@sEVEnteen
最初に遺体が見つかった、事件発覚から2日目の朝。
始業時間は午前8時30分に設定されていることから考えると、蓮宮が自宅の玄関を出てその鍵を閉めたのは午前7時だ。家から校門に入るまで、何事ともなくスムーズに進めば1時間かからずに到着することを考えると、早すぎる出発とも言える。蓮宮は特段運動部に所属しておらず、朝練などがあるわけでもない。成績も補習が必要なラインでは全くなく、むしろ優秀者の枠に収まる程度の秀才である。しかし、蓮宮にとってその出発時間は特段早いというわけでもない日常的な時間だった。。
駅までの10分程度、眠りたがっている脳を無理矢理に起動させながら散歩のつもりで緩やかに歩いていると、駅に着く頃には覚醒は完了していた。
電車に乗っている時間は25分ほどだ。その間に、端末で何か状況に更新がないか確認する。取り急ぎ、杜乃からの連絡もその時点では入っていなかった。
自身の通う私立酉乃刻高校の最寄駅は学校まで歩いて10分ほどの距離だ。コンビニで水分だけ購入して、一路学校へ向かう。もちろん時間的に後者は空いているが、まだ登校している生徒は少ない。部活の朝練があるものはすでに練習に入っているだろうし、通常通り登校すれば良い生徒はまだ到着していないだろう。始業時間までおよそ40分はゆうにあろうかという時間帯だ。特段用件もない生徒は、その40分も睡眠に充てたいというのが本音だろうが、蓮宮は違った。
コンビニを出ると、端末が震えた。杜乃からの秘匿着信だった。
「はい」
『おはよう、蓮宮』
「おはよう
少し気だるげな杜乃の声が返ってきた。蓮宮は、やはり眠っていないのだろう、と思った。
『ああ。
「大変だなぁ朝霧さん」
『本当にね。仕事だとしょうがないというけれど、もっと自分のことを大事にしてほしいものだよ』
「と、言いつつ、その成果で進展したんだろう?」
『それがなければ進展しないし、せっかくそこまでしてくれたのだ。進展させないわけにはいかない』
朝霧が杜乃と組んでくれている理由の一端が、そんな杜乃の性格であることは間違いないだろう。杜乃にある意味で尽くしたがっている朝霧と、杜乃の性格は相性がいいのだ。
「確かにね。で、詳細をこんな形で話すわけにはいかないんだろう?」
『それもその通り。秘匿回線ではあるけれども、長くなるしね。君はもうそろそろ学校だろう?』
「ああ。もう近くまで来てるよ」
『相変わらず早いな。まだ誰もいないだろう?部活生以外は』
「そうだね」
『毎日なんでそんなに早く登校するのか相変わらず謎だな。習慣なのだろうけれど』
杜乃が苦笑したのが想像できた。不敵に笑っている雰囲気がした。
「家にいてもね。予習もしたいし」
『勤勉なことだ。あ、それで、だ。今日終業は何時頃の予定だい?』
「多分16時頃だけど?今日も行く予定だけど、なにかあるの?」
『いや、予想通りだ。すでに朝霧くんには相談済みなのだが、その時間、校門に朝霧くんの車が君を迎えに行くので合流してほしい。詳細は…昼休みに電話しても構わないか?』
「問題ないよ。一応昼休みになったらこっちからメッセージ送るか」
『その方が的確だな。よろしく頼む。それでは』
と、朝の用件は済んだとばかりに通話を終了ようとする杜乃を蓮宮が制した。
「うん。あ、杜乃」
『なんだい?』
「少しは休めよ。体、そんな丈夫じゃないんだから」
『わかっているよ。放課後に関しても、できれば内容を伝えておきたったんだが、頭がもう回らなくてね』
自嘲気味に言う杜乃。蓮宮はため息の後で、
「まったく。朝霧さんのこと言えないぞ。君が倒れたら前に進まないことだって山ほどあるんだから」
『毎度のことだけど、いつもすまないね。言われないと自重ができない』
「悪いことじゃないけどさ。こっちも毎度言うけど、継続のために休息は必要だからね」
『ああ。少し休むよ。ありがとう』
「いや、いいんだ」
『天加にもそれくらい優しければな』
「あいつは大して頑張らないからいいんだよ」
『あははは。確かにな。では、また昼にな』
「うん。おやすみ」
『ああ。そちらは授業頑張って』
挨拶を交わして、通話は切れた。蓮宮の足は、もう校門を正面に見据えた一本道を中ほどまで来ていた。事件が起こった後、1日が始まるのはこうした杜乃とのやりとりであることが恒例になっていた。ことが起こった後は、これに対応するために家を早く出ている節もある。
放課後か、と蓮宮は思う。正直、下校する生徒がピークに達するタイミングで、校門前に止められた警察車両に乗り込むのは、やや気後れしないでもない。初めてではないし、特段問題はないのだが、蓮宮に関してあらぬ噂が囁かれているとも聞く。覆面車両とは言え、やはり感じられる物々しさはあるらしい。とは言え、蓮宮がその手の噂には否定も肯定も取り合わないので、噂は噂のままで流布され、特段面白みもないらしくすぐに沈静化するのだが、こう言うことがあると再燃する。またそのサイクルか、とも思うが、学校で交流のあるクラスメイトとの間ではすでに恒例行事化してしまっているので、日常的に茶化されるような程度の出来事になってしまっていた。そうなってしまえば執拗に深く掘り下げられることもないので、蓮宮は現状のポジションに納得していた。
そんな放課後の予定が決定した1日が始まりを告げようとしている。校庭から運動部の声がこだましてきた。普段の風景、普段の日常。そんな中、蓮宮には隣り合わせるように殺意がある。慣れてしまっているように感じる自分は、やはり麻痺しているのだろうか、と、晴れた空を見上げた。
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