@Twenty-OnE
その日の時間が、16時丁度を10分後に見据えている頃。
「ありま。はっすー、今日はすぐ帰るん?」
「そうだね。ちょっと用事があるんだよ」
「ふーん…あ、
納得したような相槌の後は、蓮宮にしか聞こえないような小声だった。
「そんな、いちいちひそひそ話でなくてもいいんだぞ?それなりに知られてるんだし」
「までも。ほら、変な噂立てられるのも嫌だしょ?」
「たしかに、面倒っていうのはその通りだけども、事実は違うから別に」
「ふーん。あ、やっぱ今日はそうなんだ」
「うん。なんで?」
「いや、今日のうちゃんが部活出れないから休みなので、みんなでどっか行こうって今話してたんだ。よかったら誘おうと思ったからね」
「あー。タイミング悪くてすまん。また今度よろしく」
「うん。頑張ってねー」
「何をだ」
「いろいろ」
「お気遣いどうも」
「いえいえ。そんじゃまたあしたーん」
「うん。じゃあな」
そんな、高校一年生の放課後らしい会話をクラスメイトの華厳と交わした蓮宮はすれ違うクラスメイトとも挨拶を交わしながら教室を出て、昇降口を経由して校門に向かった。
何度か乗車したことのある警視庁の覆面車両はまだ見当たらなかったが、数分で到着し、助手席の朝霧に自社内からのジェスチャーで乗車を促される。
運が悪いのかなんなのか、校門を出る生徒が少なくないタイミングで車に乗車する羽目になった。後部座席にスモークは貼られているが正面から見たら後部座席に杜乃が乗っているのははっきり確認できてしまう。しかも校門の真ん前だ。なんてことだ、と蓮宮は思うが、乗車しないことには仕方ない。
渋るような素振りで後部ドアを開けて滑り込みなるべく早くドアを閉め、傍らに通学バッグを置いた。その奥には杜乃が
「接近しすぎですって、
「いやー、遅れちゃったから、つけてもらっちゃった。文句は
「あ、昼々蕗さん。お疲れ様です。ご無沙汰してます」
「久しぶり!蓮宮くん。元気だったかい?」
「はい。おかげさまで。今日は同行してくださるんですね」
そんな会話をしている間、車両は校門前を離れない。フロントガラス越しの下校していく生徒たちの視線が気まずいのはいうまでもない。
「よし、行こうか。これ以上蓮宮くんを晒し者にしてもかわいそうだ」
蓮宮が乗り込んで初めて聞いた杜乃のその肉声は、少し楽しそうだった。
「了解です。とりあえずここは離れる方向に進みますけど、最初はどこに向かいましょう」
「少し待ってくれ」
ハンドルを握る昼々蕗が全体に問いかけた言葉を受け取って返答したのは杜乃である。その間に、車は下校中の生徒たちの間をゆっくりと縫うように抜け出していくと、注意深く聞かないと意識できないエンジン音が重く響く。
その言葉の後、杜乃は数枚の書類の入ったクリアホルダを蓮宮に差し出した。
「その、杜乃さんからの資料は、今日、尋ねる容疑者の分です」
注釈を入れたのは朝霧だ。その言葉の間に受け取った資料を眺める蓮宮に、今度は杜乃が声を投げる。
「朝霧くんと相談させてもらいながら、資料を作って来た。蓮宮の意見も是非伺いたい。それによって順番を決定できればと思っているが、どうかな?」
その杜乃の指示を受けて、蓮宮は無言で資料を一読する。入ってくる情報は、斑鳩総研帝智教授に依頼した結果寄せられたキャリアの情報に、杜乃と朝霧が最低限の操作と推想で付け加えられた情報だった。
それを、杜乃との昼食時の通話でも蓮宮に告げられた通りの3名分に目を通す。
「……この人」
蓮宮が数分で取り上げたのはそのうちの1名、男性の資料だった。
「…やはりか。傍観者の力は伊達じゃないな」
「昼々蕗くん、予定通り、中野に向かってくれ」
「了解です」
やり過ごすようなドライブをしていたその車両が、指針を持って動き始めた。朝霧も昼々蕗も、その杜乃の指示に疑問を挟むことはなかった。
「でも、いいのか?杜乃」
「なにがかな?」
「今の僕の発言がまるで決定権みたいになっているけど」
「ああ。そんなことか」
杜乃は少しヤラシイような微笑みを浮かべた後で、したり顔で語り始める。
「実はね、蓮宮。昼過ぎに朝霧くんが部屋に来て、電話で話したところまでの絞り込みの経緯を説明し、その上で、昼に伝えた参院からさらに絞り込む、というか、捜査の優先順位をつけるという作業を先ほどまで行っていてね」
杜乃は蓮宮の手から資料を再度受け取り、眺めながら続ける。
「その中で、朝霧くんと私の中で、先ほど君が示したこの中村という男の名前がすでに上がっていたんだ。服飾にダメージが少なく、暴行の痕跡がないことから性的欲望が犯行に影響していないだろうこと。さらには頭部に対するこだわり。そして糸切り鋏。決定的な動機の部分に関しては推想にも至らない想像の域を出ないが、だからこそ、直接出向くことにしたんだ。もちろんこんな根拠では捜査令状はないから、向かうところは自宅などではないがね」
「じゃあ、どこにいくんだよ?」
得意げに話して来た杜乃の言葉のオチは説得力に欠けるものだったため蓮宮はそこに触れざるを得なかった。明らかに杜乃の思わせぶりな話運びに乗せられている感じが否めなかったし、その意図には気づいていたが、蓮宮は気にしなかった。
「彼の経営している自営業の店舗に赴いて見ることにした。世間話程度でも何か引き出せればと思ってね。権限のない私には、それくらいの小さいピースをかき集めてつなぐしかないのは知っているだろう。と、そこで、私と君の出番でもある」
「どういうことだ?」
「スーツの男女コンビと、高校生の男女であれば、まさかグルだとは思われないだろう?」
「…なるほどね。無関係の一般客のふりして伺うわけだ」
「ああ。うまいことやってくれよ、蓮宮くん」
「自分で聞き出すつもりはないのね」
「こういうことは苦手だからな。しょうがない」
「はいはい」
蓮宮のやや呆れの色の見える声色の響く車内。その車両は容疑者とされる中村という男性の経営する店舗を目指して、順調に距離を詰めて行っていた。
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