17 乳まみれ

 どっかどかどか……。


「百合愛さん、何か近付いてくる音が聞こえないかい?」


 それは、牛に似た家畜を探しに出て間もなくのことだった。

 百合愛さんが、【愛方】を念じた。

 そのせいだろうか。


「思いっ切り聞こえるじゃん」


 ひゅーっと口笛を吹く彼女に、俺は、余裕だなと突っ込みを入れたくて仕方がなかったよ。


「猛獣だといけない。さあ、逃げるんだ!」


「直きゅん。大丈夫だよ」


 どかか、どかかっかか……!


「来たー! 来た。来た。百合愛さん。もう直ぐ猛獣の波に揉まれるから、木に登るんだ!」


「やだ! ミニスカ十五センチだもん。今日のピンクのショーツは校則違反なの」


 ちょっとだけ見たいのは校則違反のショーツの方で、猛獣ではない。

 自分の心に打ち勝てないときに念じるのだ。


「だめだっ。もう」


 俺は、頭を振る。

 だが、現実から逃れられないと顔を上げた。

 あ、あれは!

 ホルスタインそっくりだったり、黒毛和牛そっくりだったりしていないか?

 要するに、お乳とお肉だ!

 急にうきうき。


「百合愛さん。パンツ見ないから、この木に登ろう。俺が下から押すから。それで、やり過ごすんだ。」


「エッチ!」


 バチン!

 凄いエッチにバチンだ。

 ピンクだって明け透けに話してしまっているのに、乙女度は下がらないのだな。


「いいから、上がれ!」


 俺が先に木に登って、下へと腕を伸ばした。

 所が、俺が上でも嫌だと、百合愛さんは首を横に振る。


「直きゅん。任せて!」


 ========☆

 百合愛


 HP  0070

 MP  0900

 【愛方】3000 

 ========☆


「我が【愛方】よ! 牝牛似及び牡牛似に告ぐ。さあ。集うのだ!」


 百合愛の両の手を胸の前に伸ばし、交差させる。


「いやー!」


 とある木の下に、牛に似たブンモモモ鼻息を荒くしている奴らが牛詰めになった。


「いい子。いい子じゃん」


 百合愛さんはウインクしながら、奴らを愛でている。


「何もしないよ。いい子達だから降りておいでよ。直きゅん」


 俺だって、ひい、ふう、みい……沢山。

 それ程圧巻のブンモモモさん達に尻込みするわ。

 けれども、百合愛さんに笑われるだろう?

 降りるか。

 は!

 俺ってば、木登りスキルがあるのか?

 いつの間に。


「ありがとう。百合愛さん」


「OK。OKじゃん」


 そのまま、百合愛さんは、一頭一頭に名前を付けているようだった。

 笑ってはいけないが、花子一号はなこいちごうとか花子二号はなこにごうだ。

 俺と同じ東大学で、六道壽慧りくどう じゅけいくんは畜産を学んでいたが、仔牛には、「花子はなこ」と命名するらしい。


「おー! 花子!」


 ブンモモモさん達が一斉にこちらを振り向いた。

 百合愛さんの命名は成功しているな。


「うーん、そうだな。畑を荒らされては困るから、ブンモモモさん達を囲う場所を作るか」


「この子達には、【愛方】で命名をしたから、ここにいてくれるよ」


 さっきの反応でも分かるように、ブンモモモさん達を花子さんと呼ぶだけで、この辺りにいてくれるのか。

 それは、助かる。

 でも、それだと、俺が働かざる者食うべからずにならないか?


