ピーター・パンのいないこの世界
レンタルビデオショップに行ったときの実話。
まだ五歳以下であろう男の子二人が追いかけっこか鬼ごっこか知らないが、店内を走り回っていた。
母親らしき若い女性が声を張り上げて注意していたが、その子たちは元気さあり余ってなんと、赤い手が少年少女の侵入を食い止めようとしているマークの描かれたあの黒い暖簾をくぐって向こう側へと行ってしまったではないか。
暖簾に腕押しとは言うが、確かに暖簾はなんの抵抗もないあっけないバリケードだ。
布一枚隔てたあちら側の異次元から聞こえてくる男の子たちの元気で無邪気な笑い声。まだ幼いから目覚めることもないだろうが、幼さゆえの無知とは時として怖ろしいものだ。
二人の男の子のお母さんはさすがに暖簾の先へ踏み入ってまで注意することもできないようで、必死に数字の18と両手のマークの描かれた暖簾越しに子どもたちへ戻ってくるように呼び掛けていたが、思わぬ安全圏を発見してしまった子どもたちにその声は届いていない。
大人の世界に迷い込んでしまった子ども。どこかネバーランドに通ずるものがあるが、そこにいるのはやたらスタイルのいいティンカー・ベルだ。彼女たちに羽は生えていないが、代わりに色気が満ちている。
あの子たちは時間が経てば問題なく子どもの世界へと帰ってくるだろう。そしてまた成長して、いつか本来の資格を得て鮭の母川回帰のようにUターンして戻ってくるかもしれない。鮭の回帰は産卵した卵に精子をかけるためなので、あながち的外れでもなさそうだ。
しかし、本当に心配なのは最初から大人の世界に入っていた紳士たちの方だ。
自分の欲望に忠実になり、あるいは俗世のストレスから抜け出すために暖簾を乗り越えた大人たち。しかし、彼らだけの聖域に突如無垢な子どもがやって来て楽しげに走り回る。
さぞ気が気ではないだろう。何も悪いことをしていないのに罪悪感に苛まれたかもしれない。
紳士諸君はこれにめげず、胸を張って堂々と自分のティンカー・ベル探しを続けてほしい。シルクハットを被り、カールした口髭を指先でつまみながら大人の余裕というものを見せつけてやろうではないか。
まったく誰も悪くないが、かといって誰も得をしない出来事だった。
ただ一つだけ弁明させてもらうと、私は大人のネバーランド内を物色していたわけではなく、平成ウルトラセブンを借りに来ただけなのであった。
とくに個人的に一押しの「太陽の背信」は子どもでも大人でもそれぞれ楽しめる作品なので、今回の話の落としどころにさせてもらうことにする。
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