@thRee

 叶世かなせ杜乃もりのからリクエストされて買い出してきたそれらは、彼女の好物であるパンケーキの調理に必要な材料だった。

 手伝うという杜乃の言葉の通り、制服姿のまま真っ白な部屋から別の部屋に続くであろう扉のうち一つを開けキッチンに進んだ二人は、早速最初の部屋同様に真っ白なキッチンに二人で立ち、手際よくパンケーキを5枚焼き、バターと蜂蜜と生クリームをトッピングした後で、最初の部屋に戻って食した。ちなみに杜乃が3枚重ねだった。

「ふう。いつも通り素晴らしく美味しいパンケーキでしたっと」

「相変わらず好きだよね。パンケーキ」

「人類思考の発明はこれとラーメンとエビチリだっていつも言ってるでしょ」

「もう趣味がわかんないよねやっぱり」

「毎度のことよ」

 と、杜乃が吐き捨てるように口にした時、叶世が部屋を訪れた時に杜乃が向かっていた6面モニターのうちの一つが赤い光と、部屋の各所に設置されたスピーカーから緊張感を煽る警告音が放たれた。緊急事態を告げる太いスラッシュが一定の間隔で並んだピクトグラムがモニター表示領域の上下に表示され、その間には大きく「1」と、同じく赤で表示されている。

蓮宮はすみや

 先ほど叶世と呼ばれていた少年は、まるで目つきを変えた杜乃からそう呼ばれ、呼んだ杜乃は、呼びつけつつも叶世の反応は無視してモニターの設置されたデスクに着き、慣れた手つきでその表示にすぐ応答する。

 するとモニタの赤い表示は消えて、音声信号を示す波形のグラフィックに変わった。

 そのモニタに告げられたのはインターネット回線を介した音声通話だったのだった。

「こちら杜乃」

 応答したのは杜乃。

『警視庁捜査一課強行犯猟奇殺人係の朝霧あさぎりです』

「朝霧くんか。どうした」

 通話の相手はおそらく年上の刑事だと思われたが、杜乃の口調には下手に出る気配がない。

『本日未明、東京都杉並区の雑木林で不審物が発見されました。ほど近くの地表が荒らされていたため周辺を捜索したところ、女性のものとみられる遺体が発見され、通報に至りました。まだ確認は取れていませんが、不審物はその遺体の所持品と見られ、中には財布、身分証明証、携帯などを確認しています。身分証としては運転免許証とクレジットカード、キャッシュカードなどで氏名一致を確認していますが、現在身元確認中です。現状での情報は以上です』

「それだけ揃っているのならばなぜ遺体の身元と一致しない?」

『首がありません。顔認証による身元確認が不可能な状況です』

「なるほど。それで私に」

『はい…個人的な見解ですが、これはもしかすると』

「連続性を覚悟したほうがいいかもしれない。すでに2体目3体目の遺体がある可能性を考慮しよう」

『やはり』

「個人情報は全て残した上で首を切り取る。怨恨とは考えにくい」

『はい。同感です』

「了解した。これより本件をアルファ24として専従する」

『よろしくお願いいたします。この後、身分証から判明した関係者の元へ向かいます。そのあと、お伺いします』

「了解」

 そこで通信は終了し、ディスプレイが通常のデスクトップを復帰させる。

「まーたですか」

「ああ。悪いね蓮宮。朝霧が着くまでいてもらっても?」

「もちろん。課題でもやってるから」

「あ、課題!それ私もやらなきゃなやーつ!」

「そうだよ杜乃。せっかくだし、朝霧さんが来るまで一緒にやろう」

「うん……」

「なんで勉強になるとテンションだだ下がりなんだよ」

「いいじゃん!あたしがこう言う体質なの知ってるのって叶世だけなんだもん」

「朝霧さんだって知ってるでしょ」

「あと大和ちゃんね」

「いっぱいるじゃん」

「でもあの二人とはほとんどこっちのモードでは話さないしね」

「仕方ないね、それは。君のことわりだし」

「うん」

「じゃ、コーヒー入れてくる。砂糖いる?」

「牛乳も」

「はいな」

 蓮宮はそう言うと、席から離れてキッチンに繋がる扉の向こうに消えた。

「…ことわり、か。なら、君に殺されたい終わらせられたいのも、そうなのだろうね」

 杜乃もりの 天加あすかが一人残された部屋に響いた声に、答える声は、ない。

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