33 ジュカイ

「思い出した!」


 俺は、寒気を背負いながら、打ち震えた。


「俺は、行方不明になっている筈だ。何故って、樹海じゅかいへ向かって旅に出たからだ」


 青木ヶ原あおきがはら樹海じゅかい富士ふじ樹海じゅかいとは、行く者を迎え入れ出るのを拒むらしい。

 俺は、そこを目指していた。

 考えごとで頭が一杯だったから、どうやって行き着いたのか分からない。

 ただ、樹海のハイキングコースに一歩足を踏み入れたのは、間違いない。


「それから、どうしてゲームの世界から森に来たと思ったのだったかな?」


 水が欲しいと思っていたな。

 それもそうだ。

 五百ミリリットルのペットボトルでは、あっという間に空になってしまったから。

 少しでいいから、唇を湿らせたいと思った。


「俺は、生きたいのか何なのか分からないな。でも、あのニャートリーと女子高生女神達との世界は、とても楽しかった。命を粗末にしたいとは思わなかった証拠とも思える」


 ハッピーバースデーパーティーは、想い出の中でも最たるものだ。

 俺も、ニートになってからでも家族四人であんな風に過ごしたかった。

 お誕生日って何だと思うかと、父さんに言われたことがあるよ。


「母さんに感謝しなさい」


 物静かに背中で語る父さん。

 俺が逆子で大変だったと聞いたことがある。

 初産なのに、ごめんなさい。

 待てよ。

 こんなことを思い出すだなんて、俺は、やはり生きていないのか?


「ゲームの世界ならいいよ。俺の本当の体はどこにあるんだ? このふわふわと飛んでいる体だとしたら……。俺だってそこまで愚かではない」


 俺は、ピンクの羽の天使を追って行った。

 段々雲よりも下がって行く。

 ニュートンも真っ青の引力無視浮遊だ。


「もしかしてではなく、幽体離脱二割引中ですか? 体が軽いのですが」


 あの天使に声を掛けたいな。


「か、可愛い子だからではないぞ! 決してないぞ! 俺の好きなタイプは、大体、妹位妹以上だ」


 ぐっとポーズを取るも、誰も見ていないし。

 何なのだ。

 論点がずりコケている。

 優花も可愛いよ。

 はいはい。

 呼んでみようかな?


「――ゆうか?」


 くるっと向いて俺と目が合った!

 ま、まずい。

 聞かれていた。

 でも、天使が優花だったらと思い、反射的に呼んでしまった。


「優花? 優花なのか?」


 俺は、泳ぐように天使に近寄る。

 何となく、優花に似ていたものだから、心配になった。


「探しに来ちゃった。てへっ」


 天使が、俺に優花に似た仕草をする。

 これは、まやかしか。

 妹が俺の自室へ来るとき、階段の半ばで躓くことが多かった。 

 すると、「てへっ。躓いちゃった」と、照れ出すのがドア越しに分かる。


「てへっ」


 天使が、そんな風に階段で立ち止まった。


「大丈夫か? それにしても、ここは、ゲームの世界だよ。どうやって来たの」


 さっきまで、ピンクの羽で戯れていた天使が、優花だなんてことがあるか?

 でも、仕草とかが似ている。


「大神直人さん。卒業証書を授与しましょう。じゃーん!」


「いや、できれば、クリアーしたご褒美エピソードの方が嬉しいが」


 俺も頭が煮えているみたいだ。


「大好きな『シーサイドストーリーズ』の璃瑠羽りるはちゃんクリアファイルに入れましたよ?」


「だったら、それでいいよ」


 俺は膨れて受け取りつつも半分は笑いを堪えていた。

 

「所で、何の卒業? 東大学は出ましたが」


 大昔の学歴が誇らしくも何ともない。

 就職失敗ニートの肩書の方がしっくり来る。

 下を望むと富士山を下るようになっている。

 俺の方から、「行こう」と、手を取った。

 一段、二段と一緒に降りて行く。


「ニートの卒業かな?」


 天使の優花が、クリアファイルを何枚も出して来る。

 どうよ、どうよと。

 みどりちゃんに陽那ひなちゃんのもですか!

 俺は、妹にさえ弄ばれている。


「俺、何にも仕事をしていないよ。未だ、無職だって」


「本当に? あの世界で何も変わらなかった?」


 俺は、ズキンと来た。

 そのまま、下の富士山を見下ろすと、登山を楽しむ人々が蟻のように見える。


「あの世界って、どうしてそれを。優花ではないのか? だったらキミは、誰なんだよ」


「ははーん」


 むっ。

 おとぼけになってもバレていますよ。

 

「知っているぞ。プルヌスと呼ばれていたキミだよ。妹なら、俺を何と呼ぶよ。」


「――それは、貴方の決めること。私のことを呼んでみてください。会いたい方がいる筈です」


 ふんわりと立ち上がると、小さな天使が変化を始めた。

 天使の髪がふさっと伸びて来た。

 そして、赤ちゃんだった体に魅力的なくびれが生れる。

 手だって、小さな紅葉が白魚のようになり、ぷっくりしていたのが、すらっと伸びて行く。

 その変貌を見て、こちらが照れてしまう。


「俺が、会いたい? 俺から会いたいと願っているのか……」


 今、関心があるのは、女子おなごではなく女子じょし、そして、女性となった美しい人だ。


「それは……。それは、貴女ではないかと思ってしまいましたよ」


 俺の目は、完全に逸れていた。

 これが、初恋か!

 幽体離脱中に初恋って、遅くないか?

 拗らせちゃったなあ、本当に。


「私?」


「そう、プルヌスさんです」


 名前だけでも恥ずかしいな。


「私を誰だとか分かったのですか?」


「誰だか? あ、会いたい方にどんな身分かなんてあるのですか……?」


 喉が、からっからだ。

 だめだっ。

 俺は完全に舞い上がっている。

 心が風船のようだ。


「私は、神様から生まれ変わりの力を貰って、これから花の精になるのです」


「花!」


 女子高生女神と言う訳ではあるまいな。

 ああ、貴女がどんな女子高生女神になるのだろうか。

 そんな関心よりも、これまでにない気持ちの高揚を抑え切れずにいる。

 これは、【心音】だな。


 ========☆

 大神直人


 HP  0300

 MP  1999

 【心音】3000 

 ========☆


 俺にしては最高値のMPだな。

 今は浮いているのに、HPが随分元気だ。


「俺は今、かなり自分に正直になっているよ」


 俺が抜けて来た古代遺跡には、どんな意味があるのだろうか?


「私、貴方のことを知ったのは、今が初めてではないの」


「えええ! 何だって? 俺は奥手だから、女子とは関りがなかったよ」


 もじもじしながら言われて、俺は今にも天国へ行きそうだった。

 ん?

 天使さんは、天国から来たのではなかったの?

 何からの生まれ変わりなのだろか?

 ――俺の疑問はどんどん膨らみ、多分、妄想で顔も真っ赤だったと思う。

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