12 茸できていますか
菜七さんは、百合の蕾にちょろちょろぱっぱと水をやり、見守っている。
世話好きのようだし、きっと欠かさずやってくれるだろう。
それに、菜七さんのお手伝いを紫陽花さんにして貰うことにした。
気の弱そうな紫陽花さんには、菜七さんのような包み込むタイプが適任だと思う。
「こちらは、大丈夫だと思う。大神さん」
俺は、俺が耕した畑を踏まないように迂回した。
「ああ、任せたよ。菜七さん。紫陽花さんは、ゆっくりしてて」
茸みたいに百合の近くでしゃがんでいた紫陽花さんが、ゆっくりと立ち上がった。
「私ばかりが、手持ち無沙汰です。大神様……。ふう、そうです」
大丈夫か?
紫陽花にカタツムリってイメージはあるけれども、この場合は茸か?
◇◇◇
さて、櫻女さんは少し苦手だが、水汲みの手が必要だ。
近場とはいええっさほいさだよ。
ニート歴が長かったから、ゲーム腰で鍛えられているけれども、ごろ寝もするからな。
要するに、ぎっくり腰が怖いんだよ。
笑われるだろう?
いや、待てよ。
そうしたら、菜七さんの【抱菜】で、天にも昇ってみたい気がする。
ん?
俺って既に昇天しているのか?
まさか。
ゲームの異世界に来ただけだよ。
自刃する勇気なんてない。
けれども、この所、ネカマと呼ばれてチャット仲間相手に根詰めていたのは事実だ。
家族におはようの挨拶もできないし。
昔のさくさくと学校へ行った頃の俺は、野心があったから続いたのだろう。
「おお、意外と行き来している内に、距離が縮まった気がするよ」
「大神くんは、私の後ろから来て欲しいね」
櫻女さんったら、はふはふ。
後ろでは、パンツが見えてしまうのではないですか?
「え……。怒るだろう? 櫻女さん」
「もう、怒って鬼の角が――。ゲホゲホ。大神くんの放屁を勘弁して欲しいね」
櫻女さんが、水牛並みに角を動かしている。
面白いな。
おならって仰いましても。
く!
こればかりは、所構わずなもので、勘弁シマウマなのは、俺の方だが。
「では、お言葉に甘えて」
ガベーン!
どんな音だよ。
俺の脳天から足の爪先までビリビリと痺れが走った。
「何で頭を叩くの? 何で鍋持っているの? 櫻女さん!」
「ふ、不埒なことを! 私は赦さないね。鍋は、水汲みに使うから。ヤシの実みたいな殻は、持ちにくいと思うから持って来たね」
完全に鍋の使い道を間違えていると思うぞ。
かなり痛いだろうよ。
たんこぶできてないか?
俺は、頭を撫でて、こぶ取りニートになっていやしないか確かめた。
冗談ではないからな。
「櫻女さん、俺が鍋を調達して来ただろう」
「そんなこともあったね」
大体、鍋なんてぽっとそこいら辺に落ちていないものだ。
女子高生女神だと、直ぐに見つけられるのか。
「その鍋は、この井戸の近くからなのだ。古代遺跡のようなものがあって、そこで見つけたのだよ」
俺は、すっと古代遺跡のある方角を指さした。
ここから、二十メートル位先にある。
「古代にしては新しい鍋なのに、古代遺跡とは不思議ね」
「そうだよな。俺も同感だ」
井戸の水を何杯か汲んで、折り返そうとした。
だが、古代遺跡のあった方が気になって、振り向いてしまう。
「ここは、ゲームの世界だと思っている。中に入ればきっとダンジョンに違いない。そして、松明もないまま暗闇の中で、ミノタウロスに出会うのではないかと考えている所だよ」
ミノタウロス、きっと、会えば怖いに違いない。
ゲームとの差を感じてきた。
俺の【竜巻】では、さほど致命傷を与えられないだろう。
命の保証はない。
「さあ、櫻女さん。ここにいてもどんな怪物が現れるか分からない。速やかに、水を畑に運ぼう」
「百合が咲くのが楽しみね」
何だ。
櫻女さんだって、普通に話せるのではないか。
「えーっと、櫻女さん。いつもそうやって優しく話してよ」
「それは、勘違いですね。私の喜怒哀楽は、大神くんの妄想でしょう? 自分の思い込みが鏡になっているのね」
とても、ズキズキとした。
俺は、大学出て、直ぐに就職に失敗したとき、毎日毎日、腹痛と頭痛を訴えていた。
その五月には、母さんに、「病院へ行きましょう」と、よく分からない電車に乗って連れて行かれたものだ。
医師が有名だからと、聞いた気がする。
それは、心療内科だった。
俺は、「病気ではない」と、何度も大声を待合室で出した。
高校や大学の同級生達が悪口を言うので、頭の中はマックスに腫れ上がって仕方がなかった。
ひたすらに、避けようとしてもだ。
診察室から医師が出て来て、大声を出すなと怒られた。
母さんは、「注意されただけよ」と、俺の涙を拭こうとしたが、俺には医師の怒りを感じられたのだ。
「相手の感情を間違えて受け止めていたとでも? 俺を見くびるなよ」
「大神くん、汲んだ水を全部零しているね」
櫻女さんが、鍋を持っている。
俺は、イラついて、ヤシの実似の器をひっくり返してやった。
「態とに決まっているだろう? 何が楽しくてこんな障害物競走みたいな赤ちゃん遊びをしないとならないのだ」
「百合の女子高生女神に期待しているのではないのね」
面倒だな。
いくら可愛い子に囲まれても、何かしらやりとりしなければならないのか。
「大神くん。もう直ぐだから、鍋を持って行こうね」
「生意気言うなよ」
そうだ、こいつらが鼻につくんだ。
しかし、もう畑に着いた。
水を飲んで、食べ物を食べないと、俺はゲームオーバーとなるだろう。
ハッピーエンドとかその前にだ。
「ただいま。お水足りていたね? 菜七さん、紫陽花さん」
待っていた女子高生女神がきらっとこちらを向いた。
菜七さんが、口の前で指を立てて、静かにねと合図した。
ん?
百合はまだのようだが。
「どうした。枯れたか?」
俺は、くさくさして悪態をついた。
「大神さん。紫陽花の花から畑の外に点々とあるのが分かると思う」
「大神様。お恥ずかしいです」
菜七さんは闊達に、紫陽花さんが控えめに伝える。
「茸が生えまくり!」
「茸だらけだね!」
俺は、同行していた櫻女さんと思わずシンクロしてしまった。
さっきのくさくさした気分は、遠くへ投げ出す。
「茸、できています。ふう」
それ以外に言葉が見つからない程に、色々な茸が畑以外にも生えていた。
――さてさて、この茸は、食用になるのだろうか。
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