32 死んだらだめだっ

 俺の歌とは、『しろねこさん』だ。


 母さんの温もりあふれ、赤ちゃんだった俺の背中を叩いてくれた。

 そのリズムでこの子守歌を聞くと、最後まで聞けない。

 キラキラしたお休みの夢を見せてくれる妖精が現れるから。

 幼稚園に上がって、皆、知らないと言ったので、『しろねこさん』はある論争が起きたものだ。

 単純にグリーンピースを食べられない子どもが、否定派になっていただけで、それは単なる多数決だった。

 まあ、そんなブルーになる想い出よりも、母さんがどれだけ俺を大切にしてくれていたかが分かることの方が重い。

 いや、嬉しいと言えば素直かな?

 聞けば、『しろねこさん』は、母さんが自然と歌っていたらしい。

 俺は、どの子ども向けソングよりも好きだった。

 愛されている感じがしたから……。

 だから、これを届けたい。


「ニャートリー。水の中では聞こえないだろう。けれども、俺の気持ちを込めて贈るよ」


 しろねこさん しろねこさん

 おりがみじょうずな しろねこさん

 おつかいとことこ まちがえて

 おかねのかわりに おりがみさん


 しろねこさん しろねこさん

 おみせのおくさん やさしくて

 おほしさまの おりがみさん

 きれいなおかねを いただきます


 しろねこさん かわないで

 とことこ おうちへむかったよ

 おくりたいもの まちがえた

 おりがみのおへや つくったよ


 しろねこさんの ママさん

 どうかこのへや のぞいてね

 ママねこさんの おたんじょうび

 ひみつきちには おたからだ

 

「これでも俺の気持ちが届かないかな?」


 どうして落ちてしまったのだい?

 井戸になんて、不意にしても酷いだろよ。

 今頃、苦しいだろう?


「生きていてくれ。生きていてくれよ。ニャートリー!」


 出会った頃は、なんて生意気な猫鶏だと思っていたけれども、そんなことなかったな。

 今は、想い出で溢れてしまった。

 女子高生女神に出会う前、この世界には、ニャートリーしかいないのかと思った位だよ。

 だから、孤独感が強くて、頼り過ぎたのかも知れないな。


「ニャートリーは、俺にとって……。大切な……」


 どう言い表せばいいのやら。

 何とかニャートリーを呼び戻さなければ。

 だめだ、だめだ、だめだ、だめだ!

 俺のニャートリーなのだ。

 いつも元気でちょっと生意気な位が丁度いいのだ。

 笑ってよ。

 それが俺への嘲笑でも構わない。

 笑ってくれよ。

 咆哮でもいいからさ。

 俺を丸焼きにしてもいいしさ。

 笑えってば。


「だから、死んだらだめだっ――」


 俺の両の眼から雫がほとばしる。

 井戸にある手にひたりひたりと落ちて行く。

 その涙の一粒ずつが輝き出して、古代遺跡の奥の方へと吸い込まれて行く。


「これも、【珠化】なのだろうか?」


 スクリーンなどなくても手に取るように分かる。

 俺のMPはぐんぐんと上がっていき、恐らく1000は行っているだろう。

 俺、初の四桁だ。

 そして、【珠化】はというと。

 おお!

 1000もの力を発揮しているらしい。

 体中の赤い血潮に俺の本来の能力を捧げてやる。


 ========☆

 大神直人


 HP  0160

 MP  1000

 【珠化】1000

 ========☆


「この井戸の中には、いない。きっと、古代遺跡の奥だ!」


 俺は、井戸の中をもう一度だけ覗く。

 きっといない。

 いないに違いない。

 こんな所で溺れる訳がないし、飛び込む理由もない。

 

「もう……。振り向かないからな」


 井戸から直ぐの古代遺跡へと俺は向かう。

 電子蔦の誘いのあった古代遺跡へと。


「――これから、奥へと進んで行き、ニャートリーと再会するんだ」


 一風が呼んだ。

 俺の名で振り向かせようとする。

 くっと後ろへ目をやる。 


「女子高生女神達は、来ないな。なんだか、肩透かしを食らったようだ。このように、別れのときは足早に来るものだ。さあ、もう諦めてこの森とおさらばしよう……」


 踵を返して、俺は、古代遺跡の洞穴に入った。


「うお! ま、眩しすぎる……」


 すると、真っ先に眩しい光に包まれてしまい、体中が痺れ上がるではないか。

 顔を覆うも指の隙間から零れてくる光の量が尋常ではない。

 これも電子蔦の仕業なのか?

 手を振ってみるが、何かに絡まっている感じではない。


「からくり人形ではあるまいし」


 目を開けられないので、よく分からない。

 そして、横を這うように進んでいた筈なのに。

 ジタバタしている内に、低かった天井から解放された。

 軽く浮遊しながら、前へと思しき方へ進む。

 そして、俺は、覚醒したまま、夢をみるようになった。

 うつら、うつらと……。


 ◇◇◇


 ――遥か永遠の向こう側。

 そこにある真っ白な神殿は、見事に神秘的で、中央にある噴水がときとして模様を描き、美しい。

 俺は、こんな綺麗な世界は画集でしか拝んだことがない。


「神様。天界から下界を毎日ご覧になっておられますね」


 虹が喋った!

 落ち着け、ここは普通の世界ではない。

 きっと、森のステージではなく、天界のステージか何かだろう。

 噴水にある虹は、もしかしたら、精霊だ。

 虹の精霊から、神は、何かの連絡を受け取ったようだ。


「プルヌスを呼びなさい」


 虹がさっと消えると、神の御前に入れ替わるように跪く者がある。


「ただいま、参りました」


 ぱっと幼い命を宿った天使プルヌスが現れたのだろう。

 頬は紅潮し、俺の知っている女子高生女神達の中でも一番綺麗だ。


「神様。今が、そのときなのですね」


 プルヌスは、しっかりと決意したと瞳で語っている。


「黙っていても分かっているようだな。行くがよい」


 神の一声で、神殿のきざはしから、小さな天使が下界へ降りて行った。

 その天使は、いずれ絶世の美女になる罪を背負っている程、美しい子だった。

 キラキラとして、淡いピンクの羽でウインクしてみせる。

 こんなに可愛い子は初めてだ。


「女神だからです。私は――の女神になるのです」


 天使は、自分に言い聞かせている風だった。

 数段の階を降りた後、俺には見えない階段を降り続けて行った。


「おい、小さな天使さん。どこまで行くの?」


 ちゅるちゅると降りる天使には、俺の声が届かなかったようだ。

 ただ、おしゃまな感じにデジャヴがある。


「キミは、誰なんだ?」


 どんどん降りて行って、もう雲よりも下に来ている。

 ここは、富士山が頭を突き出すポイントなのか。

 げげ。

 高くて、怖いだろう?


「大体、どうして古代遺跡から富士山の山頂付近に繋がっているのだよ」


 俺がふわふわと歩いていたと思ったのは、雲の上だったのか?

 現状を打破しなければ。

 このままでは、山を転げ落ちるだけだ。

 ――富士山と俺を繋ぐ線は何だ?

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