「百合愛さんが? いいの? 俺のこと、軟弱メロメロだめだっ人とか言わないの?」


「何? その呼称。笑っちゃうじゃん。例え頼りなくても任せてもいいと思うよ。お互い様じゃんよ」


 俺は、心が打ち震えた。

 いつも、クソニートの肩書を背負って。

 名刺を渡すにも、ニートだから、住所と家の電話番号しか書くことないだろう。

 だから、どうしても寂しいニート名刺になってしまう。

 白い名刺な。

 だから、ゲームキャラ達をわさわさと背景に入れたりして誤魔化した。

 俺のアイコンも考えて入れた。

 左に『GODゴッド』と金の文字を入れる。

 まあ、ちっとは偉そうか?

 でも、係長でも何でもないから、寂しいものだね。


「……直。直きゅん! 聞いているのかな? ぼーっとしているじゃん」


「いやいや、百合愛さんの赤い髪とミニスカが、もしかしたら、ブンモモモさん達を惹き付けているのかなと。でも、闘牛士のは、特に赤でなくても襲われるのだよね」


 百合愛さんは、考えもせず、反射的に答える。

 空気でできた扇を持ってみせた。

 そして、バブリーなダンスをお披露目してくれた。

 チャララララン、チャチャ!

 チャララララン、チャチャ!

 ステップを踏みながらターンして。

 ボブカットがエア扇子で揺れる。

 ミニスカから、ショーツは見えないが、足が爪先までピンと伸び、まるでカモシカだろうよ。

 きゅん。

 きゅーとかも知れない。


「魅力は、あふれんばかりですことよなのよ。はあーい! 赤い髪のボブカット。瞳も生まれつき赤いの。うさぎさんみたいでしょう? ふふんふんふん」


 制服が、ピンクのブラウスに黄色いジレ臙脂のタイも似合っている。

 みみみ……。

 拝んではおりませんが、ピンクの下着だそうですね。

 レース付きなのと、お婆さん向けとでは一皮違う。

 危ない橋を渡る所だった。

 お婆さん向けのを見て怒られても腑に落ちないからな。


「ななな、なあーにをお考え? 直きゅーん」


「ええ、まあ。レントゲンの発明は素晴らしいということで」


 何気に科学を翳す俺って賢い。

 流石に東大学出だ。

 なんて、人から言われるものだろうよ。

 自分では、自画自賛になってしまう。


「何って、裸が透けるだろう? 俺だったら、可愛いギャルゲーのキャラ、隠さないで欲しいな」


「バッカじゃないの? エッチ!」


 バチン。

 速攻で、エッチ、バチンかよ。

 俺は、サンドバッグか?


「バカで悪かったな……。百合愛さんが、ブンモモモさん達を扱うのを惚れ惚れと見ていたけれども、人とはどうなんだよ。少なくとも俺とは合わないみたいだな」


「こうみえて乙女なんだから、エッチな話を殿方から聞きたくないの」


 あれ?

 耳年増かと思っていたが。

 さらりとエッチとか言うしね。


「俺って、むっつりな方だよ……。だから、人にも話せる領域が決まっているのだ。それなのに、エッチとか言われても対処の仕様がない」


「直きゅん」


「百合愛さん。プライバシーに関わるから、ここまでね」


 ――ほ、ふん。

 何だ?

 急に目の前が暗くなったぞ。

 ふかふかのほよほよだ。

 白い泡状に透けて見えて来た。

 まさか!


「百合愛さん?」


「ほい。何じゃいの?」


 ふん、むやむやが中々気持ちがいい。

 それに、俺でさえ遠い昔からよく馴染んだ懐かしい香りがする。

 これって、もしかして。

 そこまで感じたら、ぱっと霧が晴れた。


「あれ? 雑念が取れて来た」


「私のお乳よ」


 俺は、ブンモモモさん達に囲まれていた。

 ブモ?

 ブンモモ!

 その中から赤い髪が振り向く。

 百合の花ではなく、ホルスタインに似たブンモモモさん達に慕われて。

 百合愛さんは、牝牛が悶える程に、お乳を搾っているではないか。

 ――きゅんきゅん煩いけれども、彼女のあたたかさに俺は生クリームみたいにとろけた。

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