@twenty-eight

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 その部屋の床はどうやら円形のようだった。その中心から外周に向けて、彩り豊かな様々な色の円がまるでランダムに広がっていく。さながら、様々に彩られたチューブの真ん中を高速で突き抜けていく風景のように色が広がり、その円の展開が速度を上げ、10秒と経たずに次第に混ざっていき、最後は白を前面に展開した。するとその真っ白の円の外側にもう一周外周が設置されていたようで、そこから対角線を目指すように照明のような光が、二人の立つ地点の反対側から時計回りに点灯し始める。その光の行く末は天井で、その造形が露わになると、その空間がまるでプラネタリウムのように、球を直径で半分にしたような半天球はんてんきゅう状であることがわかる。

 外周の照明が点灯し始めると杜乃と蓮宮の二人は、ゆっくりと真っ白に発光する床を歩いてその部屋の中央に立った。

 見上げると照明の行く先が視界に入る。それはプロジェクターのようになっていて、文字を投影していた。

 それらは、今回の殺人に関連する言葉が連なっていた。外周のプロジェクターの光が一周すると、天井はその言葉たちに埋め尽くされた。

「今回は半分なんだ?」

「ああ。解決しかけているし、あとは捜査一課による指紋照合と物証の確保を待つだけだろうし。もし的が外れていても、そこまで難解な事件ではないだろうと踏んでいるからね」

「なるほど」

「そして現状、ここからさらに推想すいそうする余地もないしね」

「まあ、材料的にはそうだけど。しかし、相変わらずあの単語はあるんだな」

 見上げながら話をしていた蓮宮はすみやの目線が、ある単語を捉える。

 その視線の先にある言葉は”MAAT”という英単語らしき言葉だった。

「今回もその影があるってことか?」

「いや、それはないと思うが。まあ、いましめだよ。正直、影がある事件においても、”MAAT"に関しては私の推測の域を出ないしな。全くもって尻尾が見えない」

「本当にあるのかね。あんな組織」

「わからん。だが、その言葉が、これまで複数の殺人になんらかの形で関与しているであろうことを考えれば、存在はしているのだろう。まだまだ幽霊のような薄い影だが、ね。しかし、その影を捉えたタイミングが、私の思い過ごしや思い込みだけでなければ、そんな組織は存在してはならないものだしね」

 そう語る杜乃もりのの言葉には、珍しく少しだけ正義感のようなものがにじんでいるように思えた。

「殺意を作り出す、か」

 蓮宮が、ぼんやりと独り言のように呟く。まるで日常的な言葉のように溢すが、その言葉の中身はおぞましいものだった。

「その原理も正確には不明だしね」

「そんなことできるのかなぁ」

「全くもって不可能ではないよ。短期的なものであれば、ある種の強力な催眠なんていう手段もあるしね」

「まあ、そうだけど、そんな単純じゃなさそうなんだろう?」

「ああ。しかし手がかりが少なすぎてね」

「もし今ある杜乃の予想がどれか一つでも当たっていたら、そんな組織は堂々と表には出てこれないだろうしね」

「その通り。しかし存在している以上、何らかの活動はあるはずなんだ。であれば、接触している人間もいるし、接触してくる人間もいるはずだ。それが、この世界に干渉していることも間違いではない。そしてそれらが、今までその言葉に触れていた施行者に共通のただの妄想であるとも考えづらいしね」

「それはそうだけど…」

 蓮宮は、そんなふうに唱える杜乃の言葉にもどこか懐疑的である。この話になると、彼は疑いしかないかのように慎重になることを杜乃は知っている。しかしそれは、必要な冷静さであるとも取れる。蓮宮が傍観者たる性質かもしれない。

「傍観者はそのスタンスでいて欲しいと思うよ。この件になると、私は多少ムキになってしまう癖があるのは自覚しているからね」

 杜乃の言葉は、蓮宮に少し自嘲的に響いた。

「っていうか多分、はっきりするまではこんな感じでいざるを得ないと思うよ」

「…だろうね」

 杜乃は一通りその天井に照らされた文字たちを眺め、一つうなづいた。

「いけたかい?」

 蓮宮が、杜乃のその様子を目にして、問いかけた。

「ああ。今回はすでにほぼ出来上がっていたこともあるし、大して時間はかからなないな。特段必要でもなかったけど、まあこのデュームは癖というか、儀式みたいなものだしね」

「僕は純粋にここが好きだから構わないけどね」

「ははは」

 それからしばし、無言でその言葉たちに彩られた宙を二人は無言で眺め、杜乃の合図でそのデュームと呼ばれた部屋を後にする。

 そしてその事件の記録とされる、杜乃が”殺意構文”と呼ぶログを作成しているうちに、捜査一課の朝霧あさぎりから指紋照合が完了し、部分的だが一致したため任意同行が決まったとの連絡が入った。

 事件は解決に向かっていく。

 しかし杜乃が、その場に居合わせることはほとんどない。そこまで辿り着ければ、もう杜乃の役割は完了している。むしろ、いち高校生に法の執行に関してできることは現実的に皆無だ。そこまでの協力者だが、朝霧が、それが非常に重要であると認識している以上、杜乃が捜査協力から離れることはないし、そのつもりもなかった。

 そんな状況が異常であることを、杜乃は時折自覚するけれども、それと同様に、自分が普通の高校生活を送ることもまた異常であると思う。想像しただけで、自嘲しか出てこない。蓮宮も初めの頃であればこそ、そんな生活はやめるように指摘を続けていたが、一年も経つとその話題が蓮宮の口から出ることはなくなっていた。協力者として取り込むことに成功した、と杜乃は思っている。どうせ誰かに迷惑をかけてしまうのであれば、すでに被っている蓮宮を巻き込むしか、選択肢がなかったとも言える。

 そしてそのきっかけは、二年ほど前、蓮宮と杜乃の最初の邂逅かいこうの時から始まっているのだ。それはまるで作為的だったが、ある意味では運命的であったのかもしれない。

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