14 ハートブレイク

 赤い血のような蕾の滴りと共に、するりと女子高生女神が現れた。

 その真っ赤な髪と唇が印象的だ。

 制服もピンクのブラウスに赤いラインが入っており、黄色いジレが引き締める。

 百合の花をかたどるようだ。


「ご降誕じゃーん! 百合の花も気持ちがよかったなあ」


百合愛ゆりあさん、お祖母さんがご心配していらしたと思う」


 菜七さん情報ゲットゲット。

 おいおい。

 お婆さんは、勘弁してくれよ。

 俺は、ギャルとギャルゲーを愛する男なの。

 萎れた百合の花からでも産まれるのかな?

 俺の肩に乗っていたニャートリーが嘴に光を纏う。

 そして、いつものアレだ。


「ニャートリーノ」


 ========☆

 百合愛


 HP  0100

 MP  0100

 【猛愛もうあい】0001

 ========☆


「四柱目の女子高生女神だ! 百合に愛と書いて百合愛ゆりあさんか。一番、萌え萌えするな」 

 

 ★=== クエスト004 ===★


 この二つの種を発芽させる。

 報酬は、後程。新しい種。

 ================★


 おー。

 報酬以外に書いていないや。

 紫陽花さんが種から降誕したことは認められたのだな。

 点滅して、クエストの文字が消えた。

 天から手元に雪のようにふわふわした種が降って来た。

 掌でほっほっとお手玉状態になる。

 俺って、小さい頃は女子とよく遊んでいたからな。

 幼かった優花にお手玉を教えるのは、難儀ではなかったよ。


「ふふふ。俺も女神四柱に囲まれるとは。モテるでないかい。それで、それで、又、新しい種を貰えたのか! わくわくするね」


 ガッツポーズをした。


「うふふ。自己紹介タイムね」


「櫻女さん。俺をからかわないでくれ。先に二つの種を畑に埋めよう」


 さっさと畑の南側に穴を穿ち、ふわふわの種を二つ入れ、そっと土を被せた。

 あ、何?

 俺一人が働いている。

 やはり、俺が働かないといけないのかな。


「おい、俺がやらないといけないのか? ここは、オオガミファームだぞ。俺はオーナーだ」


 女子高生女神らの顔が皆、呆れているように見えた。

 俺がニートだからだろうか?

 それは酷い。


「ニートにも人権がある。笑っていないで、女子高生女神も働かないと。さあ、水をやるのだ。クエストをクリアしないと、女子高生女神ハーレムが、成立しないではないか」


「ニャートリーノ」


 ニャートリーは、俺の肩から羽ばたいて背中に回った。

 背筋に火柱が走る。

 ボボボボボボ……!

 や、焼ける!

 あっち、熱い!


「何するんだ! 燃えるだろう? はあ、あっち」


「ニャートリー?」


「ええ! 俺が悪いって?」


 俺が振り向くと、ニャートリーは、黄色い嘴から小さな炎を出した。

 ボボ、ボボ、ボボ……。

 迫って来るようだ。

 第二のニャートリー火砲かほうが!

