25 白い山に風を切る
一見楽しそうだが、手厳しいクエストだ。
俺は、首を捻ること三遍。
ニャートリーの示す新しいクエストについて、ぼそりと総括案を落とす。
「クエストさんの毛色が変わったな。まあ、総合学習だね。ケーキの生地になるふかふかスポンジ、飾りのふんわりクリームなどを揃えないとならない」
ととと……。
俺は、小刻みに歩む音が聞こえて振り向く。
畑の方から、菜七さんと櫻女さんが現れた。
「新しいクエストで話し合いが要るかと思う」
「これは、小麦が大活躍ね」
俺は、大きく頷く。
「勿論、ブンモモモさん乳も小麦も要るし、話し合わないとならない」
ダカダカダカ……。
たしか、草履だったが、そんな音がするのか?
井戸の方から、振袖を襷掛けにして水仙さんがやって来たようだ。
実に絵になる。
「はう、はう……。クエストって何なのじゃ? ケーキとやらを拵えるのに、わらわが役に立てればいいのじゃが」
「うーん。今の川魚大臣ではありませんが、何かあると思うよ」
秋桜さんは、その水仙さんと喧嘩をしながら、息を切らして追い掛ける。
「ちょっと、待ちなさい! 待ちなさいってば。話は終わってない。キッスを返して」
「はーい。お疲れ様ー」
睨むなよ、こっちを。
秋桜さんのたおやかな見た目からは、想像ができない。
秋色セーラー服のポニーテール文学少女でしかないのに。
「クエストですって? かなり総括的になりますが、私は関わりませんよ。要らないでしょう? 花卉なんて」
「自分から仲間外れを望んだら、だめだよ。うん、だめだっ。俺も経験があるから分かる」
最後に森の方から、紫陽花さんが謝りながら登場した。
具合が悪そうだな。
体調に気を配らないといけない。
女神に対して失礼かも知れないが、俺の方からな。
「す、すみま……。ふう、ごめんなさい」
彼女がよろけたので、俺が、何と肩を支えたりしたよ。
信じられない。
初めての妹以外の女性が、よりによって実在しない女子高生女神と?
その内の地味な紫陽花さん?
ぎゃああ。
まあ、落ち着け、俺。
ここで、一つ纏めよう。
「大丈夫だ。これで、全てのオオガミファーム女子高生女神が揃ったと思える」
櫻女さん、菜七さん、紫陽花さん、百合愛さん、菊子さん、秋桜さん、水仙さん。
それに、リーダーとなるべき俺。
だが、ニャートリーだけ、空を散歩しに行ったのか留守で、俺としては、寂しいものがあった。
◇◇◇
「俺の好きなケーキって……」
「何じゃ? 直坊。言うがいい」
内緒にしたいが、クエストだからな。
「……モンブランなんだ。恥ずかしいけれども」
「モンブランだから、何故照れるの? 大神さまへ」
「モンブランって何だ。大神殿」
「えーとだな。ケーキの一種で、フランス語ではモン・ブラン・オ・マロンと白い山を意味する。それから、カップ型のスポンジの上にマロンのクリームをぐるぐると巻いて、栗の甘露煮をトップに飾りつけたものが、いいんだよ」
誰にも言えないが、それは母さんの作るモンブランの味。
高校生の頃、
サツマイモが入っているのは構わないのだが、どうも俺の定番から離れすぎてしまった。
「ありがとう。美味しかった」
その言葉が喉の奥から紡ぎだせなかった。
だからといって、三木くんは、俺のことを蔑視したり、ケーキの見返りを求めたりしなかった。
もう少し、仲良くなっていてもよかったかも知れない。
俺は帰宅部だったが、東大学の受験を一浪も許されなかった為、必死だった。
教科書は、基本でしかないから、全教科を手に取った日から読み切ってしまう。
参考書なんて、飲み物のように読み潰し、問題集はストップウオッチで秒単位で片付ける。
そして、鬼の三十センチ定規レディー、
愛心羽先生のお陰で、東大もぎりぎり入れたのかな。
あの愛の鞭に変な感覚を覚えたのが、ちょっと傷になっている。
恥ずかしさ倍増だ。
「大神くんさ。何でそこ間違うかな? はああ!
「ひいいー。花田先生……。
俺は、冗談なんて一ミリも感じなかった。
必死でクイズに答えていた。
「よし、ではこの三十センチ定規の神は振り下ろさない。ふふん、大神くん」
「勘弁してください。俺の肩、腫れちゃって。もう、ね」
痛そうに顔をしかめて、肩を擦った。
「私は、毅然とした男が好きだ」
大神直人は、ストレートでは負けないが。
毅然ねえ。
しっかりした意思と動じない様が好きなのか。
俺ってひょろっとして見えるのかな。
管轄外だと言いたいの?
あー、テステス。
訊いて進ぜよう。
「先生は、何歳でいらっしゃいますか?」
「永遠の二十歳だ。悪いか」
嘘だな。
「花田先生でも冗談を言うのですね。俺は、もう今年の冬には受験です。花田先生と同じく大学院まで行きたいです」
「勉学は何とでもなると思う。だが、人の波に揉まれて、辛い思いをするのが目に見えるようだよ」
俺をひよっこ扱いしていないか。
「何故ですか?」
花田先生は、微笑を浮かべる。
「何故……」
どうしてか、さっきまで肩越しに感じていた先生が、遠くへ行ってしまう。
「先生?」
はっとした。
俺は、再び長く考え込んでいたようだ。
頭を切り替えないと。
「そうそう、モンブランの話だったな」
「さっきからその話ね。大神くん」
「えーと、どんなレシピかと言うと。先ずは材料をキボッチで床に書きます」
丁度いい枝があった。
「スポンジケーキは、 卵白二個分、卵黄 一個、きび砂糖三十グラム、 米油二十グラム、牛乳二十グラム、薄力粉三十五グラム」
櫻女さんと菜七さんがざわつく。
「カスタードクリームは、 卵黄一個 、コーンスターチ 大さじ1二分の一、薄力粉二分の一、牛乳百シーシー、バニラエッセンス
一滴、きび砂糖 大さじ一と二分の一」
先程の二人に加え、百合愛さんもどきどきしているようだ。
「マロンペーストは、 栗の渋皮煮(ペースト用)百五十グラム、栗の渋皮煮のシロップ(ペースト用)五十シーシー」
俺と言ったら栗なんだよ。
菊子さん、上手くやってくれ。
「トッピングは、 栗の渋皮煮(飾り用)三個」
三個でいいから、栗を説得してくれ。
「生クリーム は、生クリーム百シーシー、きび砂糖 大さじ一」
これは、乳加工だな。
百合愛さんを信じよう。
「こうして見ると、皆が力を合わせなければできないな」
それぞれに、ここに花咲いたときと異なるやる気を感じた。
「ふう……。私はどうしたらいいのでしょうか」
「紫陽花さんは、そうだな、サポートに回ってよ。気働きしてね」
まあ、やることが分からない例もある。
「秋桜は、花卉だから関係ない」
その一言が周りの女子高生女神達の痛い視線を集めた。
「ん、そうか? そうだな。俺の右腕になってくれ」
俺は、つるんと喋ってしまった。
「ええ!」
何よりも秋桜さんが驚いている。
彼女は、ポニーテールを揺らして、茜色に染まる。
耳まで赤くして、俯き、メガネを拭き始めた。
俺ったら、何て大胆なことを!
――俺の誕生日ケーキかと感慨に頬をを膨らませると、熱い風が切って行った。
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