28 魔女を捜せ

 俺のハッピーバースデー気分は直ぐにそがれた。


「魔女? 魔女だって!」


 この世界に来る前のお誕生日を振り返ってしまう。

 ニートも二十歳過ぎればただの人。

 何だそりゃ。

 そうそう、寒い成人式の少し前、俺は一月三日に誕生日を迎えたばかり。

 父さんは、正月に限って金粉入りの日本酒を母さんに用意させる。

 その年は少々違った。

 お猪口が二つお盆に乗せられて来た。

 母さんは、呑める下戸、つまりは呑まない人なのだがおかしいなとは思った。

 正月三が日に、我が家にレボリューションが起こったのだろうか?

 二つのお猪口に注がれるお酒にそっと金粉が踊っている。


「お前ももう二十歳か」


 気のせいかも知れない。

 あの父さんの口からだなんて。


「――おめでとう」


 そんな言葉が零れた気がした。

 きっと、母さんにも優花にも聞こえていないだろう。

 二十歳になった日は、父さんとの想い出がやけに煌めいている。

 そうだ。

 哲学の小道は、忘れられない。

 俺の家は東京だ。

 お酒を交わしながら、ふと掃き出し窓に目をやる。

 冬らしく雪が積もってくれた。

 寒そうな着物姿なのに、父さんが築いた庭へと腰を上げる。

 そして、さあ、着いて来いよと石畳を分け入る。


「あのさ、父さん」


「何だ」


 雪を被りながら父さんが振り向く。

 振り切った雪が、特別な精霊が宿っているかのように輝いていた。

 こんなに父さんと近くで話すのも初めてで、こんなに近くに父さんを感じるのも初めてだ。


「俺、東大学をこのまま特待生を続けて、首席で卒業するから。学費の心配は掛けないから」


「お前が俺の息子ならば、この庭の哲学の小道のように真っ直ぐであればいいだろう」


 雪が段々と重く肩にのしかかってくる。

 あの日の雪は特別なんだ。

 哲学の小道……。

 忘れてはいけないが、今の俺には。

 俺には重いと、静かに頭を垂れた二十歳の日。


「渋いな。何を浸っているのかな、二十七歳の俺」


 ◇◇◇


「ふふふ。大神直人様へ。私の【八栞】で、今の想い出を映像化いたしました」


 ========☆

 秋桜


 HP  0090

 MP  2000

 【八栞】2500

 ========☆


「ふ、ふざけるな。人の気持ちを弄んで、楽しいのか? カラスが啼くぞ」


「カラスなぞ啼いても構いません。私の読書の味付けにしたいだけです」


 俺の心はしっちゃかめっちゃかだ。

 怒髪天を衝いているとは、こういうことかな。

 こんなこと、こんなことを言ってはいけない。

 でも――。


「秋桜さんが、魔女だよね!」


 俺は、びびった。

 誰が言った台詞だろうか?

 皆、きょろきょろと自分ではないと見回す。

 当たり前だよな。

 俺だって、自分じゃないと主張したい。


「えええ! 皆、何で俺を凝視するの? そんな秋桜さんが魔女だなんて、酷いと思っているよ」


 じー。


「はう。やめれ」


「だって、直坊は、今一番嫌なことをされたのじゃろう?」


 水仙さんが、目でくすぐる。

 やめてくれよ。


「それは、嫌だとは思ったけれども、皆で俺の誕生日を祝ってくれた。それで、許せるように俺だってなっているよ」


「お父上との想い出を荒らされたら、哲学の小道とやらを踏み潰されたら、直坊は刺激が強いじゃろう?」


 俺は、すくっと立ち上がった。


「とにかくだ。魔女は俺が探す。決して、魔女探しを女子高生女神の皆がしてはならない。喧騒が起きるだろう? どうなる? この小さな森の平和が乱れるのだ」


 俺のどこにこんなパワーがあったのか。

 東大学では、勉強になるゼミには入ったが、遊びだからとサークル関係は入らなかった。

 ああ、ここだよ。

 くそ。

 二十歳過ぎればただの人。

 ニートは関係ないな。

 一つの遊びも覚えていないからかも知れないな。

 父さんは、嗜みで俳句をする。

 年賀状には一句寄せてある。

 母さんだって、お料理の日記を付けているらしい。

 俺には、何があるのか?


「私の趣味は、内緒だって」


 娘らしく優花は知っていた。

 優花の趣味は、普通にアニメかと思っていたけれども、ちまちまと花の絵を描くらしい。


「だから、内緒だってば!」


 これも優花らしく、受験勉強が終わった俺の背を叩いていたな。

 あれはあれで可愛いので、嫁にはやらん!

 だめだっ。

 そう、この女子高生女神達を見ていて思ったよ。


「だからね、皆は女子高生女神であって、女神でも女子高生、魔女だとしても女子高生なのだから、恋愛はだめだっ。くどいようだが、女の子なんだから、ときめくような相手と出逢うまで、淑やかなの方いいと思うよ」


「大神くん。魔女から離れているね」


「私もそう思う。大神さん」


 出たな、櫻女さんと菜七さんの春生まれコンビ。


「イーだ。【八栞】を使われていないから分からないのじゃ。わらわもこんなイタズラをされて困ったものなのじゃ」 


 罵るなあ、水仙さんは、井戸からご降臨で強引だけれども冬生まれだよな。

 たまたまだと思うけれども、春生まれ対冬生まれかな?


「哲学の小道をわらわは知っているのじゃ」


「――え! 父さんの庭を? あの厳格な父さんが人が通ること許す何て、どうして?」


 とても驚いたんだ。

 俺の中で、父さんはかなりのシークレットボックスに入っている。


「人じゃと? わらわは、女神ぞ」


「そ、そうか……。姿が見えなかったのか」


 俺は、顎に手を当てて唸った。


「今の想い出の映写にもわらわはおった」


「え? ま、まさか。あの精霊のような?」


 俺の勘は当たっていると思った。

 何故なら、自身の唇を噛み、口内炎ができそうだと痛がるのは、俺にとっていつも当たる夢を見ているときだから。


「これも夢だな。ははは。笑わせないでくれ」


「大神殿。誰も笑ってないが」


「私もいつになく真面目みたい。菊きゅんと百合愛は少なくとも魔女じゃないし」


 できている二人か。

 夏生まれの百合愛さんと秋生まれの菊子さんね。

 まあ、嘘をつくタイプではないし、信じてもいいかなとは思う。


「私も、魔女ではありません……。ふう」


 夏生まれの紫陽花さんか。

 紫陽花さんは、消極的過ぎて紛れるのに向いていないよ。

 けれども、魔女ですと名乗られたら信じてしまうな。

 ふーむ、難しい。


「自分が暴かれたくなくて、【八栞】を使ったのじゃろう?」


「だめだって、禁句だ」


 平和な森を乱すのもだめだっ。

 それに、嫁に行くのもだめだっ。

 お、俺は……。

 ――魔女捜しよりも魔女になってしまう女子高生女神達を見逃せない。

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