 俺の勝手な命名はまるでオタクだよ。

 だめだっ。

 おふざけしている場合ではないな。

 何よりも俺の存在そのものが危ない。


「俺を脅しているだろう? ニャートリー」


 ボボ、ボボ……。


「大神くんは、教育されているね」


「多分、大神さんは躾されていると思う」


 櫻女さんに菜七さんも他人事だと思って。

 背中が焼ける身にもなってみろよ。


「大神……。何ていう名前なの? さっきから話に入れないよ」


「百合愛さん! 救いの神だ。あ、元々女神だったか。大神直人って言うんだ。気軽に呼んでくれよ」


「ニャンニャー」


 ========☆

 大神直人


 HP  0080

 MP  0021

 【邪女よこしまおなご】1104

 ========☆


「OKじゃん。【邪女】だって。きゃはは……! 『なおきゅん』にしょうっと」


「直きゅんですか。はい。分かりました」


 俺の顔は、幾分か凍ばっていた。

 かちかち山じゃないけれど、背中からプスプスと一張羅の燃える音が聞こえる。

 これは、確かに【邪女】へのニャートリー罰だな。


 ◇◇◇


 暫くして、俺も承諾し、新しい種の辺りに水を与えていた。

 他の四柱の女子高生女神達は、馬蹄形に俺を取り囲んでいる。

 水の入った鍋を避ける為に、円形にならないのだ。

 俺もいちいち余所見をして、ニャートリーに【邪女】をされては、釣り合わないと思い、労働を引き受けた。

 初めての四桁の大台が、女子への邪な気持ちだとは、まあ、『直』と名の付く通り正直といいますか、何でしょうね。

 大体、東大学が男子メインだったっていうのもいけないよ。


「青春を後悔した分、ここでやり直そうっと」


「ンニャ?」


 肩に止まり直すニャートリーよ。

 お前には分からないだろうよ。

 もしも、猫鶏がオスだったのなら、ちっとは分かってくれるかな。

 あの夏の日のハートブレイク事件を。


「それで、百合愛さん。ここでの生活で、皆、自己紹介をしているんだ。新しい女子高生女神の種に水をやっている内にしてくれ」


「何で自己紹介なんか要るの? 私は、パス」


「百合愛さん……。何か困っているの? 何でも話して欲しいと思う」


「おー。菜七さん。ナイスフォロー」


「菜七さんには、話してもいいね。男の子信じられないからね」


 ガーンだぞ。

 俺は男の子だからな。


秋田県あきたけん湯ノ沢町ゆのさわまちにいたの。学校は、女子じょし桃乃ももの高等学校こうとうがっこういちまつ組って、それ位?」


「ご趣味は?」


「何てったって、美少女と温泉じゃない」


 おふん。

 本当に女子が女子を好きとか、温泉が好きとか話題にするとは、おじさん、わくわくしますよ。


「恋人はいるの?」


「好きって言えないじゃん!」


 つぶらな瞳をウインクをして訴えられてもなあ。

 大抵の男は、コロッと行くよ。

 これはこれで、可愛いと思うけれども、男の子が好きではないって問題だね。

 百合愛さん。


「色々と話してくれてありがとう」


 おお、菜七さんのフォローはいつも惚れ惚れするよ。


「私は、全然語れていないのに。ふう……。そうです」


「茸鍋ができるんだから、大丈夫! 【雨霧】に乾杯だよ。ニャートリー、火を付けて欲しい」


「ニャニャニャニャ、ニャニャニャニャ、ニャ! プフー」


 今、炎がスカしなかったか?


「トライアゲインだ。頼む」


 は!

 つい、【空腹】が、2になってしまった。

 大神直人の蝋燭にある命の雫が滴り落ちる。

 だからか、俺は、懇願を初めてしてみた。


「ニャン!」


 ボホ――。


「これはいい。鍋ごと焼けそうだよ」


 茸はそんなに耐火性があったかな?

 ぐつらぐつらと煮込んだ後、毒見を紫陽花さんが申し出てくれた。


「先ずは、スープから。ふう……。亡くなったら、又、紫陽花の私を植えてください」


 キボッチを二本揃えて、橋に見立てる。

 魔女の鍋に紫陽花さんが手を震わせながら腕を伸ばして行く。

 だめだっ。

 目を瞑ってしまって、どの茸かも見えていない。

 本当に紫陽花さんに、女子高生女神に託していいものか?

 道路工事でもするかのような音が俺の心臓から流れて行く。

 ドドドド、ドドドド……。

 胸を押さえても、心の臓を握れる訳ではない。

 ハートブレイク。

 ――これが、四柱の女子高生女神と鍋を囲った俺の拍動だ。

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