003 初女神――春

05 恋の花を蒔いたって

 時々、俺のHPを確認しておいた方がいいな。

 さっきみたいにHPが0008とか一桁になると、もう動く気もしない。

 

「おい、ニャートリー。水分と食べ物を確保するのが、この世界で優先だとは分かった。だから、【開墾】するのだろう? 俺も農場経営ゲームをやったことはある」


 珍しく可愛い声で一つ啼く。


「そうだろう? それと女子はどう関係して来るのか知りたい」


 足が追い付かないな。

 ニャートリーが早く進んでいないか?

 ああ、猫鶏め。

 羽ばたきの音が聞こえないぞ。

 俺を……。

 俺を置き去りにするな。


 俺は、家で長く一人でいた。

 でも、特段寂しくはなかった。

 ゲームでオンラインにすれば、チャットもできる。

 ネカマかも知れないと騙されてやりつつ、女アバターと話したりもした。

 俺だって、やればできる子で母さんの中では有名だった。

 それも、中学までだったが。

 体力も落ちたな……。


「はっ。はっ。は……」


「ニャッニャー」


「何だと。先ずはジョギングからだって?」


 はっ。

 俺の走る先をブルースクリーンで牽引するのか?

 六角形のスクリーンに、キランと輝く文字があった。


 ========☆

 可愛かわい女子じょし


 HP  ????

 MP  ????

 【綺麗きれい】9999

 ========☆


「ぬおおおお! 可愛い女子おなごだと? やる気が起きるだろうよ。しかも、【綺麗】がマックス9999とは」


 走るぞ。

 多少の息切れは致し方ない。

 目指せ、可愛い女子!


 ――先程の見渡せど砂礫の地とは異なる土を抱えたうす暗い林に着いた。


「おお! ここが、【開墾】の地か」


 暫く歩いていたが、林の下には枯れた小枝があり、倒木もあった。

 【開墾】って、本当なのですね。

 少しビビッてしまったよ。

 これがゲームであることを祈るよ。

 そう、例えばオンライン仲間!

 もしも、ここを切り拓くとなると、俺一人では無理だ。

 そうだよな!


「おい、ニャートリー。ここでのパートナーが可愛い女子なのだな?」


「ニュブ」


 そっぽを向きましたね、猫鶏さん。


「はあ? 知らないって? 無責任だな。ジョギングの苦労を返せよ。永遠の二十七歳独身は、体型キープが大変なのだからな」


 上空にいるニャートリーへ両手を伸ばす。


「ニュブブ」


 ん?

 侮蔑の視線を感じる。


「女子に惹かれただけなくせしてだと? 悪いかよ。男として、当然だろう」


 俺だって、中学では好きな娘がいたのだ。

 優しくて、苛められていたときに、庇ってくれた春瀬櫻はるせ さくらさん。

 ああいう聖女みたいな彼女が欲しい。

 俺には、真面目で清らかな娘が合うのだよ。


「ニャートリー?」


「その通り。可愛い女子の妄想をしていましたよ。それなら、【開墾】して逞しくなれと勧めるのか」


 恥ずかしいが、一切合切を述べた。


「ンーニャン」


「ほうほう。モテること間違いなし! いやあ、ニャートリーくんもいいことを言うね」


 俺も褒められて照れるな。

 おだてられてもいいよ。


「ニャ」


「ニャートリーも照れるなって」


 ほうほう。

 猫鶏が照れると、もこもこがピンクから赤になるのか。

 メモメモですね。


「では、さくさくと【開墾】を始めますか。俺も偉いな」


「ニャン」


 偉いだって。

 いつだって、素直にしていなさい。


「そうそう。褒めたまえ」


 俺は首を縦に振る。


「道具や軍手はないのかい?」


 そこで、ニャートリーの様子が変わった。

 眉をひそめた風な顔つきになる。


「ニャートリー、クエクエ」


 小さく可愛らしくも見える嘴から、ブルーライトを照らした。


 ★=== クエスト001 ===★


 相応しい畑を用意してから

 二柱の種を渡す。

 【開墾】は、素手で行え。

 ================★


「クエストか! ゲームらしくなって来たな。それで、種があると言うのか! ニャートリーよ、早うよこせ」


「ニャ……。ニャートリー、クエクエ」


 焦るなだと。

 再びクエストか。


 ★=== クエスト002 ===★


 この二つの種を発芽させる。

 報酬は、新しい種。

 ================★


 俺は、続きを読んで、がっかりした。

 この荒れた林のどこに畑なぞを作れるのか。

 仮に東大学を出ていたとしよう。

 学歴などクソに近い。

 役に立たない文学部だとさ。

 専攻は、フランス文学と文化だ。

 最終的にボンジュールが言えれば、生きていけることを学びましたとさ。

 この世界では、ニャートリーが分かれば、生きられるのだろうな。


「せめて、軍手が欲しかったよ。俺は、デリケートにできている」


「ニャニャン」


「ほう。軍手を作るのか? それは無理な話だろうが――」


 ふと、草むらに目をやると、しゅるりと長くて、包帯にしても良さそうな葉があった。

 ハランに似ているな。

 生け花や寿司に入っているものだ。

 ボクサーみたいな気分だが、手に巻いてみるか。

 草を一つ抜く。

 痛くなりそうな掌をぐるりと覆う。

 草いきれがつんとして、自然のものを身に纏ったと実感した。


「うん、悪くない」


 ブルースクリーンが表示されると、いつも通りの分析に入る。

 こちらは、クエストとは別のパネルのようだ。


 ========☆

 大神直人


 HP  0050

 MP  0099

 【力拳りきけん】0010

 ========☆


 ほう。

 【開墾】が【力拳】になったか。


「おい、ニャートリー。【力拳】って何ができる?」


 すると、あっという間に上空高くへ舞い上がってしまった。

 何だ。

 教えるつもりはないということか。


「孤独な【開墾】か……」


 何か、もう疲れた。

 生意気な猫鶏でも、いるのといないのとでは違うのか。

 近くの倒木に腰を下して、中学から引きこもっていた部屋を思い出していた。

 俺の世界は、あそこだけだ。

 ケーブルが戦い合い、四台あるパソコンと二つのテレビも常時蛍になっている。

 懐かしき自室は、自嘲してビッグウルフサターン城と名付けていた。


 胸に一杯の空気を吸い込み、ため息に変える。

 少し、人生をささくれて歩んだようだな……。


「ようし! 【開墾】してお腹を満たし、どこからか可愛い女子ゲット!」


 邪な理由で奮起した。

 もう、いい。

 可愛い女子の為でも何でも、やった者勝ちだよ。

 拳をぐっと天空に向ける。


「天の者よ、我に惠を――」


 物欲センサーが働くといけないから、さっとその欲を引くことにした。

 俺も、一ミリ位は賢くなったかな。

 ――いや、この賢くなったかの念がいけない。

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