15 心音のコンパ

「いっ……。いただきます。ふう」


 ドタッ。

 湯気であまり分からなかったが、紫陽花さんの倒れる音がした。

 遅かったかと、俺は震え出す。


「だめだっ! 紫陽花さん! 俺の心の音がおかしい。その茸は危ないんだ」


 そのとき、俺の心の拍動が止まるかと思った。

 周囲はまっさらな程静かに波打っている。

 俺の心の奥から声が聞こえて来た。


「ニャートリー!」


 猫鶏の叫びに、俺は、本当の自分と出会おうとしている。


 ========☆

 大神直人


 HP  0285

 MP  0189

 【心音】0200 

 ========☆


 ドドドド。

 ドドドド、ドドドド。

 ドドド、ド――!


 心音が、高まって行く。

 おそらく人間で言う所の脈拍百を越えているようだ。

 漲る彼女への友情への力がはかり知れない


「我が【心音】よ。紫陽花さんの茸を喉から吐き出すように伝え給え――!」


 時間がない。

 間に合うか?

 俺は、急ぎ紫陽花さんに駆け寄った。


「俺の胸が七色に輝いている」


 紫陽花さんはぐったりした感じで、覇気がない。


「大神くん、紫陽花さんを助けて!」


「大神さん。お願い」


「直きゅん……。どうしたの? 紫陽花きゅんは?」


 女子高生女神が皆、案じている。

 俺は、紫陽花さんを跪いて抱えた。

 こんなときは、ゲーム腰なんてどうでもいいものだな。


「……がみ。大神様……」


 俺の【心音】にだけか、小さいながらも気持ちがぐっと響いた。


「生きているのだな? 紫陽花さん! しっかりしてくれ」


 頬をぺちぺちと叩く。

 これでは物足りない。

 聴こえるか、【心音】よ、紫陽花さんの心の音を拾うのだ。

 一つでいい。

 拍動はないのか?


 ――トクン。


「やった!」


 俺は歓喜したが、それは一つきりで止まってしまった。


「いくら大人しいとはいえ、のんびりし過ぎだろう? な、目を覚まそう……。紫陽花さんとは出会ったばかりなのにどうしてかな。他人とは思えないこの世界の仲間としての絆が強くなっている」


 最善の策はないのか。

 こんなとき、ニャートリーは姿を消している。

 後で叱ってやるからな。


「俺の【心音】によれば、かなり虫の息だ。名前を呼んで、目覚めて貰わないと。分かったね。皆、紫陽花さんを茸の闇から引き出して」


 女子高生女神、三柱に訴えた。


「私の【散桜】では、茸が元気になってしまうね。ごめんね、紫陽花さん」


「でも、ここで【抱菜】を使うと、神法の校則に違反するの。二つの能力は一度に使えないと思う。試してみて、何かあっては遅いと思う」


「何だか、とんでもないときに。しっかりだよ、紫陽花きゅん。一緒に産まれた仲間でちょ。女の子だから、【猛愛】を出してもいいけれども、解決にはならないじゃんね」


 皆の声を噛みしめて、拳をぐっと握り、決意をする。


「そして、俺だ! 嫁に貰ってやってもいいから。ほら、目を覚ませ」


 だ、だああああ!

 俺の心がある辺りから、七色の光が放射線状に発する。

 は、恥ずかしいよ……。

 何てことを言っているのだろうか?

 嫁!

 そんな決意を俺はしたのか?

 俺は、紫陽花さんと結婚したいのかよ。

 好みでも何でもないのに。


「……あり。ありがとうございます」


 虚ろなまま、瞼を起こした。


「キャー!」


「わあ! よかった」


「やるじゃん」


「ほら、他の女子高生女神達が祝福しているよ。そこにヤシの実に似た繊維を毟った所がある。横になるといい」


 俺は、抱き上げて彼女を寝かせた。

 ん、んん?

 心なしか、彼女は火照っている。

 鍋の近くにいたからか?


「あの……。大神様……」


「何だ?」


「茸を増やしてしまって。お詫びにと茸鍋のお毒見をさせていただいたのですが、ひっくり返ってしまいました。ふう」


 ただでさえ、俯き加減の長いまつ毛をぱさりと羽ばたかせる。

 優花の睫毛が十ミリだと計ったことがある。

 紫陽花さんは、恐らく十三ミリもの魅力で、マッチ棒が踊れるよ。

 その目元には、フレッシュさはないけれども、ある意思を感じさせられる。


「紫陽花さんは、毒に当たったんだ仕方がない」


「いいえ。――美味でございました」


 うんうん、びっくりした味。

 おやまあ、美味?

 美味とは旨かったのかい。


「ええー。美味だって?」


「おーい、お水をやってくれている菜七さん。それに、鍋の茸を始末しようとしている櫻女さん。ただ、プリプリ踊っている百合愛さん。聞こえる? 茸が美味なんだって!」


「えええー。捨てなくてよかった」


 半泣きしている。

 櫻女さんも強がっているけれども女子なんだな。


「ええええ」


 菜七さんは、ヤシの実の殻を落としそうになる。

 暫くの沈黙の後、提案があった。


「ね。皆で茸鍋を囲み直したらいいと思う」


「そうだよな。俺、死にかけのフラグ立ってますから。HPがね。もう後もないだろうよ。3なんて。しかも【空腹】が1だし。一桁ストレートフラッシュだな」


 ========☆

 大神直人


 HP  0003★

 MP  0043

 【空腹】0001★ 

 ========☆

 ★お亡くなりになる可能性が高いです。


「よーし! 茸鍋を囲む会、婚活したらポコポコにされる件、全員参加のラスト異世界オオガミファームだ。自治会長としても楽しく盛り上がろう!」


 ◇◇◇


 俺は、東大学のコンパのことを少し思い出していた。

 コンパって、飲み会のことだろう?

 何で、友達は、男同士ではなく、女子に声を掛けているのだよ。

 あ、あいつ未だ十九のくせにお酒を飲んでいるのではないか!

 不埒な。

 あの女も年齢不詳だが、いきなり、「生いっちょー」とは、慣れ過ぎだな。

 タイプではない。


「おい、大神」


「何か用か? 石崎いしざきくん。ワンレン、ボディコンの女子とよく話しているが。いや、それよりも飲んでいるのか?」


 俺は、ウーロン茶を手に後ろを振り返る。

 石崎くんは、鼻の下を長くして、にやっと笑った。

 気持ち悪いと思ってしまい、申し訳なかったが、印象的だったから勘弁してくれ。


「一次会で帰るから、大神も上手くやれよ」


「石崎くん。元気そうだが、お酒って、そんなに早く回るものなのか」


「酔ってねーよ。雰囲気はいい感じに酔えるけどな。あ、俺って詩人」


 死人に聞こえた。

 詩人と言いたいのだろう。

 石崎くん、そのにやけた面は、ドヤ顔なのか。


「じゃあな」


 そんなに帰りたいのか、石崎くんは中座した。

 勿論一人ではない。

 ああ、やはりワンレンボディコンがお好みなのか、そればかりが疑似餌を持って行くお魚さんなのか。

 俺は、ウーロン茶に口をつけると、それきり黙った。

 ――時計は、午後九時を教えてくれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る