@NinETeen

 その日はすでに午前の授業が終わりを告げそうな頃合いになっていた。私立しりつ酉乃刻とりのとき高校こうこうの一年生のとある教室で蓮宮はすみやは昼の過ごし方に思考を切り替え始めた。昼食直前に行われる世界史序盤の授業は、正直集中力を育成することを放棄させているようだった。

 窓の外を見やると、晴れた渡った空が広がっている。雲ひとつない晴天だ。朝の状況では、時折そよ風が舞う程度でほとんどないなぎのような天候だった。5月の暖かく柔らかい日差しを降らせる太陽は、まるで人々を空の下に誘っているようだった。

「よし、今日はここまでだな。次に進むと残り3分じゃあ全く時間が足りないだろうし。よし、終えよう」

 世界史の教科担当教師のその一言で、蓮宮のクラスはその日の4限目を規定よりも3分早く終えることとなった。

 席を離れた蓮宮は校内の学食に足を伸ばして昼食にとサンドイッチとパンをいくつか購入して校庭に向かう。杜乃もりのとの電話が予約されているため、極力他人に聞かれるべきではないと判断した。そうでない日はよく話すクラスメイトと教室や学食で昼食をとるのだが、今日はそういかなかった。

 私立酉乃刻高校は基本的に昼食時に郊外への外出を禁止していない。それでも生徒たちの素行に乱れはない。過去禁止しても効果がなかったことからの教訓でもあったが、逆にリフレッシュ効果もあるとされており、午後の授業の出席率は保たれていたためである。不良生徒もいないことはないが、それは多かれ少なかれどのようなシステムのもとでも避けられることではないというのが、私立酉乃刻高校の進路指導のとった立場だった。

 校庭のベンチで簡単な昼食を終えた蓮宮は、端末を操作しつつ、校門の方に向かう。

 話の性質上、学校の敷地内は避けておくことにしたのだった。

 端末に触れていなかった時間分の通知を確認して、杜乃からの連絡がないことを確認し、携帯端末への通話アプリを起動するが、そこで思い出す。メッセージの方が良かったのではないか。確かそう指定を受けていたはずだ、と。

 そのままメッセージ送信アプリを起動し、そこから20分以内であれば通話対応可能な旨を打ち込んで即時送信すると、校門から足を踏み出すまでもう少しといったところで端末が震えた。

「はい」

『…やあ』

「寝ぼけてるな、杜乃」

『ばれたか』

「声が全くしゃんとしてない。鼻詰まってるっぽいけど体調大丈夫?」

『う、うるさいな。大丈夫だ。もうシステムの前だしな』

「そうか。それはごめん」

『いや、いいんだ。こちらこそすまん。で、本題なんだが』

「ああ」

 不意をつかれた照れ隠しか否か。表向きは蓮宮の側が昼休みの時間しか使えないことを察知してのことだろう、早速本題を切り出してくる杜乃だった。

『今日の放課後、帝智教授から受け取った資料と昨夜に朝霧くんが検討してくれた遺体捜索の結果を踏まえて絞り込んだ結果、絞り込めた3名に接触を試みたいと思っている』

「3名!?」

 そのあまりにも少ない数字に、周囲の環境も憚らずに驚愕の声音を出してしまう蓮宮。校門を出ていいるため、生徒の数はないがそれでも一般の通行人などは往来している一般の公道である。一瞬目立ってしまうのは否めなかった。

「な、なんでもうそんなに絞れてるんだよ」

『驚いてしまったじゃないか。いきなり大声出すのはやめてくれよ』

「あ、ああ、すまん」

 蓮宮は素直に謝罪を口にした。自分も電話口いきなり大声を出されてしまっては同じことを言ってしまうだろうと思った。

『まあ、いいか。それだけに私の推想が君の想定外に優れていたということだと受け取っておくよ』

「本当にそうなんだけど、なにがあった?」

 蓮宮は、昨日も杜乃の部屋を去ってからのほんの12時間足らずで状況が劇的に変化してしまっていることを、まるで喉元に刃を突き付けられるような勢いで思い知らされたような衝撃を受けた。

『一気に節前しても構わないかな?詳細は後ほど。今はそこまで君の時間もないだろうし』

「あ、ああ。とりあえず要点だけでも教えてくれ」

『ありがとう』

 蓮宮の承諾を得た杜乃が、電話の向こうで姿勢を正すのが想像できた気がした。

『発端はまず、君が帰路に着いた後で最初に飛び込んできたのは帝智教授からのオーダー通りのリストだ。MeTISにアップされたものは全部で40名ほどで、そこから私の推測で50%まで絞り込んだ。その後で、朝霧くんから遺体発見の一報が入ったんだ』

