@fIFteen

 日も暮れてしばらく経ち、多くの人々が寝静まり始めた頃。

 時刻は、夜23時過ぎ。

 首のなくなっていた中塚遥子なかつかようこの遺体が見つかった杉並区のとある雑木林の捜索が大詰めに差し掛かっていた。

「やっぱりないのかなぁ」

 発見できない、つまりは本日発見された被害者一人であることを祈っているのは間違いない。しかし、もしそうでないのであれば、そして同様に遺体が遺棄されているのであれば、早く発見してとむらわないことにはいたたまれない。

 現場指揮に準じた立場にいる朝霧あさぎりえんの心境は、もはや気力で足を前に進めるレベルに達しつつある。集中力などかなぐり捨てつつ捜索に当たり、すでに5時間ほどが経過していた。

 杜乃もりの推想すいそう、それ自体の説得力は、最初に共に捜査に当たった事件以来着実に証明されており、その信憑性は日に増すばかりで、捜査一課内はもちろん、警視庁内でも評判になっていた。初めは、小娘ごときと取り合わなかった捜査一課長も、彼女の一言で渋々ながらも急遽捜索隊を編成する命令を下すまでになっている。もっとも、ここまでの信頼を得るには今日まで2年以上の時間がかかっている上、全てが完璧に推理できるわけではない分、そのフォローをし、杜乃の導き出す解答に対する臥龍点睛を穿つのが自らの使命だと、朝霧は納得しているからこそ彼女の発言を根拠に動くときはその急先鋒であり責任を持つものであるという自負があった。そのため、本来であれば現場に任せても特段非難はされない深夜の捜索も自ら買って出た。おそらく、同じ部署の同僚の大半はすでに帰宅しているだろう。しかしそんなことも、朝霧は意に介さない。それほどまでに、猟奇殺人専従班が手も足も出なかった事件を何度も解決に向けて旗振りをしてきてくれた杜乃を信頼しているのだった。

 それゆえに朝霧は今回の「今日見つかった遺体が一人目の被害者ではない可能性」という、杜乃の不吉極まりない発言にも真っ向から取り合っている。もちろん、心持ちとしてはその可能性を潰すための捜索だった。もしそれが叶わなかった場合でも、それがヒントとなって現状以上の被害拡大を阻止することにつながるのであれば、どんな些細なことであろうと痕跡を拾って帰ろうと、他の遺体捜索のほか最初の遺体発見現場の再捜索にもわずかながら人員を割いていた。

「朝霧ー」

 朝霧がそんなことを考えていつ終わるともしれない創作活動のモチベーションを保とうと心も阿智を構え直したそのときである。前方で朝霧に先行して捜索隊を牽引していた鑑識の生天目なばためが、背後の朝霧に声を飛ばして呼びつけた。

「はい!今行きます!」

 5時間も5月の深夜の寒空の下で捜索を続けている26歳女性のものとは思えないハリのある返事を返す。朝霧は別段自覚している特技はなかったが、唯一自ら自信を持って言える特徴が体力だった。

 その体力を稼働させて、生天目の元に駆けていく。

「どうしました?」

 すぐに合流した朝霧が生天目に問いを投げた。

「これ見ろ」

 青い鑑識用の制服を着ている生天目が地べたに跪いてある一点を指していた。

「えっと……」

 言われた朝霧は、すでにつけていた指紋拡散防止用の白手袋の裾をぐっと引き改めて付け直して、生天目が指したその地点の周囲に柔らかく手をついた上で、指先の示す地点を覗き込む。

「…これ、人の爪だと判断するけど、どうよ?」

 言われた朝霧が様々な角度を変えて覗き込み観察を続ける。第一印象は、意匠の施された付け爪と言われても納得のいくような彩りが散りばめられた、薄い楕円形のものにしか見えない。しかし、遺体を捜索しているという状況と、付近からすでに一人の遺体が発見されている状況を勘案し、さらに爪先のデザインにまでここまでこだわるほど自らの外見に固執する人間が現場のような雑木林にそうそう足を踏み入れる可能性はゼロでないという程度に低い。

「…そうですね。しかも、剥がれたものではなさそうですね。これ、多分指と繋がってますよ」

「…マジでか」

 角度を変えて観察した朝霧の目には、そのきらびやかな爪の下、明らかに人肌の色が2ミリメートル四方ほどの土の合間から見えているような感触があった。当然腐敗の程度など見て取れはしないが、ただ付け爪が落とされているという状況であると断定するには不可解だった。

「マジです。下手すると、本当に遺体かも。生天目さん」

「了解…おい!ここ集中的にやるぞ!」

 朝霧の言葉を聞いて、同様に地面を舐め回すように様々な角度から観察した生天目が、部下に号令を出した。

「うっす!」

 朝霧が、まるで銃撃を避けるかのような勢いでその場を離れる。

 今回のような捜索や普段の現場検証において、鑑識の邪魔をすることほど無駄なことはない。

「お願いします」

「相変わらずの嗅覚だな嬢ちゃんよ」

 皮肉のように他の鑑識の一人がぼそりと言い放つ。朝霧がこの創作の必要性を決定づけたわけではないが、その嬢ちゃん、という言葉が彼女を指すのか杜乃を指すのか、その言葉を耳にした朝霧には判断しかねた。

 生天目による人体の爪先と思われる発見により、捜索範囲の拡大は一旦中止された。続いて始まるのはその地点をまるでを発掘するように丁寧に掘削する作業だ。

 それが進んでいき、小一時間が経過した時に、確定した。

「朝霧ちゃーん」

 鑑識の捜索の邪魔にならない範囲に退避していた朝霧に生天目が声をかけた。

「はい!」

「腰がいたい」

「本当にお疲れ様です。何もできなくてすみません」

「いやいやこれはこっちの仕事だしな。今度湿布奢って。

「そんなのでよければいくらでも」

「そりゃどうも、で、えっと、これも同じだ。首がねぇ」

 杜乃の推想が、朝霧の希望順位第二位に確定した瞬間だった。

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