第12話 それ

 北口、南口で一斉に射撃が始まった。飛び交う弾に直撃したアメミットはたちまち煙を上げて溶けていく。

 「くっ……この調子ならなんとか止めれそうだな!」

 駿介は撃ちながらそう言った。彼の手はひっきりなしに引き金を引いている。

 「まずい弾切れだ」

 横にいる隆太が苦い表情で叫んだ。するとあたふたしている隆太に駿介はマシンガン型のアクを手渡す。

 「これを使え!」

 「ああ、助かったぜ」

 隆太はそのアクを素早く受け取りスライドを引く。 

 「これで木っ端微塵だ!」

 大きな口で隆太はそう言ってマシンガンから弾の雨を降らせた。よりアメミットが溶けていくスピードが早くなっていく。

 しかし倒しても倒しても後ろにはまだアメミットの大群が続いている。

 強靭な口からは重機の轟音をかき消すほどの鳴き声を放つのであった。


 暗闇の駅構内、特別部隊と第一部隊はそれぞれ手分けしてアメミットの討伐、調査を開始した。

 二階では命、翔吾たち特別部隊は懐中電灯を片手に暗闇をかき分けて進んでいっていた。

 「おい!なんだこれは」

 秀はその場所を懐中電灯で照らした。

 そこには禍々しく淡い光を放つ赤いイクラのようなものが大量に敷き詰められていた。その中にはムクムクと動いているものもある。

 「こ、これは、アメミットの卵?」

 「こんな形してるんだ」

 くるねと優は身を乗り出してそう言った。

 「ああ、おそらくそうだ。やはりここはアメミットの巣となっているようだな」

 丈はそう言って分解液が入った注射器を取り出した。

 丈は恐る恐る卵に針を刺し、液を流し込んだ。流し込まれた卵を中心に薄い光はだんだんと輝きを失い、形を崩して溶けていった。

 「注射器が役に立ったの、何気に初めてですね」

 風太はそう言いながら溶ける様子を眺める。

 「確かにそうだな。それにアメミットが卵生であることも、大きな発見だな」

 と丈は言った。

 「うわぁ……すごい臭い」

 翔吾が鼻をつまんだ。溶けていく卵は腐ったような異臭を放った。 

 「えっと、なんか土みたいな臭い」

 命はそう言って動じることなくその臭いを嗅いだ。

 「土?土はこんな変な臭いじゃないよ!」

 と優は反論した。

 「よし、二階にアメミットはいなさそうだ。三階を調査している第一部隊と合流しよう」

 丈の声とともに、その場から離れて三階へ向った。


 「くらえぇ!」

 猿田は険しい表情で大型のアメミットに発砲する。

 「こ、これで大半は片付いたっぽいな……」

 第一部隊の隊員は全員息を切らしていた。

 大型アメミットが暗闇から幾度となく襲いかかってくるこの場所は、第一部隊の精鋭たちをも圧巻させていた。

 「アメミットは、ここ三階に集中していたみたいですね」

 隊員の一人がそう言った。

 すると、後ろには得体の知れない何かがうごめいていた。

 「あ、おい!後ろ!後ろだ!」

 蟲部は勢いよく叫んだ。

 しかしそれと同時に隊員は、腹を細長い触手に貫かれた。そして隊員は血の一滴流さずに顔を真っ青にして倒れた。

 隊員たちは全員背筋が凍りついた。

 「ああ……!な、何だ!」

 倒れた隊員の後ろには下を伸ばした人の顔が数個くっついた歪な形の化物が立っていた。

 「き、奇形のアメミットかよ!?」

 滝村はそう叫んだ。滝村はすぐさまアクの引き金を引いて討伐を試みる。

 分解液を浴びるもそれは動じずに無表情でこちらへ向かってくる。

 「い、一旦退避だ!」

 蟲部はそう言って隊員たちを誘導した。蟲部の顔は焦りと同様で濃く深い皺が刻まれていた。

 第一部隊は二階に繋がる動かないエスカレーターの場所へ必死に走った。駅構内には焦燥を乗せた足音が響き渡った。

 エスカレーターを降りようとしたとき、下からは特別部隊が昇ってきていた。

 丈は彼らが明らかに焦っていることに勘付き、声を掛けた。

