@sEVEn

「今回の件に関しては証拠だらけだ。不謹慎ついでに言うけどここまでは正直つまらない。おそらく、何らかの指向性によって首を集めていて、しかしその行為が自分では許せない、止められないから、見つけてもらいたい、そして止めてくれと思っている。しかし、その、そそ楽繰り返しが今回見つかった遺体、だろう。早急に今回の現場にほど近い雑木林なりを捜索した方がいい」

 杜乃は、資料に視線を泳がせつつ時折朝霧の顔に泳がせつつ言い切って見せた。正直、その言葉に朝霧が言葉を挟む余地もなく熱心に注力していたという側面もあるだろうが、推想している杜乃にはこういった側面が時折現れることを、朝霧は知っていた。

「了解しました。この後緊急で手配します」

 言いながら、すぐに専用のアプリケーションで各院に連絡メッセージを作成して飛ばす。

「しかし、こんな滑稽な話を、捜査一課が受け入れてくれるか?」

「捜査一課、強行犯係なら別です。私たちは、ただでさえ頭のネジを違えた猟奇殺人犯を相手にしてるんですよ。多少はその思考に毒されているかもしれませんし、とすれば、今の荒唐無稽な話に少しでも可能性を感じるなら、頭ごなしに否定することはないメンバーです」

 杜乃の、実は毎度飛び出す自信なさげなその発言に、これもまたいつも通りというように返す朝霧。もはやこの槍とはルーティンになりつつもあるようだ。

「いかれているね。サイコ課って言われるだけはあるか」

「必要性です。誰かがやらなきゃいけないけど、早々志願者なんていませんし」

 まるっきり悪口にしか聞こえないその言われように、苦笑しながら朝霧が答えた。その笑みは呆れた様子というよりは、毎度のことだから仕方ないしもう慣れたなぁ、という卑下にも似た感情もあるようだった。

「ここにいるけど」

 そんな自らを小馬鹿にしたような発言にも杜乃は真正面から向き合った。

「高校生ですし」

「まあ、確かにね。ただ」

「ただ?」

「施行の流れは何となくわかる。けれど、肝心の人物像が見えてこないんだ」

 逆説は朝霧の所属する組織の話ではなく、また犯人にたどり着くための推想に強制的に戻された。

「こればっかりは、不謹慎の極身として言いますけど、被害者の交友関係や怨恨から辿れない以上、類似性がないと、流石に厳しいですよね」

 朝霧は、やはりそういった被害者感情に沿うようなことを口にするときに申し訳なさそうに眉を下げる。

「推想するにはね。このヒントまでで誰かにたどり着ければ理想ではあるけれども」

「それはもちろんです。ちなみに、現時点ではどういったことが浮かび上がりますか?」

 少しでもヒントが欲しい、と言いたげな口調で朝霧が放ったとき、扉がノックされた。

 電話を終えた蓮宮ではないか。

「あ、蓮宮くん。今開けるよ」

 杜乃は、蓮宮に頼んだ用件が済み、その子から先の話であれば蓮宮に影響がないと判断したようで、その扉をおとなしく開けた。

「あ、杜乃。30分後に通話のアポが取れたけど、大丈夫?」

「30分後?問題ないよ。それくらいなら、朝霧くんも同席できるかい?」

「遠隔のグループ通話ならもちろん」

 朝霧が胸を張った。

「なら良かった。あ、ごめん。話の途中だったよね。続けてもらって」

 蓮宮が、それまでの流れをろくに知らないはずなのに続きを促した。

「ああ…人物像だったね」

「はい」

「おそらく施行者は…男性かな。これはインスピレーションだからあてにしなくていい」

「はい」

 控えめな杜乃の言葉に、朝霧は流すように受け答える。彼女が必要性を下げた時は、杜乃の推想に自信がないという証拠であることを。これまで繰り返されてきた経験で知っている。

「そして、頭部にまつわる何かを日常的に行なっている人物」

「頭部にまつわる何か?」

 曖昧な杜乃の言葉に、朝霧が首を傾げた。

「もし仮に、人体のパーツ収集が目的なのだとしたら、そのほかに全く欠損がないのが違和感なのだよ。人体に対して嗜好性を拗らせた人間が、そうそう短期間でオンリーワンの素材を手に入れられる可能性は低い。となれば、保険や選択肢として、せっかく一人殺したのなら、手なり足なり胸なり持っていくはずじゃないかな。持ち帰って自分の理想的な人体に合うか合わないかを吟味したらいい。しかし、それが、首だけ。しかも傷口は綺麗でも何でもない、単純にねじ切ったような傷跡だ。首すら綺麗に確保する必要がない可能性もある」

「殺意の芸術性」

 かつて、杜乃の口から、朝霧が聞いたことのある、ある一定の指向性をくくる象徴としての固有名詞だ。

「そう。私が過去に唱えたそれだね。なのにそれをしない。と言うことは、首ではなく、頭部、に執着があると考えられる。現時点の証拠では多少強引だけれども」

「いえ。その前提でお伺いします」

「とすれば、頭部に嗜好性を持つ。ここから先は、いろんなパターンになるし、視点の角度も必要だから、今は正式には言えない」

 杜乃の言葉は、後半に差し掛かるに連れて自信がなくなっていく飲酒が強くなる。根拠が少ない現状で断定するのは迂闊であるということを認識した上で、さらに朝霧がそれを察することができる人間であるとして放っている言葉だった。

「わかりました。それでは、取り急ぎその絞り込みを待つ間に、杉並から範囲を拡大して捜索をする方向で動いてみます」

「もしかすると失踪者として届けが出ているかも」

「それは、第一被害者が見つかった時点で手配してるので、そろそろMeTISにも上がるかもしれません」

「さすが。優秀」

 朝霧の、杜乃の思い至らなかった先回りに、素直な翔さんが飛び出した。

「とんでもありませんよ。杜乃さんとのこうしたやり取り、基本私だけなので集中させていただいていれば、こうもなります」

 謙遜しつつも嬉しそうな朝霧である。本来であれば組織の外部の人間であるのは杜乃の方であるにも関わらず、朝霧は杜乃を尊敬しているのかもしれなかった。

「教育の賜物ということかな」

「過剰な、ですけど。それじゃ、配備するため署に戻りますね」

 朝霧が席を立つ。

「ああ。お疲れ様。ケーキありがとう。美味しかったよ」

「本当ですか!?ここの好きなんです。また持ってきますね」

 まるで普通にお茶を楽しみに来た友人かのように朝霧が言う。誘った杜乃も同様だった。その実、友人、なのだろうか。

「ありがとう。蓮宮くん」

 後半は蓮宮に何かを促すような口調だ。

「もちろん。エントランスまで送ってくるね。待ってて」

「ああ。頼む」

 この施設は一度入ると施設用のIDを持っていない人間であれば出ることもできない。入るときに自らの身分だけを杜乃の端末に告げるためだけにエントランスでIDを提示した朝霧は、自力で出ることもできないのだった。

 蓮宮と朝霧が連れ立って部屋を出た後、杜乃は再びMeTISの捜査資料に向き直る。

 見落とすな。

 忘れるな。

 この殺人を行った人間の思考を、トレースしろ。

 2年どころではなく以前から行われている。

 事案を受領した自分に対する呪い。

 存在意義を、作るための希望。

 自らの、罪と罰を認めるための、束縛。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る