美味しい食事は夢の味

 祖母が夢を見たと言う。

 その夢の中には亡き祖父がいて、友人たちと談笑中の祖母を「美味しいものを食わせてやる」と言ってしきりに誘っていたらしい。

 一緒に話し込んでいた祖母の友人である旅館の女将さんが「私らと一緒に食べに行くからいい」と祖父に言い、祖母は祖父についていかずにそのまま起床したのだと。

 聞けば聞くほど、どことなく危機一髪だったのではないかと冷や冷やする話だ。

 祖父の誘ったご馳走の意味とはやはり『黄泉戸喫よもつへぐい』なのだろうか。

 それは起きた後の祖母も考えていたようで、祖父と食事に行かなかったことを後悔すらしているようだった。

 ヨモツヘグイとは死者の国の食べ物を口にすること。それをしたら往々にして現世に帰ってこられなくなるのは有名な話だ。

 そして死者の国の食べ物というのは、現在の日本では仏壇に供える食物らしい。

 祖父の仏壇には、今まで私や家族たちの買ってきたお土産や、祖母の作ったご飯が上がっていた。

 それを祖母自身に食べさせることになっていたかもしれないとは。

 いや、祖母にとってはやはり、祖父とともに食べるものはどんなものでも美味しいに違いない。

『誰かと食卓を囲むと料理が美味しくなる』は祖母の持論で口癖なのだから。

 しかし味の良しあしはどうあれ、祖母にヨモツヘグイをするのはもう少し先延ばしにしてもらいたいので、祖母を引き留めてくれた旅館の女将さんには本当に感謝している。

 いつか現状が落ち着いたそのときに、その旅館でゆっくり食事をしよう。

 良くも悪くも、夢のような話だが。

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