24 栗、栗、栗
「菊子さんの果樹は、上手く採集できているかな?」
「ってーよ!」
あれは、菊子さんのたおやかな悲鳴。
何故お怒りに。
「栗って、可食部以外は、痛いじゃないか。何だこのイガイガ」
「そこは、食べられないって教えてなかったか。素手で拾わないで、道具を使おう。今、用意する」
俺は、呼吸を整えた。
五、四、三、二、一。
零――!
「我が拳に宿りし【力拳よ】! 農具を作る力を貸し給え」
両脇に腕を引いて、拳を刀に見立てる。
成功する確率は五十パーセントだ。
「行けー!」
========☆
大神直人
HP 0082
MP 0106
【力拳】0500
========☆
俺は、【力拳】で、倒木から板をシュパパパと薄切りにし、中央くびれの部分は、かまどへ行って、熱を使って曲げた。
古の箸、つまりはトングを作ってみた。
俺の背後に気配を感じる。
誰かさんが、ひたりと俺の腕を掴んだ。
何かしらの霊媒か?
俺は、ぞくぞくとして振り向く。
「どれだよ。よこせよ」
声の主、菊子さんの尖った目が猫のようだった。
「この大きな箸みたいなものを使えるか? 俺が適当な枝から削って作ったのだが」
「――分かったよ。大神殿」
さっきは、痛いと悲鳴で俺を驚かせたのに、今度は、落穂ならぬイガ栗拾いですね。
「大神殿。これは便利だな! 栗拾いに最高だ」
歓喜に訴えた表情が、割と乙女らしさを感じたよ。
髪でも伸ばしてみてさ、俺の名を呼んでご覧よ。
祝言をあげよう。
俺が可愛いお嫁さんになってやるから……。
ああ、何かが混乱している。
俺がお嫁に貰おうかの間違いだろう?
そんなこと、言えるのは百年後だけれども。
「では、トングで工夫し、拾ってくれ」
「既に、こんもり取れているぞ。大神殿」
短時間にこれだけ盛るとは、有能なのだな。
ふと、ヤシの実に似た殻で作った入れ物から、超音波を感じた。
――栗?
「栗ー! 栗ー! 栗、栗ー!」
「何だこれは? 妖精さんか、栗さんは」
俺は、嫌な汗を掻いた。
栗さんが、こっちを見ている。
イガに隠れた栗さんは、本当は命を持っているのか。
命あるものというと、動物を思い起しがちだが、栗さんだって生きている。
「後で、かまどの方へ運んで欲しい」
「OK。OK」
つぶらな瞳で、栗さんが俺を離さない。
やられたぜ。
「俺も少々考えなければならないことがある。栗さんについてだ」
◇◇◇
集めた栗さんを菊子さんとかまどに持って来た。
「大神殿。煮ればいいのか?」
「栗さんも晩秋で寒いことだろう。かまどの火に当ててやろう」
俺は、目を細めて、優しい気持ちになっていた。
「それって、もう食べるきゅん?」
「わー。わー。後ろから近づかないの!」
俺は、振り向くなり、きゅんきゅん娘に仕返しをした。
頬を膨らませ、タヌキみたいな面をしてみせる。
俺は、百合愛さんのひょんな仕草に萌えた。
間抜けです。
「菊きゅん。栗拾いが終わったら、私は、今度チーズを作りたいきゅん。力仕事が大変なので、手伝って欲しいきゅん」
「いいよ、それ位」
菊子さんは、栗さんをほったらかしにして、立ち上がった。
勿論、百合愛さんをしっかと抱くために。
いちゃこら、いちゃこらしやがって。
頬にぶちゅ?
もう一度だってか。
「んがー! オオガミファームは、チュウは禁止ですよ。チュウ禁取り締まり区域です」
俺は、カンカンに怒りながら、無茶苦茶羨ましかった。
ハワイのお土産にチョコレートを貰ったかのように。
無駄なご自慢休むに似たり。
「え? 本気のキスはしていないきゅん」
「そうそう挨拶のキスかな」
俺のおばさんビーム発動。
三、二、一。
零――。
「まあ? ああいえば、こういうざますわ。ほほほ」
「栗ー。栗ー。く……」
「おっと、すまんすまんな。栗さん」
すると、イガ毎に生き別れになっていた栗さんが、飛び出して相方を探し始めた。
横で、百合愛さんが、【愛方】を唱えていた。
「天に結ばれし恋人達よ。天に昇りしも愛する者達よ。――【愛方】は【愛方】を求め歩くのである。結ばれたければ、時空をも越えよ!」
========☆
百合愛
HP 0060
MP 1000
【愛方】3800
========☆
「ここは、憩う天なりて。さあ! 行け!」
百合愛さんが、大きく手を広げると、急に帳が降りて、夜の新世界となった。
「栗ー!」
「栗ー!」
「栗ー!」
ピタ。
「栗、栗、栗ー!」
栗さんが星のように瞬く。
愛らしいとさえ感じる。
「おお……。栗さんと栗さんが、イガ毎に出会い、再び一つになる。そして、脱ぎすてたイガに収まるのか」
「これ位は、当然でしょう?」
ウインクがバチンと飛んだ。
俺は頬で受けるが、痒いだけで、面白くない。
これでは、栗さんを食べられない。
ショックだろうよ。
二十九個あった栗さんが、ぱあだ。
「直きゅん、バターを作ろう?」
「ん? 小麦ができて、パンが焼けてからでいいよ……」
もしかして、俺は励まされたのか?
このきゅんきゅん女子高生女神に。
俺は、相変わらず、栗がきらきらしているのを傍観していた。
「百合愛さん、この夜みたいに暗いのを元に戻して欲しい」
「OK」
彼女が指を鳴らすと、一斉に秋晴れの空に戻った。
「栗、栗……」
意思を持っていた栗も、大人しくじっとイガで寝ている。
先程の世界は、誰の為だったのだろう。
俺が、朱に染まった空から、百合愛さんの赤い髪に目をやると、菊子さんと抱き合っていた。
何かのフレームに入った絵画のように。
菊子さんの方が身の丈がある。
百合愛さんの細く長い首をきゅっと首元で合わせる。
俺は、ギャルゲーを好んでしたが、初めて感じるときめきだった。
『シーサイドストーリーズ』の控え目ギャルのひなちゃんが、一番難攻不落なのだが、それでも俺はクリアした。
その数、十九回。
そう言えば、ひなちゃんとケーキショップに行って選ばなければならないのは、モンブランだったな。
「な、何ー! モンブランだと?」
「どうした。大神殿」
「何かあったきゅん?」
俺は、冷や汗を掻いた。
ここは、何かの分岐点だろうか。
「いやいや。モンブランを食べたいなと」
そのときだ。
「ニャートリー」
★=== クエスト006 ===★
好きなケーキを皆で囲い、
大神直人の誕生日を祝う。
================★
「俺の誕生日ってもう近いのか? どう見ても冬の一月三日だとは思えないが」
その他諸々の疑問を抱えたまま、ケーキを用意しなければならなくなった。
俺みたいな家庭科オンチにできる訳がないと思うが。
――皆の力を借りてみようか。
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