!おい嘘だろ!じゃあ皆は一体どこに逃げたんだ!」

 話しながら走る後ろにはアメミットがもうすぐそこまで来ている。暗闇であろうと彼からは容赦なく追いかけてくるのだ。

 「二人とも!こっちよ!」

 南口の左にある改札口から優が手を振っている。どうやら一行はこちらの方へと逃げ込んだらしい。

 二人は力を振り絞り、新幹線の改札を勢いよくくぐり抜けた。 

 そしてアメミットは見失ったのか、辺りをキョロキョロしている。

 「危なかったね……」

 という優の声を聞き、命は有り余るほどの安堵感が溢れ出てくるのだった。


 「みんないるわ。着いてきて」

 優は一行が集まっている場所へと案内した。

 一行は駅に設置されたグランドピアノを囲むように座り込んでいた。各々水を飲んだり、持ち物を確認したりしていた。「命、翔吾、無事で良かった」と特別部隊の隊員は安堵をかみしめて口々に言う。

 「俺たち、閉じ込められたみたいなんだよ」

 一人の隊員はそう口にした。彼の唇はブルブルと震えていた。

 「閉じ込められた?」

 命は彼に訊く。

 「ああ、さっき見てきたけど、アメミットがいるか、ガレキで塞がっているかで出れそうにないんだ……」

 隊員は不安な目つきでそう云った。

 「司令部や外の隊員とは連絡できますか?」

 「いや、無理だった。外から距離があるわけでもないのにな」

 第一部隊の猿田さるたは淡々と言った。

 「それにしても、なんであんなでかいアメミットがこの中にうじゃうじゃいるんだよ。北口もそんな高いわけでもないのによ」

 滝村はそう呟いた。

 「おそらく、ここはアメミットの巣だよ。アメミットがここで子供を産み、それらが成長して大型になったんだ。ここら一帯のアメミットは、ここが中心で増えているのだろう」

 礼は水を飲みながらそう答えた。

 すると丈は立ち上がり、呼びかけ始めた。

 「みんな聞いてくれ。礼の言うように、ここはアメミットの巣の可能性が高い。ここを制圧しなければ、また繁殖してしまうだろう。外部との通信が不可能なため、危険だが私たちだけでなんとかしなければならない」

 一同は黙り込んだ。漆黒の闇、埃っぽい空気、連絡不可、アメミットたちの縄張り、不利な要素がまとまって降り掛かってきている。しかし、やらなければこの戦いは終わらない。それくらいは頭の中で理解しているのに。