「やっぱり見つかったか。複数?」

 蓮宮は、まるで当たり前のことのようにいうが、その語尾のイントネーションだけが疑問形だった。

『相変わらず君のセンスには脱帽するよ、同じ地点から、2遺体発見された』

「そうか…」

『継続的な殺人行為を阻止できなかったことに関しては申し訳ないことこの上ないけれども、その2遺体共に、昨日の朝通報によって露見した遺体よりも前に殺害されていたことは明らかな状況だ。腐敗も進んでいる』

「……うん」

 返す蓮宮の声色には、落胆の色がうかがえる。犯人を突きつけめて追い詰めるヒントになるという側面もあるとはいえ、被害は拡大しないことに越したことはない。

『しかし、その遺体とともに、糸切り鋏が見つかった。朝霧くんの状況報告からでは、遺体と土に共に埋まっていたらしい。これは被害者の持ち物なのか、施行者が落としたものなのか、可能な限りの指紋採取も空振りに終わるかもしれない。部分的に採取できた指紋から照合をかけているそうだが、未だヒットしない』

「なるほど」

『であれば、今動くとするとその糸切り鋏をヒントに動くとした私は、絞り込んだわけだ。詳しい水槽の内容については後ほど伝えるが、今日の放課後は、その水槽で浮かんできた3名の身辺を探りに行ければと思っている』

「了解。朝霧さんも了承済みなんだよな?」

 朝の電話で迎えに稼働する人間が朝霧であるということは確証が取れている以上、当然知っているのだろうとは思ったが、確認の念を込めた蓮宮の言葉だ。

『ああ。もちろん。でなければ約束などできないだろう?』

「それもそうだな。了解。ところで、杜乃も珍しく部屋を出て同行するのかい?」

『今回はしてみようと思う。正直緊張は否めないが。結果、その後でデュームを検討しているけれど、付き合えるかい?』

「デュームに関しては僕は可能な限り付き合うよ。今夜は予定もないしね」

 斑鳩の施設に足を向ける予定ではあったし蓮宮にとっては、それが別の形で達成されただけであった。

『わかった。取り急ぎ要件は以上だ。貴重な昼休みの時間を割いてもらってすまない。では、詳細も含めて、放課後に』

「わかった。休めるなら休むように」

『ありがとう。ではね』

 そこで通話は終了した。と、その途端。

「あれー?はっすーだ」

 校門とは逆側の路地から声がかかった。このな目で蓮宮が呼ばれるということは。その呼び名でなんの臆面もなく読んでくる人物を、蓮宮は一人しか知らない。

「あ、ああ。華厳けごんか」

 声をかけてきたのは、いつも賑やかなクラスメイトの華厳けごん 莉理亜りりあだった。

「はーいりりあんですー。何してたの?電話?」

「うん。ちょっと、実家に」

 蓮宮はそう言って誤魔化すが、それは華厳お性格をある程度知っているからだった。彼女は相手が線を引いたことを認識すると自然とその奥には踏み込んでこない。

「ああ。そっか。はっすーのご実家か。あ、また行ってもいい?なんか差し入れるからー」

「もちろん。あいつらも喜ぶよ。華厳は、昼飯確保?」

 実家、という言葉が虹乃宙にじのそら学院がくいんを指すことは、すでに周知に事実だった。蓮宮は自身が孤児であることを、特段ひた隠しにしたりするようなハンデだと思っていない。

「うん。部室寄ってたら売店争奪戦敗北したー」

 残念そうに言いつつも、獲得したコンビニ弁当を嬉しそうにひらひらと見せびらかしてくる。

「学食行けばいいじゃんか」

「お昼はクラスで食べたいからなー」

「そうなんだ。じゃあ、もう戻ろう。あまり時間もないし」

 気づけば、昼休みは30分を切りそうなところだった。

「はっすー、電話大丈夫なの?」

「もう終わったよ。戻ろう」

「うぇいうぇい。じゃあ帰ろう!」

 華厳の嬉しそうな声と、校舎に向かうスキップにつられて、蓮宮も後に続く。

「あ、そうだ華厳」

「んー?」

「この前の、プレゼント相談の件、ありがとう。喜んでもらえたよ」

「ほんとー!?あたし乙女だなぁ。センスあるある?」

「かもしれないね」

「ふふふー。はっすーの彼女に褒められたな」

「彼女じゃねーって。義理の妹だって言ったじゃんか」

「あ、そうだっけ?」

 華厳は不思議な人間だ。ふわふわとしている割に、時折深刻な表情もする。そしてバカだった。

「今日は飯何にしたんだよ?」

 蓮宮は、それまでの殺伐とした殺人事件に関する会話をまるですっかり忘れたように、クラスメイトとのひと時を過ごすことにした。 

 いずれにしろ、自分が身を置く、学生生活とは反対側の殺伐としつつも居心地のいいその世界は放課後に否が応にもやってくる。なら、今はこれでもいいだろう、と思う。こういう日常を過ごすことのできない、杜乃の分も、と、思わざるを得ない蓮宮だった。

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