@sIX

 蓮宮はすみやを、連絡手段としての口実の上で部屋から送り出した後。

「さて。ここからの推想に関しては、正直数パターンに及んでしまう。証拠が少ないからね」

「はい」

 的を得ないような杜乃もりのの言葉だが、しかし朝霧あさぎりは理解しているようだった。

「まず結論から並べて、朝霧君が興味深いものから説明する」

「いつも通りですね。わかりました」

「第一案。親族が絡んでいる」

「親族?」

「第二案。特殊嗜好とくしゅしこうに基づく中毒性の衝動的犯行。もしこの案で行けば、遺体は10倍ではすまないかもしれない」

「うわ…」

「第三案。必要性」

「必要?」

 杜乃は、以上で仮設の結論を全て並べたと言う仕草をしてみせる。それを知っている朝霧も、納得して頷いた。

「どれが、朝霧君としては興味があるかな」

「第一案です」

「やはり。それが、一番わかりづらいからね」

「そうですね。割とそう言ったケースが多いですが、他の二つ、特に第二案であれば、快楽殺人の可能性が高まります。しかし、であれば常習性が発生します。となれば、被害者の身元が割れるような所持品を放置したり、浅いところに埋めて立ち去ると言うのも、ちょっと違うかなと」

「勘が冴えてるね。その通り。反復性を持ちたいなら、自分を追ってくる猟犬に残すヒントは少ない方がいい。じゃあ逆に、なぜそういった身元に繋がりやすい情報を残していったと思う?」

 杜乃の表情が、まるで大好物の謎解きゲームを楽しむような表情を浮かべる。それは朝霧にとって、非常に蠱惑的で、魅力的な笑みだ。

「え、えっと…」

「…ん?」

「あ、そ、それは…隠す必要がないから?」

「なぜ、必要がないのかな?」

「…関係性が、ない。その身元から、自分の素性がバレることがないから?」

「おそらく正解。さすが朝霧君。ちょっと足りないけど」

 杜乃が、一口コーヒーを啜った。ふう、とカフェインの吐息が漏れる。

「あ、いえそんな」

「じゃあ、なぜ彼女は殺されたのか、だ」

「やはり、発見されていない欠損部位が原因ですよね」

 これには朝霧もはっきりと明言した。おそらく現場にも立ち会って、何かしらそこに対する犯人の執着を感じていたのだろう、と、杜乃も推測する。

「ご名答。しかしこれが、残念ながら顔写真付き身分証のものしかない上に、現時点で1人の被害者のものだけどなっている。これでは、もしこの犯罪に連続性があったとしても、統計も傾向も見て取れない。で、ここからは少し不謹慎な話になるだけど」

 そういった杜乃の表情は朝霧に向けてやや申し訳ない雰囲気を作ったが、しかし朝霧ははっきりと返答する。

「はい。この場ですので構わないかと」

「おそらく、すでに1人、ないしは複数人被害に遭っていると思われる」

「え、それは、なぜ?」

 杜乃の断言に、朝霧は少しの意外と、珍しさに動揺の色を浮かべた。

「想像、できないかな」

 杜乃がいたずらっぽく朝霧に、資料を呼び出しているモニタを見つつも横目で問いかける。

「……わかりません」

「衣服の乱れだ」

「衣服の乱れ…ほぼない…」

 記憶もあるが、モニタにうつされた写真を改めて見返しながら朝霧がぼんやりと自分自身と確認するように呟いた。

「そう。おそらくこの穴に運ぶときに地面をこすらせた程度の乱れしかない」

「……ええ。確かに」

「どう言うことだと思う?」

「…首を奪われる被害者が、そこに至るまでに抵抗しないわけがない、と言うことですか?」

「たぶんね。であれば、争った形跡や、施行者の目的が、被害者の首だけだったとしても、その前段階で何かしらの脅しがあってもおかしくないだろう?物理的に考えていきなり首なんてもげないのだし」

 言葉の内容は惨たらしいことないが、その口調はまるであらかじめ計画し尽くしたサプライズパーティの段取りを説明するように流暢で語調が軽い。

「はい」

「とすれば私なら、被害者に一旦別の恐怖を与える」

「別の恐怖」

 朝霧が確認するように反芻する。

「死の恐怖は、恐ろしく強い。しかし、最初からそれをほのめかす場合は、それが最終目的ではない可能性もある。強姦魔が最初死をチラつかせながらも、犯して終わるように」

「…うう」

 呪うような杜乃の言葉に、やや嫌悪感の隠せない朝霧。

「ああ、露骨ですまない」

「…いえ」

「逆だとしたら、衣服は乱れている。少なくとも、強姦ではなくとも何であれ、抵抗する隙を与えなかった可能性がここで出てくる」

「はい」

 話題の軸が変わると、朝霧の調子はすっかり戻っていた。何か特段苦手なイメージが先ほどのやり取りにあったのだろうか。

「どう思う?」

「手慣れている、と言うことですか。一切の抵抗も受けずに、首を持ち去ることができると?」

「私の中では、正解だ。もし初犯であれば、その犯行の拙さゆえにほころびが何かしらの痕跡を残すと言うのは、想像に難くない」

「…確かに。手慣れる前、と言うことですね。それで既に被害者のいる可能性を?」

 朝霧の推察に、杜乃が少し満足そうに頷きながら答える。

「そうだ。まあ、あくまで推想だけれども」

「いえ。とても強烈なヒントにはなります」

「ありがとう。現状、鑑識資料を見た上で言えることは後一つ」

「まだあるんですか」

 朝霧の顔に、明らかな驚きが見て取れたが、杜乃はそのままの調子で続ける。

「後一つだけだよ」

「お聞きできますか」

「もちろん」

「お願いします」

「この施行者は、見つけられたがっている」

 杜乃は断言した。

「見つけられたがっているって、捕まりたがっているってことですか?」

「おそらく。でなければ、遺体を埋没させた地点の穴の深さのデータも鑑識資料で見たけれど、上に積まれていた土の厚さがせいぜい20センチと言うのは、隠匿にしては拙すぎる。これだけの殺し方をする人間が見つかりたくないと思ったら、首同様の切り取り方で全身バラバラにしてあちこちに撒けばいい。逃げる時間、犯行を重ねる時間を稼げるからね。しかしそれを両方ともしなかった。さらに身元につながる情報は全て見つけて下さいと言わんばかりに放置だ。ヒントの三点セット。これでは、ただ見えている背中を追うだけのかくれんぼに過ぎないと思われても仕方ないと思わないかい?少なくとも私がこの手の殺人を実行するならこんなお粗末なことはしない」

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