34 幸せになろうよ

 俺達は、ゆっくりと見えない階を降りて行った。

 段々と下界が手に取れるように近付いて来る。


「……俺と幸せになろうよ」


 どっからそんな台詞が出て来たのか、俺でも分からない。

 あー、パニック。

 パニパニですよ。

 男が申し出るときって、誰しもこんなものなのだろうか?


「よかったらだけどさ、ごにょごにょ」


 とも付け加えた。

 あー。

 恥ずかしいよ!


「……幸せですよ」


 それから、大人っぽくなった天使さんは、一呼吸置いて続けた。


「私が天界を出る所、ご覧になりましたね? 多分時空の捻じ曲がりがある古代遺跡で、投影されたのでしょう。あれは、私が貴方に出会う前のことです。下界とは、あの砂礫や森の世界だと思ってください」


「なら、ゲームの世界で知り合っていたのか?」


 俺は相手がどのような方かも知らずに、告白したのか。

 焦っている。

 今、この出会いを大切にしたい。

 クモの糸で繋がったような二人の揺らぎ。

 危ういから。

 離したくない。


「貴方は、ぶらりと本当にゲームの世界へ来てしまいました。この樹海です」


「な、何だって? 俺は、自室からここへハイキングに来て、それで、それで、家に帰ったのではないのか?」


 鮮明ではないが、そんな記憶もある。

 でも、俺が帰った後の家族の顔が思い出せない。

 どっちなんだ?


「未だですよ。未だ、ご家族は貴方の帰りを待ちわびております。出会ったのは、樹海にある時空の捻じれスポットから転移した作り物の森です」


「俺はもしかして、い、生きているのか? その作り物の森がゲームの世界だったのだな。この富士山の上空で浮遊しているので、亡くなったかと思ったよ」


「ご自身でご自分の体で呼吸ができるようになれたら、帰れると思います。お体を探すのが、賢明ですね」


 これは、とても危ない状態だな。

 家族との再会を選ぶか、この初恋を選ぶか。

 んー。

 俺はもう腐敗しているかも知れないのに、何を呑気な。

 腐った体に入ると、ゾンビか?

 もう、だめだっ。

 それは、いただけない。


「あの、貴女は、どうして幸せなのですか?」


「大神直人さんだからです」


 俺のことを大神直人さんと呼ぶとは、誰だろうか。

 これでは、どんな花の女子高生女神か分からないな。

 大神くんと大神殿とか呼ばれたから、あの七柱の中にはいないと思う。

 そう考えるのが、確率論からも正しいのか。


「所で、女子高生女神に紛れた魔女について知っているかい?」


 俺に彼女の【心音】が伝わって来る。

 ととと、ととと、と。

 俺には魔法もどきを使う才能はないと思ってはいたが、大切な瞬間で使えたらいいなと感じる。

 二人の間にあったつーんと張り詰めた神聖な空気が、あっという間に、ピンクに染まる。

 魔女の話など出してどうしたのだろか。

 俺は決して騙されていない。

 そこを確かめたいのか。


「……それは、私でしょうか」


「ててて、天使でしょう?」


 真面目な交際を申し込んでいるのに、魔女だったら、俺はどう付き合ったらいいのだろか?

 それなら、俺は、女神でも天使でも人間でもどうしたいのか?


「ごめん。今のは不誠実な質問だったよ。例え、魔女でも構わないよ。俺なんかゾンビの可能性あるしな」


「もう、天使の皮は脱ぎました。この階段を降りると、私には新しい生が待っています」


 別れてしまうのか!


「あのさ、もう、ゲームの世界で開花しないのか?」


「私は、初めて天界から投じられたものです。皆が花となる導きをさせるためにやって来ました」


 彼女のバストから流れるワンピースの裾がふんわりと揺れる。


「それは重責を担ったね」


「分かりませんか? 大神直人さん」


 俺が知っている?

 それで、天使で魔女?


「貴女の正体? 分からなければ、俺の初恋は実らないのか……」


 ◇◇◇


 そのとき、上空から、影が落ちて来た。


「――何だ?」


 飛行機でもないだろう。

 上を確認した。

 ピンク、黄色、紫、赤、黄色と紫、赤紫、金、それら七つの光が、珠となってくるくる回っている。

 どこかで見ていた配色だと思った。


「そうだ! 七柱の女子高生女神達だな。シンボルとなる髪のカラーだ」


 階段を使っていないようで、飛びながら迫って来た。


「おいおい、どうした? お腹が空いたのか? 喧嘩か?」


 思わず破顔一笑だ。

 自分の子どもみたいで。

 ゲームでいえば、クリアしたキャラクターだな。


「お帰りが遅いから、お迎えに参ったのですよ!」


 一斉に言われてもなあ……。


「樹海ってさ、俺がいるらしい。女子高生女神の来るような所ではない。さあ、帰りなさい。もう、自分達で生活できるでしょう?」


「ほーんと、ニャートリーのお陰よね。大神くんを使えるリーダーにしたのだから」


 櫻女さんめ。

 その口に戸を立てたい。


「そうそう。ニャートリーの――」


 ……ニャンニャニャー。

 はっ?

 俺の聞き間違いか?


 ニャンニャン?


「ニャートリーと言う猫鶏がいてさ。あれ。天使の貴女によく似ているよ。しっかり者の所とか」


「直坊。あれからも皆で話し合ったのじゃ。ニャートリーが魔女だと分かったから、伝えに来たのじゃ」


 水仙さんの言う通りなのか?

 何処が?

 天使のとき、羽がピンクで可愛らしかったな。

 それ位しか思い付かない。

 名前を呼んで、振り向いたら、その可能性もあるか。

 もう直ぐ、富士山に階段が届きそうだ。

 空中歩行の時間も終わる。

 さて……。


「ニャートリー!」


 俺は、大きく息を吸って、肺胞の隅々から全ての息を吐き出すように叫んだ。

 ――これで、振り向くのだろうか。

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