アレの対価
時代劇の悪役が少し長めの「間」を使った喋り方をするのは、人気のない悪役だろうと少しでも画面に映って視聴者に見てもらうためだという裏話を聞いた。
それを知って私の口から出た感想は「役者が積み上げた伝統的なアレだったんだね」だった。
とっさに「努力」の単語一つが出てこなかったためにアレで代用したのだ。
もちろん、代名詞なのだから本来の使い方からは大きく外れてはいないと思う。
だが、たった零コンマ五秒のタイムロスを惜しんだばかりにアレに手を出してしまったのがなんとなく心地よくなかった。
何かの名前をもの忘れしたときにアレと表現してしまうのは珍しくはないだろう。
記憶の持ち合わせがないから、ひとまず支払いはアレで済ませておく。
若干ずれているものの、言葉のキャッシュカードみたいなものでないかと睨んでいる。
キャッシュカードと違って、あとで支払いを請求される心配はない。
けれどもそのとき話した相手によっては「あの人は単語が出てこないときにすぐアレを使う人なんだ」と思われるかもしれない。
考えすぎだとはわかっていても、どうしてもそういった印象を持たれることが、アレ払いのツケのような気がする。
だから今後は困ったときにアレ頼みするのは遠慮しよう、とひそかに決意をしている。
昔からよく言うではないか。あの、アレより高いものはないと。
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