 「や、やりましょう!」

 視線はいっきにその言葉の方へと向けられた。

 「僕たちで、ここを制圧しましょう!きっと考えはあるはずです」

 命は立ち上がってそう呼びかけた。

 すると反対の言葉が飛んでくる。

 「考えって何だよ。俺たちは今、四面楚歌なんだぞ!どうしようもねぇよ!」

 「お、落ち着いて下さ――」

 命は静止させるも彼はそれを押しのる。 

 「来る前から不安だったんだよ。『イブのゴミ箱』がついてくるなんて、足手まといにしかならねぇと思ってたからな!」

 「貝塚かいづか!言葉を考えろ!」 

 蟲部は語気を強めて彼に注意する。貝塚は少しよろけて歯ぎしりをする。不服な空気をまとった貝塚は座り込んだ。

 「そもそも、何で第一部隊と行動することになったんすか。正直不満ですよ」

 「貝塚。苦手な相手だろうとお互い協力し合わねえと――」

 「うるさい猿田!」


 楽器屋が随所に並ぶ閑散なビル街では、第二部隊が中型アメミットと交戦していた。 

 「逃げんなぁぁぁ!」

 隆太は逃げようとするアメミットに弾を撃った。アメミットはドロドロと溶けた。

 周囲にいるアメミットたちも弾を撃ち込まれ、溶けていく。そして残ったアメミットたちは一斉に同じ方向へと逃げていく。

 そんなアメミットを指さして、千夏は言う。

 「ねぇ、なんか変じゃない?」

 「変って?」 

 隆太は目を丸くして言った。

 「だってさ、突然一斉に同じ方向に向かってるのよ?」

 千夏の言葉に駿介は腕を組んで返答する。

 「確かに、そうだな。さっきまで普通だったのに」

 他の隊員たちも異変を感じ始めており、焦りの空気が蔓延する。

 「反対方向にいる第一部隊の人たちに連絡してみるよ」

 駿介はそう言って発信機取り出し、周波数を設定する。

 『――はい、こちら第一部隊六班の加茂野です』

 「こちら第二部隊三班の鷹見たかみです。アメミットが同じ一斉に方向に向かっているのですが、そちらはどうですか?」

 『――ああ、こっちも今それで連絡しようと思っててね。方角はどっちだい?』

 「方角……、は分からないですけど、駅のある方です」

 『――本当かよ!こっちも駅の方に走ってったんだよ!このままだと特別部隊と第一部隊の一班が袋のネズミになる。矢崎隊長から全体に指示を出してもらうよ』

 「了解です」

 駿介は発信機を切った。

 「どうだった?」

 隆太は駿介に訊いた。

 「ど、どうやら駅の方向へ向かっているらしいんだよ――」

 「な、なんだって!」

 隆太は手をパーにして驚いた。

 

 それから矢崎より無線で全体に指示が出され、隊員たちも一斉に駅へと向かう。

 『――繰り返す、総員至急駅へ向え。このままアメミットが一斉に駅にたどり着けば第一部隊一班、特別部隊が危険な状況に晒される可能性がある。駅構内には第一部隊一班、特別部隊、そして羽月命がいる。何としてでも食い止め、彼らを守り抜くのだ!』

 矢崎の無線を聞きながら隊員たちは駅に向った。できるだけアメミットが通ってない道を選んだり、鉢合わせたら早急に殺すなど頭をフル回転させていた。


 千夏、駿介、隆太の三人を含む第ニ部隊はどこよりも早く駅の前に駆けつけた。

 「ああ!北口が塞がってる!」

 目に飛び込んできた景色を飲み込んだ隆太はそう叫んだ。

 そこには北口は高いコンクリートの山が無造作に積まれており、北口を塞いでいたのである。


 反対側の南口にたどり着いた加茂野を含む第一部隊もガレキで塞がった南口を目にする。

 「嘘だろ……」

 加茂野の隣に立っていた横瀬が呟いた。

 「か、加茂野さん!全体を偵察して来ましたが、出入り口は全て塞がっています!反対側の北口も同様です!」

 加茂野の部下が焦りながら報告をする。

 「げ、原因は?」

 「分かりません。しかし人為的な影響は考えられません」

 「……とにかく総力を挙げてガレキを破壊しよう」

 

 無線にて、積もったガレキを破壊することが指示され、大型の重機やドリルでの作業が開始した。待機していた下位部隊の本多や石堂といった十人組たちも作業に加わった。重機の禍々しい音や、ドリルの轟音がビル街に響き渡る。

 南口側に停めてある軍用車両に閉じこもっていた京次郎とエミリは、内部との通信をするために出来るだけガレキに近寄り、パソコンを操作する。

 「――こちら特別部隊美山です。応答願います――」

 「駄目か?」

 「駄目です白浪さん」

 「ウッソだろぉ!この距離で軍用の発信機が使えないとかオカシイよ!」

 京次郎は頭をかかえてうなった。

 「ガレキが分厚いんでしょうか……」

 エミリはガレキを見上げる。

 「ガレキに隙間が空いたら、そこから飛ばしてみるか」

 すると後ろからは無数の足音が聞こえてくる。アメミットたちはもうすぐそこまで迫ってきていた。


 「おい見ろ!アメミットが来たぞ!手の空いてる者は食い止めろ!」

 誰かが叫び、空気は張りつめた糸のようにピンと緊張した。

 無線では追いかけるように指示が出る。

 『――アメミット接近、アメミット接近。援護射撃を要求する。繰り返す――』

 「隆太、千夏!行くぞ!」

 駿介はアクのスライドを引いてそう言った。

 他の隊員たちもスライドを引きアクを構える。前方には無数のアメミット。何としてでもここで食い止めなければならない。

 後ろの轟音を尻目に、緊張が空気を駆け抜けた。

 駅を中心に隙間なく囲むアメミットたち。それはまさに四面楚歌だった。


 


 

 

 

  


 

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