@tWELve
ケーキを置く間も無く、腰ほどまでの子どもたちが
「はすにい!はすにい!」
「来るなんて知らなかた!」
「やったー!あそべー!」
「本読んで!」
「彼女できた?」
そんな声が聖徳太子であろうと判別不能なまでにめちゃくちゃに入り混じる。
「ちょ、ちょっと!とりあえずケーキ置かせて!」
「「「「「はーい」」」」」
まるでモーセの
「相変わらずお利口だなおい」
「きょーいくのたまもの」
「よくそんな難しい言葉を」
そんな
希望者に切り分けて、ひと段落したところで、
「あ、
その意図を理解した蓮宮が、周りに群がる子どもたちの頭を撫でて落ち着かせながら、席を立つ。
小さなビニールプールを膨らませその中に大量の駄菓子をぶちまけて、取りに来る子ども相手に配っていた比奈に蓮宮が声をかけたとき、依田が声をかけた。
「はーい!駄菓子屋さん一回休憩ね!みんなケーキとご飯ちゃんと食べてー!」
「「「「はーい」」」
それを聞いた比奈は、高速でプールを飛び出して何処かに行ってしまう。
「あ、あれ?比奈?」
「
依田が声をかけると理解した蓮宮は後ろ頭を掻きながら、食堂をゆっくりと気付かれぬように退出しようとする。
と。
「あー!はすにい!どこ行くんだ!」
「ちょっとやめなさいよ
堂々と宣言されるとやりにくに蓮宮だが、その中にあやかって食堂の脱出には成功した。
すると、そのやや暗い廊下の窓際、月明かりに照らされたそこに比奈-
「そこにいるなら食堂でもいいじゃんか」
「…いいの。今日は」
「えっと。ケーキなくてごめん」
「え?い、いいよそんなの。来てくれただけですごく嬉しかった。みんなもめちゃくちゃ盛り上がった。あの登場、依田先生でしょ?」
蓮宮は、後ろに少しだけ不穏な気配を感じたが、無視した。
「ほんと、ああ言うことに関しては頭が回る人ですよね。あ、そんなことより、誕生日おめでとう。比奈。15歳、だよな」
「うん。来年は、叶世と同じ
「無理すんなよ」
「いいの。私の夢も、あそこにあるから」
「そうか」
蓮宮はそんな話をしつつも、気配の異常さになんとなく嫌な予感も感じるが、無視した。
「あ、これ」
そう行って先ほど厨房でバックから制服の上着のポケットに忍ばせた、ラッピングされた長方形の箱を取り出して比奈に差し出す。
「改めて、4月2日、誕生日おめでとう」
「…え?なにこれ」
「何って、プレゼントだよ。今年はこう言うのでもいいかなと思って」
「…開けていい?」
「もちろん」
蓮宮の話を聞いた比奈が、その包みを丁寧に剥ぎ取るとすぐに手触りのいいケースが現れた。
「…えっと」
「いいよ」
比奈が、それを開けるのをためらったのがわかったのだろう。蓮宮は肯定して先を促す。
「じゃ、じゃあ」
と遠慮がちに開けた箱に入っていたのは、ネックレスだった。優しく黄金に輝く、流線型をモチーフにしたトップで細工が丁寧なものに見受けられた。
「こ、これって…」
「プレゼントだよ。何回聞くの」
比奈の戸惑いが満載の質問に蓮宮が、面白くなったように笑顔で返す。
「え、私に?」
「他人のを比奈に渡してどうするんだよ」
「……嘘」
「嘘に見える?」
「見えない。じゃ夢?」
「まったく」
そう行って蓮宮は比奈の右ほほを軽く抓った。
「ほらどうだ」
「……痛い」
比奈が、つねられて話された頬を抑えながら言った。
「だろう?」
「…えー。なにこれ」
「ネックレスです。ネタバラシしちゃうけど、その飾りの内側見てみ?」
「う、内側?」
「うん」
薄暗い中、比奈が箱からネックレスのトップを持ち上げて覗き込む。
「ん……なんか書いてある……H.M 2019040215」
「よく読めたなこの暗さで」
「…なにこれ」
「いやだから、15歳の誕生プレゼントのネックレスだってば」
「…嘘」
「このやりとり何回やる?ほら、せっかくだからつけてみなよ」
蓮宮はそう言うと、比奈の手からチェーンを伝ってネックレスを取り上げて背後に回り、その首に回して装着した。
覗き込むように比奈の横に回った蓮宮。
「お、やっぱり似合った。よかった」
「…な、なんでこんなの。私アクセサリーなんて持ってないよ!?」
「だろうと思いましたよ。なんですかあの大量の駄菓子。全部アレに変えちゃったんだろ?誕生日のボーナス」
「……他にもあるけど…飾り付けとか…」
「そんなことだろうと思ったの。それに来年高校生だし。もうそういうふうなもの持っていてもいいかなーって思ったけど、言っても自分じゃしないだろうし、この機会にと思って」
「……バーカ」
「なんで罵られた」
「泣いちゃうでしょ…こんなことされたら…」
手遅れだった。
すでに比奈の両目からは大粒の涙がボロボロとこぼれていた。
「ちょ」
蓮宮の動揺など知ったことではない、とばかりに比奈が蓮宮の胸に突撃して抱きしめる。
「うう……ありがとう。叶世」
蓮宮の左手が、比奈の頭をポンポンと撫でる。
「おめでとう比奈。よくここまで生きてきたな」
「うん。みんながいなきゃ、叶世がいなきゃもうとっくに死んでたと思う……ありがとう」
一瞬の沈黙。
破る声に気づいた時には、再び手遅れだった。
「なあなあ、これっけっこんしきってやつなのか?」
背後からそんな男児の声が聞こえる。
「やめなさいよ
「ああ、あのまっしろいやつか」
そんな会話が次々に生まれ始めて。
いつの間にか食堂にいた全員が二人を覗き見ていた。
「……お前たち」
「やべ!はすにいが怒る!」
「逃げろ!」
そんな軽い騒動になりそうな気配に、子供達が散っていく。小学高学年や中学生の年長組が促していた。その声を一旦は無視するように、依田が二人の元に少し近づいて。
「よかったねぇ、比奈」
「……うん」
「今までありがとう。あと一年だけど、これからもよろしくね。ここでの最後の誕生日。おめでとう」
伝える依田の声にも、少しだけ涙の色が浮かんでいたように思えたのは蓮宮の気のせいか。
「最後だなんて言わないでよ。絶対毎年来てやるんだから」
「はいはい。さ、落ち着いたら戻ってらっしゃいね」
「うん」
「はい」
ここにいるものは、ほとんどがその親を知らない。
誕生日すら、この施設に来た日を設定されている者が多い。戸籍との認証が取れていない者もいるのだ。
門から、放り投げられた者もいる。赤子の時に、放置されて、名前だけがわかっている者もいる。かと思えば、よんどころない事情で一度手放し、それを覚えている親が迎えに来ることもある。
しかし。
「さ、戻るか、比奈。僕はそろそろ帰らないとだけど」
「え!?もう!?勿体無い!じゃ、ご飯たべながら少し話せる?」
「それくらいならいいよ。戻ろう」
「うん」
両親、並びにその親戚の死は、すでに証明されていた。
天涯孤独。
その中で、一つ違いの義理の兄妹の存在が、蓮宮の生きる理由大きな一点であることは、孤独であると言う残酷な事実と同じように強烈な、暖かく間違いのない事実だった。
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