26 俺に償い

 皆で、畑の方へ行き、俺を先頭に馬蹄形に腰を下ろした。


「いい座布団よの。紫陽花」


 ほほう。

 水仙さんでも感謝するんだ。


「時間があったので、編んでおきました。秋桜さんのも同じです……。ふう」


 むう。

 秋桜さんは、無視か。

 可愛くないね。

 ゲームのツンデレとは訳が違う気がする。

 女子高生女神達の幸せを考えたら、平穏なのだけれどもな。

 まあ、いい。

 クエストで仲良くなれば、一石二鳥だ。

 俺は、キボッチで土を掘り、「モンブランの材料調達」と書いた。


「字はお互いに読めるな?」


 全員が首肯した。

 ただ、面倒なことに、この世に一羽か一匹かの猫鶏が揃ってはいないがな。


「では、各材料を用意するのが先決だ。先ずは、スポンジから見て行こう」


 卵白と卵黄か。

 何の卵でもいいだろう。


「なあ、卵なら、ニャートリーに訊いた方がいいのではないか?」


 俺のアイデアに対して、優し気に菜七さんが微笑む。


「大神さん。家畜なら私が担当ですわ。卵もその内でしょう。ニャートリーって、卵を産むのかしらね。メスなのね?」


「種は産んでいたじゃないか。普通逆だが。菜七さんは、ニャートリーに質問してみて。卵ができなかったら、野の鶏を探してください」


 チョキサインでOKってことね。

 それから、きび砂糖か。

 森の探検家に訊いてみるか。


「きびで砂糖を作りたい。それらしいものは、なかったか?」


「暑くて、倒れそうな所にありました……。ふう」


 倒れそうなのは、紫陽花さんだな。

 これでは、道案内は無理か?


「ならば、きびを得て、そこから砂糖を精製しよう。どこにあったかだけ、地図にメモしてくれ。この土の上でいい」


 地図を描きながら、息も切れ切れに紫陽花さんはきび砂糖調達を引き受ける。


「大神様。私、大丈夫です……。ふう。休んだら、涼しい時間に取って来ます」


「おお、頼もしいな……!」


 この件は、片付きそうだ。

 だが、次が難しい。

 俺は、顎に手を当てて悩んだ。


「油ねえ。米なんかないだろうよ」


「直坊。わらわが、井戸から水源を探していたら、湿地にイネ科らしき植物が見えたのじゃが」


 この森らしき空間は、俺に生きよと言っているのか?

 誕生日ケーキも何とかなるのか?

 クエストをクリアすると、一体どんなことが待っているのだろうか?


「それはいい。こめ油は、玄米を搗精とうせいする際の米糠から得るようだから、収穫時期を見計らって欲しい」


 それから、牛乳か。

 おれは、菜七さんと目が合った。

 いやん。

 バチン。


「ブンモモモさんのお乳関連は、菜七さんと百合愛さんに任せるよ。特に殺菌には気を付けて」


「直きゅん、任せて欲しいきゅん」


 よっしゃあ。

 百合愛さんは、基本明るいんだな。


「そして、薄力粉」


「はい。大神くん。もう小麦は育っています。後は挽くだけですね」


 はう。

 何て頼もしいのだ。

 俺は、次々とメモをしていく。

 程よい湿度の土で、書き文字も直ぐに消えない。

 

「……これで、スポンジは調達の予定が立ったな。次は、カスタードクリームだ」


「卵黄、薄力粉、乳、きび砂糖は、確約された」


 俺は、次々とOKマークを書く。


「コーンスターチ。つまりは、トウモロコシから抽出したでんぷんを粉末にしたものだよな。――蔬菜ぽんぽん種に入っていた! あれしかない。よし、心配しなくていいな」


 蔬菜担当の櫻女さんにアイコンタクトを送る。

 三回こくこくと頷く。

 何?

 懐いたわんこちゃん?

 遣り甲斐も出て来たのだと解釈しよう。

 よし、次だ。


「バニラエッセンスかあ……。そんなレア度の高いアイテムがあるのかな? 細長いバニラビーンズ一本で十分なのだが。割とおてすきの秋桜さんに探して貰おうか」


「通信販売とかないんですか?」


 真顔で言えば許されると思ったら大間違いだ。

 ギャグにもなってないよ。

 俺は、秋桜さんを嫌いではない。

 だが、少々ズレを直そうよ。


「おい。ふざけたことを言うな。皆真面目にやっているんだ。一緒にがんばろう」


 俺は彼女に歩み寄って握手を求めた。

 だが、手を繋ごうともしない。


「俺が嫌いか?」


「そうではなくて、私の原罪です」


 俺の掌に穴が空くぞ。

 視線を逸らせ。


「は? アダムとイブのか?」


「私には、人に言えない罪があるのです」


 俺の方から、掌を引き戻した。


「俺が男だからか。だとしたら、女子高生女神へ遠慮しておくよ。無理に握手しなくともいい」


 秋桜さんは、俯いて、真っ赤になっていた。

 何かがあったのだろうな。


「……カスタードクリームも何とかなりそうでよかった。マロンペーストね。栗の渋皮煮とそのシロップだ。菊子さんにお任せだな」


「結局、栗と向き合うことになった」


 むすっとしてもだめだっ。

 がんばらないとならない。

 俺だって、受験はがんばった。

 人には山となる時期があるんだ。


「それから、トッピング用の栗の渋皮煮もよろしく」


 菊子さんは、仕方なしと髪のサイドを掻き上げた。


「……最後は、きび砂糖と生クリームか。生クリームは、遠心分離機とかないけれども、力技で作ろう」


 俺は、キボッチで誰にするか土を叩いて考えていた。

 すると、何かそら寒い感じを受ける。


「おい、じーっと何故俺を見る? あ? 俺が男だからか? 分かったよ。生クリームは俺ががんばって作るよ。あーあ。ハッピーバースデーだな」


 土に書いた文字は、「ハッピーバースデー、俺」だ。

 少し不安になったのは、俺は、このパラダイスでいつまで過ごすのだろうかということだ。

 又、ハッピーバースデーのクエストが来るのだろうか。

 これは、俺に償いがあるとの示唆か――。


「いじけない、いじけないといいと思う」


「そうだよ、直きゅん」


 菜七さーん。

 百合愛さーん。

 優しくて、涙がちょちょぎれちまったい。

 ――俺は、もしも帰れないとしても今を生きたい。

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