@tWENTy-nine

 捜査一課が再び東京都中野区の中村の自宅兼仕事場を訪れ、任意同行を求めると、中村はあっさり犯行を自供した。遺体を運んだ自家用車からは、被害者のものとみられる血痕が採取され、すぐに鑑定に入る。

 そして自室の冷凍庫から、腐敗の始まっているものを含め、三人分の頭部が発見された。

 これらのことから中村の自宅周辺には警察関係車両が多数詰め、一時騒然となっていた。

 それを監視するように、一台、離れた場所に留まっている車があった。

「嬢ちゃんだろうな」

「でしょうね。今回も迅速な解決オメデトウゴザイマスデスヨホントウ」

「全く思ってねーな」

「当たり前じゃない。これくらいでないと使い物になりません」

「自分で育てたわけでもないだろうに」

「ある意味そんなようなものよ」

 車に乗っていたのは、日奈円かなえ 仍生よるは紀麗きうら 氷室ひむろの二人だった。

「で、見学だけか?」

「…そうね。今回はここまで関わってもいなかったし、一課に正式ルートで接触しましょう。もう少し早めから関われていれば行っても良かったけど」

「まあ、どうせ通りかかっただけだから俺はどっちでもいいけどよ」

「明日正式に連絡して警視庁に行きましょう」

「了解。んじゃいくか」

「ええ、お願い」

 そういうと、紀麗は車を発進させて、現場手前の角を曲がって走り去っていく。

「庁舎でいいのか?」

「…いいえ。申し込みは住んでいるから今日は戻らなくてもいいわ。その代わり、与党本部の近くで」

「承知」

 紀麗はその指示で車の進路を、永田町に向けた。





 事件が解決と全貌解明への一途を辿っている頃。

 都内の一角。

 暗い路地に、両足を引きずるように気だるげな、しかししっかりと歩いている人影があった。薄手のコートのフードをすっぽりと被って、両手はその内側に隠れている。おそらくジーンズであろうボトムスに、足元はスニーカーという出で立ちのようだったが、その身なりから男女の判別はつきにくい。

 その影はもうしばらく歩いて、とあるアパートを視界に捉えると、片手をポケットに突っ込んで小さなカミソリを取り出した。

 歩いてきた方向から見て、アパートを通り過ぎるかどうかの路上で、ピタリと立ち止まる。

 カミソリを握っている手で、逆の手の袖を捲り上げ流と、薄暗い街灯の下に真っ白い腕が生えるように映え、いくつあるのか想像もできない傷痕も同時露わになる。

「…はぁ」

 恍惚か、落胆か。どちらにも取れるようでいて、どちらでもないようなため息がその人物から漏れる。やや低く混じった声色には、女性の印象があった。

「……っ」

 そのまま、予備動作も躊躇いもなく、袖をまくりあげた片手に握られているカミソリの刃が、さらに傷跡を増やそうと白い腕にその刃を浅く埋めていた。

 つー、という効果音がちょうどいいか。という程度の勢いで、溢れるように腕を伝う鮮血。

「っ…はーぁ」

 今度は明らかな安堵であり恍惚だった。

 そして自らの腕を切った刃は再びコートのポケットに収められる。

 止血までそう長い時間はかからないが、その足元には溢れ出た鮮血が、小さな血溜まりを作った。血液という液体の特殊性が、その液量の少なさも関係ないとでもいうように、しっかりと自らが血液であることを主張していた。

 そうして、痛みを訴える腕を放置して、血流が収まった頃。

「……ん?臭いな」

 はっきりと口から言葉が出ると、それは明らかに女声だった。

「なんでだろう」

 自分が流した血液は大した量ではない。ここまで血生臭く匂うようなことはないはずだ。

 しかし、彼女の鼻腔はその匂いを強く捉えていた。

 そしてフードのまま周囲を見渡した彼女の目が、それをとらえた。

 自分が前に立つアパートの一室の玄関。そのドアの下から、小さな血液の滝が作られ滴っていた。

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