@eIghTEen

 杜乃もりの 天加あすかがその生活の全てをこなしている部屋には、窓がない。蓮宮はすみや朝霧あさぎりが訪れた中でも広めの部屋、通常の家の間取りを当て嵌めればリビングに割り当てられるであろう部屋を始め、キッチン、バスルーム、トイレ、寝室と、その全ての部屋は窓が設置されていない。

 施設全体ではおよそ8割の部屋が埋まっているが、全ての部屋がその間取りや作り、デザインを異としているため、他の部屋もそうと言うわけでは決してない。杜乃の部屋に関しては、彼女の希望でそのような作りとなっているのだ。まるで地下にあるように陽の光とは無縁の部屋だが、施設の最上階に当たる6階に位置しているため、最高はその気になればいくらでもできるはずだったが、杜乃にその発想がなかった。

 民間研究施設である斑鳩いかるが総研そうけん本部ほんぶ東京都とうきょうと目黒区めぐろくに広大な面積を持って鎮座ちんざしている。その中にある特殊技能者保護施設とくしゅぎのうしゃほごしせつCAZEケイジ」は、保護対象の特殊技能が余すところなく最大限発揮されるよう、そこでの生活に関する要望を極力反映するシステムを備えている。本来であればありえない蓮宮のID所有や、殺人事件の捜査への干渉も、全ては杜乃が最大限のパフォーマンスを発揮できるようにするための必要条件として彼女が申請したために可能になっていることだった。

 そんな自分用にカスタマイズされた環境の部屋で早朝の蓮宮との会話を終えた彼女は、MeTISメティスで新たに更新された資料に簡単に目を通しなおした。先ほど5時前に更新され、蓮宮と連絡をとる直前に朝霧とブリーフィングしたところから更新された材料は見受けられない。それを見届けてから彼女はシステム前を離れ、部屋に数カ所設置されている扉のうち、キッチンやバスルームにに続くものではない扉の奥に進む。そこは寝室だった。

 そしてその部屋もまた、基調は白で統一されている。特段潔癖症けっぺきしょうなどと言うことはなかったが、この白に埋め尽くすと言う条件もまた、杜乃が入所時に要望したことだった。

 制服を脱いでラフな格好に着替え、携帯端末を枕元のチェストに置いておく。先に設置されていたタブレットのディスプレイを起動させて、状況が問題ないことを確認。このタブレットは部屋のシステムと共有されており、朝霧や帝智ていちと使った秘匿ひとく回線かいせんの受信が可能になっているため、何か連絡があれば即座に対応することができる設定になっていた。

 環境は完全に捜査協力へと特化していて、到底その部屋が、女子高校生が一人で暮らしているなどと想像もできない。しかし、それがここに住み滅多に外出することのない、杜乃 天加という15歳の少女の現実だった。

 タブレットを確認した杜乃は、眠る前の作業は終えたとばかりにゆっくりとベッドに入る。一旦は仰向けになるが、すぐに体を右に向けた。その体勢が杜乃の癖で、一番落ち着く感触があった。

 杜乃は、まどろみに侵され始めた意識の中でも途絶えない思考に没入していく。

 自分が一人でいる理由。一人を選んだわけ。蓮宮のこと。朝霧のこと。殺意に魅せられた如何しようも無い自分の興味と好奇心。事件としての殺人が発生し、いくら解決しようとも心に焦げ付いたように杜乃の中に凝り溜まっていく人の悪意や殺意の、どろりとした残り香がもたらす抱擁感のような不思議な感覚。誰の中にも潜んでいる否定されるべき欲望や衝動は二分されているはずなのに、それに取り憑かれそうになることが少なくないが、わずかに残る体の傷痕がそれを抑止する。飲み込まれていた頃の自分の過ちであることは自覚している。布団から右手をそっと出す。纏った部屋着の長袖からわずかに覗いている。部屋に一人で眠る時はどれだけ微睡みに支配されそうでもこの作業が必要だ。眠りによって封鎖された意識の中で、自分が暴走しないように。絶対的後悔と絶望的罪悪感の塊であるその傷痕は、やはり戒めであり、しかし命綱であり、けれども毛布のような、特別な思い入れの積み重なった傷痕。溜まっていく悪意と殺意の残滓ざんしかもし出す身をゆだねたくなる抱擁感ほうようかんを切り裂いてくれるのが、全身に散らばったわずかに影を落とすそのいくつかの傷痕と、蓮宮はすみや 叶世かなせという同級生であり、友人であり、恩人であり、またもう一人の杜乃もりの 天加あすかの想い人の存在だった。おそらくどのような形であれ、彼がいなければ、この傷痕はなかったし、しかしこの程度でも済んではいないだろう。また、自分が今の自分でもなかったはずだ。大げさでなく、命の恩人であると思っている。

 その思い出は蓮宮にとっても大きく、しかし杜乃がそれを抱きしめるようにしているのとは対照的に、彼は抱えてしまっているのではないか、と思う。彼自身にもそういった抱えきれなくて立ち向かわなければいけない闇は存在しているのに、自分はそれに協力もできずに助けられてばかりである現実に嫌気は指すけれど、今の積み重ねが、少しでもそんな状況を改善するために作用するのであれば、もう少し、もう少し、と思って止まない。そしてそれが終わる時、きっと自分は彼に殺されるエンディングを望んでいる。

 彼がその境遇や性格から、ほぼ絶対に抱くことがないであろう、彼の人生で最初で最後の計り知れないほど汚れきった無垢な殺意を、一瞬で爆発的に膨張させて暴走させ理性を失った蓮宮から凶暴にぶつけられ、それを私が受け止めて刈り取って、自分に縛り付けて死に沈んでしまいたい。極端で横暴でわがままの極みであることは自覚しているけれど、それは杜乃が純粋に望み、ただ一つ考えられる、彼の唯一存在たった一人になる方法だった。

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