@fIVE
「現在、被害者の詳細に関してはDNA鑑定待ちの部分が多く、確定情報はその報告以降となりますが、親族と思われる関係者による目視にて、確認できていると言うレベルの信頼情報となります」
「ああ」
部屋に訪れた
「氏名は
「携帯端末は?」
「捨て置かれた所持品の中にありました。電源も入っていて、親族によりそれが本人のものであるのは確認済みです。確度90%程度の確証とは思われますが、現在親族から提供されたDNA情報との鑑定を鑑識が進めておりますので結果が到着次第共有します」
「捜査資料はいつもの?」
「はい。
告げながら、朝霧が自分のバックを漁り、その中から一枚の封筒を取り出す。宛先の記載はなく、裏面の封に封印に印と右下にMPDの文字が押されている。
「こちらです。ケースα;
「ありがとう。なら、一旦アクセスして
「あ、はい。ちょっと、蓮宮さん手伝ってきますね」
「そうか。ありがとう」
朝霧が蓮宮を追ってキッチンに向かうと、杜乃はディスプレイ上段に向き直る。
ショートカットに追加されている「MeTIS」と言うアイコンを選択。それまで静かだったタワー型PCがファンの音量を増加させる。表示されたのはIDやパスワードの簡易的な入力画面だ。杜乃はその入力欄に、今しがた朝霧から受け取った情報を入力してログインする。
するとまるでロード時間がほぼ皆無であるかのように、データ化された操作資料が表示される。
鑑識によるDNA鑑定の結果がつい1分前に更新されていた。
父子、母子を含んだ両親との鑑定結果の一致率は99.99%とされていた。
これで身元は確定した。両親が最後に会えたのが首の無い娘の体であると思うと気の毒ではあるが、杜乃は被害者に対面することも接触することもない。心の中で冥福を祈り、心中察するのが限界で、それ以上は彼女に取っても必要ではなかった。冷酷な対応であるとも思うけれど、それしかできないのだし、被害者感情に移入して自分のすべきことが曇っては意味がない、と納得していた。
「お待たせ」
情報に一通り目を通した頃に、蓮宮と朝霧が戻ってきた。
「いい香りだ」
コーヒーの芳しい匂いが杜乃の鼻をくすぐった。目の前に乱暴にちぎられた首の断面を見据えながらのコメントとは思えないが、慣れとは怖いものだ。
「朝霧君、鑑識からDNA鑑定結果がアップロードされていたよ。一致率、99,99%だそうだ」
「やはり、そうでしたか。あ。どうぞ」
朝霧が、持参したケーキと、蓮宮の淹れたコーヒーをライトキーボード脇に差し出す。
「ありがとう。ロールケーキ、好きなのを知っているのだったね」
それまで資料をディスプレイ越しに眺めていた杜乃の表情がほんの少しだけ和らぐ。付き合いが長くなければ気づかない程度の変化だろう。
「今日はちょっと早いんですけど、スイカ入ってるんですよ。面白そうだったので、自由が丘で買ってきました」
「大分グロテスクな方面の殺人事件のを扱う話をすると言うのに、相変わらず呑気だな」
「いいんです。ここにいるときくらい、署内の殺伐とした空気から逃避したいんですよ、いつも通り」
「話す内容は一緒だと言うのにね」
「いいんです。何か、思われましたか?」
「ああ」
朝霧が話を事件の本軸に戻すと、杜乃の表情は瞬間前の鋭いものに戻った。蓮宮は話を挟むことなくケーキとコーヒーに向かって舌鼓を打っている。
「この、首の断面だが」
「はい。明らかに異質ですよね」
「ああ。葉物は使われていないな。強力な力でねじ切られたような断面に見える」
「鑑識の
言って朝霧が遠慮もなくケーキを頬張った。一口が大きかった。
「それも考えられる。この資料を帝智教授に送っても?」
「事情によりますけど、基本問題なしです。ただ事情は伺います」
「これは、キャリア犯罪の可能性がある」
そう言って、杜乃はケーキの一口目を頬張って、コーヒーをややすする。
「9課の出番ですか?」
「能力の乱用者かどうか、もしくはケースとして9課が扱うものかどうかは大和女史に判断を仰ぐ」
「そこまで危険性はないと?」
朝霧が不思議そうに聞き返した。明らかに猟奇的であり、もしキャリアであれば危険性は通常の人間の何倍にも膨れ上がるが、その可能性は低いと言う。朝霧にはすぐには理解できない推察だった。
「おそらく」
「もうそんなに推想進んでるんですか?」
推想。それが、杜乃が警視庁に重宝される最大の理由だ。
「比較的簡単だよ。ただ、すでにもう一人の被害者がいて、この中塚遥子が二人目である可能性は見逃せない。覚悟したほうがいい」
冷静に、まるでもう一人殺されていることに対して当たり前であるかのように言う杜乃。
「この遺体が、二人目?」
言いながらの朝霧の怪訝な目つきも無理はない。普通にもう一人きっと殺されていると言い放つのは、朝霧にとっては不謹慎な発言に思えたのだ。そのあたりの倫理は、刑事とはいえ個人の感情だ。そして杜乃は、そんな朝霧の反応を快く思う。殺人が日常な自分のように、殺意と血液に染まって欲しくないから協力している。しかし続く言葉は、朝霧の希望に反して、
「ああ」
と、肯定である。
「根拠は?」
「着衣と、持ち物かな」
「説明をお願いします」
「その前に、蓮宮君」
「ん?なんだい杜乃」
「帝智教授にアポを取ってくれ。通話でいいから」
「同じ敷地内にいるんだから行けばいいのに」
「そこまでの必要はないよ」
「わかったよ。電話してくる」
「すまんね」
杜乃の送り出すような発言を耳にして、蓮宮が立ち上がると、杜乃と朝霧は見送るように黙ったまま玄関から出て行く蓮宮の背中を無言で見送る。
「さて続けよう」
「杜乃さん、蓮宮君にここから先を少しでも聞かせないようにしたでしょう」
「ここから先には、彼が頑なに理解を拒む『愛情』が関わってくる可能性ごくわずかだけれどがあるからね」
「なんだかんだ、巻き込んでおきながら優しいですよね。杜乃さん」
「やめ給え朝霧君。あまりそこを刺激すると、私が
「あ、はい」
杜乃と朝霧の二人に変わった部屋で、杜乃の推想が続く。
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