@tWo

 とある日の昼下がり。

 暦の上ではやや早足な情景だが、空からの日差しもこれから訪れる夏を見据えているのだろうかと言えるほどに、5月の初旬としては強めな印象の天候だった。天気予報も全国的に例年より気温が高くなるという予報を出していたその日、通っている私立酉乃刻高校しりつとりのときこうこうから日課のようにとある場所に向かうとある男子生徒の姿があった。制服姿に、スクールバッグを下げている。

 その男子生徒は目的地最寄りの駅を降りて、ここまでの道中でスマホによる取材を終えた買い物メモを見ながら買い出しを済ませ、一路その施設に向かった。

 買い物袋を下げてスーパーとは反対側にある施設に向かうため線路の下をくぐって駅の両側をつなぐ自由通路を歩いていた。するとちょうど生徒が下校に使う方面の電車が到着したt頃らしく、改札からその男子生徒と同じ制服を着た生徒たちがちらほらと出てきていた。そんな時間に一足早く買い物を済ませてしまっている自分になんとなく気恥ずかしさを覚える。しかもその買い物は自身のためのものではないことが、その気恥ずかしさを助長させていた。慣れているはずなのにな、と思いつつも、高校生になってわずか一ヶ月ばかりの彼にとってはなかなか慣れないものだったのだろう。

 そのまま目的地に向かう。駅から徒歩で10分かかるかどうかという目的地に向かう間、道のりの半分を経過したところで、買い物メモを要求した相手に、間も無く到着する旨の報告を入れる。

 目的地は、特殊技能者保護施設とくしゅぎのうしゃほごしせつ・通称「CAZEケイジ」と呼ばれる、特殊な施設だ。近年スポットが当たって久しいサヴァン症候群しょうこうぐんや共感覚者などが、日常生活に支障を覚えたり、不自由なまでに能力が強い場合、またなんらかの事情によって保護が必要な場合にその保護を担当する機関である。その入所条件の一つにとある特殊な項目が存在する。それは、「本人の心身、身辺への危害を排除した上で、本人の意思により可能な限り犯罪捜査への協力をすること」というものだった。

 そしてそこへ向かう男子生徒が訪れる人物もまたその御多分に漏れていない。おそらく捜査協力者としてはかなりの件数に関与している人物に数えられる実績を持っているだろう。

 施設の敷地内に足を踏み入れる。実際その敷地内にあるのはCAGEだけではないので、その敷地は広大である。しかしもはや通い慣れた様子の男子生徒はその中を迷うことなくすいすいと進み、外見がまるで中世の神殿を模した博物館のような施設の入り口にたどり着き、下げていたバッグから首掛けのIDを取り出してエントラス脇のリーダーにかざすと問題なく認識されエントランスヘ進む。受付に座る守衛に会釈で挨拶し二言三言交わしてからエレベーター前に到着、階上を目指すボタンを押して待つ。

 到着を待っているうちに何人かが合流した。後から来た人物たちは全員がスーツ姿で制服姿の男子生徒は明らかに異質で目立っていたが、周りも意に介した様子はないらしい。エレベーターが到着し、ほぼ全員が乗り込み、男子生徒は6階のボタンを押した。到着までに、同時に乗り込んだスーツ姿の面々は途中下車していき、6階に到着した時は男子生徒一人だった。

 エレベーターの扉が開くと、目の前には窓のない真っ黒な壁と天井、ベルベッドのカーペットの敷かれた床で構成された廊下が長く走っていた。天井角に途切れることなく埋め込まれた昼光色の明かりが照らしている。

 男子生徒はエレベーターを降りて進み、途中で90度に別れた道を無視して直進、その廊下の突き当たりにある扉の前に立った。

 0643、というナンバーが、真っ黒な扉の左手に掲げられている。

 それを確認した男子生徒は扉を3度ノックした。

杜乃もりの、入るよ」

「ん?どうぞ」

 この受け答えで、男子生徒は部屋の中にいる杜乃という人物が今は捜査協力関連の作業は行なっていないことを悟り、扉をあけて中に入った。

 広がる空間はほとんど黒塗りの廊下とは打って変わって、真っ白な部屋だった。ここにも窓はない。

「おかえり、叶世かなせくん」

 迎えたのは部屋の奥で六面のディスプレイに向かってなにやらやっていた女性だった。こちらも男子生徒と同じ私立酉乃刻高校の、女子生徒の制服を着ていた。

「いつも言うけど、ここは僕の家じゃなくて君の家だろ」

 叶世と呼ばれた男子生徒が呆れたように言い返しながら、買い物袋を部屋の中央に設置された真っ白いテーブルの上に置く。

「いずれ一緒に住むことになるんだからいいじゃん。固いこと言わない」

 デスクに合わせられたチェアに体育座りしている女子生徒、杜乃もりのは、その椅子をくるくると回しながらあっけらかんと言う。

「相変わらず本当に本気なのそれ…」

 叶世はこれにも呆れたように返す。その様子から、どうやら毎度のことらしいことが見て取れる。

「それより、買ってきてくれた?」

「あ、ああ。もちろん」

 楽しそうに椅子から降りて叶世の元に歩み寄ってきた杜乃が、叶世がテーブルの上に置いた買い物袋を覗き込む。同時、叶世は少しだけ得意気に答えた。

「じゃ、やりますか」

「うん!手伝う」

 窓のない、壁も床も天井も、その部屋にある机もパソコンやディスプレイのデザインも全てが真っ白い部屋の特異性は二人にとって当たり前のことのようだった。

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