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 警視庁捜査一課、朝霧あさぎりえんの第一報から彼女が杜乃もりのの部屋に到着するまで、特段情報のアップデートはなく蓮宮はすみや 叶世かなせは空いた時間を杜乃もりの 天加あすかの指導に当たった。

 月に数回しか高校に出席せず、その部屋にいる彼女の授業は、基本一般生徒が授業を受けられない夕方から夜、もしくは基本授業の休みである週末に集中している。それゆえ、やはり一般生徒よりもその時間量は少ないため、在籍する私立しりつ酉乃刻とりのとき高校の非登校生徒対策として実施されている遠隔授業以外にも学習プログラムに参加しているが、もっとも効果的なのは蓮宮との自宅学習だった。

「なんであんなに才能あるのに、勉強こんなにダメなんだろうね。いつも言うけど」

「うるさいよ?殺すよ?」

「君に言われるとほんとっぽいから勘弁してもらっていいかな」

「なんで!?こっちは捕まえる側よん」

「それはわかってんだけど、僕が誰かに殺される運命だとしたら犯人は100%杜乃 天加だってもう遺書に書いてある」

「なんでもう遺書書いてるの!?」

「いつ死んでもいいように」

「なにこの会話。ってか、君はボク以外誰にも殺させないから」

「はいはい」

「その代わりボクを殺すのも君だからな」

「殺さないけどね。はい、問4どうぞ」

「ううー。have?」

「正解」

「よっしゃ!寝ていい?」

「なにそのシステム」

 蓮宮の授業は思いの外スパルタ方式だ。答えられないとなぶられる。対し応える杜乃もりのの声色は、リラックスしていることを伝えるに余りある穏やかさだ。

「むー。叶世くんもうちょっと優しくしてー?こんな繊細な女の子な「関係ないよー」

 蓮宮は杜乃の言葉を最後まで聞くまでもなく遮った。手元の問題集は、まるで模範解答集のように答えが埋められていて、杜乃の数倍のペースで進んでいることが明らかだった。

「この問題集に僕はやらなくてもいいのにやってるんだからね?」

「…うう。はい。頑張ります」

「よろし」

 対面も角も空いているのに隣に座っている蓮宮の手が、杜乃の頭を軽く撫でる。心持ち何かかめてやっているような様子もない。ごく自然な、動作だった。

「へへ」

「いい気になってないで問5」

「はい!」

 その時だった。

 先ほど朝霧からの緊急入電を告げたパソコンからメール着信を告げるような音が二度発せられた。

「あ、朝霧ちゃんきたね」

「朝霧さん、だろ?」

「いいじゃん別にー」

「…まあ、そうか」

 どうせ到着すれば人も変わってしまうのだからいないときぐらいは、と思うところもある。もう2年以上の付き合いであるにも関わらず、こういった杜乃の表情をおそらく朝霧は知らない。もう少し人間関係的な距離間を詰められないものか、と蓮宮は思うけれども、口には出せない。それが杜乃の望みだったとき、それは彼女の負担にしかならないことを知っている。

「開けるよ?」

「うん」

 パソコンが鳴らした通知音が告げた状況は、施設入口に来訪者が訪れたことを告げる音だった。読み取られたIDの情報が杜乃の部屋に設置されているモニターに映し出されている。入室許可と拒否の選択肢が表示されていて、蓮宮が許可のアイコンを選択すると、表示は消えた。

「じゃあ一旦ここまで?」

「そうだね」

「今日は泊まって行く日だもんね」

「違う」

 蓮宮が冷静に、けれども語気は柔らかく指摘する。

「遅くなっても平気だもんね」

 無視する杜乃。

「違う。帰るよ普通に」

 重ねる蓮宮。

「晩御飯どうする?」

 さらに無視して、自分のペースに持っていこうとする杜乃だが、

「帰ります!まったく」

「ぶー。なんでだよう」

 心が折れたのか、決め込んでいた無視をやめた杜乃である。あからさまなふくれっ面が、けれど天然でやっている感じが強く、そこにわざとらしさを感じることはない。蓮宮は、だからこそ性質が悪い、と思う。

「ほら、朝霧さんつくよ。終わったらまた少しやろう」

「はーい」

 テーブルの上の教材をまとめきったときに朝霧苑のが部屋の前に到着したことを告げるノックが響いた。

 一拍の、沈黙。

「…蓮宮」

「了解」

 それまでの杜乃の優しい声音は消滅していて、冷たい金属のような雰囲気を纏った。

 それをまるで合図にするかのように、蓮宮が部屋の入り口に向かい、来訪者に対応する。

「お疲れ様です、朝霧さん」

「あ、やっぱり来てましたね」

「はい。一旦外出した方が良かったりしますか?」

「いえいえ。その分もと思って差し入れ持ってきたので、ちょうど良かったです」

「本当ですか!?ありがとうございます。お預かりしますね」

「はい」

 朝霧から包みを受け取った蓮宮は、部屋の中に彼女を促す。

「失礼します」

「朝霧君。状況は」

 一切の雰囲気を変化させた、と言うか。まるで生まれ変わったような空気感を纏った杜乃がぶっきらぼうに言い放った。

「はい、今共有しますね」

 朝霧が応える。

 ケース、スタート。

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