 「どうしたんですか!」

 「き、奇形のアメミットがこっちに来ているんです!」

 礼は丈にそう返した。

 礼はもう一度奇形に目をやると、それは奇怪にふらつきながらこちらへ向かって来ている。ヒタヒタと音を立てる足音は徐々に徐々に近づいてくるのだ。

 「こっちに来るなぁぁ!」

 猿田はアクの引き金を引いてひたすら奇形を討伐しようと血眼になった。怯みながら血しぶきを撒き上げる奇形はそれでもこちらへ向かってくる。

 「うっ……駄目だ。これは一旦隠れて撒いた方が良さそうだな」

 猿田は途切れそうな声でそう言った。

 「おい猿田!」

 「貝塚?」

 「何で隠れなきゃいけねんだよ」

 「ヤツは真っ向では相手にならない。一旦撒いてから考えるんだ」

 「てめぇよぉ!だから俺はお前が嫌いなんだよ!」

 貝塚は猿田の胸ぐらを掴んで早口で言った。猿田はなだめるように彼を静止しようとする。

 「おい、もうすぐそこまで来てるぞ!」

 秀の声は隊員全体に響いた。その場の流れは『逃げる』という空気に変わり、彼はエスカレーターを下った。

 二階に降りた時に、丈の発信機のプザーが鳴った。

 「あ、発信機!」

 翔吾はそう言って丈に知らせた。そして丈は走りながら発信機で通話を始めた。

 「特別部隊、九龍瀬です!」

 『――あ、隊長!今電波の乱れが直ったので通信してみました!大丈夫ですか?』

 「エミリ、悪いが今はそれどころじゃない。落ち着いたら連絡し直す」

 『――え、あ、ちょ――』

 丈はすぐさま通信を切り、今は仲間と逃げることに専念した。

 しばらくして後ろの方から礼の声が飛んできた。礼は制服のポケットをまさぐっていた。

 「蟲部副隊長!一箇所に固まって隠れるより、バラバラに隠れた方がよいかと!」

 「何故だ!」

 「ヤツは大量の触手を持っています!もし固まっていたとしたらまとめて殺されます!」

 「――分かった!全員散らばれ!」

 蟲部はそう叫ぶと隊員たちは二階の隠れられそうな場所を見つけるために散らばった。

 命はファミレスに入り、隠れられそうな場所を探し始めた。

 店内は机や食器が散乱しており、これでもかと足場が少なかった。

 また食べかけの料理は三年経過して腐っており、嫌な臭いを放っていた。

 (よし、ここに隠れよう)

 命は奥の方で倒れていた机を起こしてその下に身を伏せた。


 「あちゃー切られちゃったかー」

 京次郎はパソコンの画面を見ながら言った。無線を表すアンテナマークは接続状態となり、復活していた。

 「凄く焦っている様子でした……」 

 エミリは心配そうな表情で京次郎に言った。

 後方のアメミットは次第に数は減ってきているが、未だに落ち着ける状態ではない。

 大量のガレキも、まだ風穴一つ空いていなかった。


 命は息を殺して身を潜めていた。張りつめた静かな空気が絶え間なく広がっている。

 すると、割れかけたガラス越しに歪な影が写り込んだ。

 (まさか、来た……、のか?)

 ガシャーンとガラスは割られ、それは店内にゆっくりと入ってきた。

 揺れる影に合わせて床の机や食器が音を立てる。その音たちは、命の耳の奥の鼓膜を震わした。

 ガ……チャ、ガチャ……ガチャ……。

 次第にその音は自分のすぐそこへと迫っている。命の居場所はとっくにバレてしまったらしい。

 (――もう、やるしかないな……)

 命は思った。何か動かなければ死ぬと。息を殺していてももう無駄だ。

 しかし、命はもうアクに弾がなかった。使える武器は対人用のハンドガンとサバイバルナイフだけ。みんながここに来るまで、時間稼ぎをするしかない。

 それは、もうすぐ隣にいた。

 

 


 

 


 

 

 

 

 


 

 

 

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