第21話
「そういえば」
両端にテントの並ぶ通りを歩きながら、栗崎さんがふと口を開いた。
「映画は本当に火曜日で大丈夫?」
「僕は大丈夫。栗崎さんさえよければ」
周りが騒々しいので、お互い声を少し張り上げないと聞き取れない。
「よかった」と栗崎さんはいつもよりはっきりとした声で笑って
「じゃあ、火曜日に行こう。今度こそ約束ね」
ちょっと悪戯っぽい口調で、そう付け加えた。
栗崎さんは少し進むたび、目についた模擬店や展示を覗きに行くので、なかなかステージまでたどり着けない。だけどとくに急いでいるわけでもないし、なにより栗崎さんが楽しそうなので、なにも言わずのんびり付き合っていたのだけれど
「あれっ?」
栗崎さんが前方にあるひとつの屋台のほうを見ながら、ふいに声を上げた。目を細め、まじまじと眺めたあとで、「あ、やっぱり」と呟く。
そうして僕のほうを振り返ると
「ごめん宮田くん、友達見つけたからちょっと話してきていい?」
ぱん、と顔の前で手を合わせながら言った。「いいよ、もちろん」僕は笑って頷く。
「適当にこのへん見てるから」
「ごめんね。ちょっと行ってくるね!」
手を振って、栗崎さんが屋台のほうへ駆けていく。
その背中を見送ってから、何気なく辺りを見渡したときだった。
「――え?」
目に留まったのは、クレープを売っているひとつの屋台。
僕は人の流れを避けるように、道の脇へ移動した。そこからあらためて、その屋台を眺めてみる。
中でクレープを売っているのは、二人の男女。二人とも揃いの黄色いジャンパーを着ている。
男のほうが愛想の良い笑顔で、買いに来た女の子にクレープを差し出す。正面から見えたその顔は、間違いなく見覚えのあるものだった。すらっと高い背に、彫りの深い整った顔立ち。
あの日、千紗ちゃんのアパートの前ですれ違った、彼だった。
お客さんがいなくなると、彼は隣にいる女の子と会話を始める。二人の顔の距離が妙に近い。彼がふざけるように女の子の腰を抱き寄せても、女の子は嫌がる素振りもなく楽しそうに笑っている。
当然会話の内容までは聞こえない。だけどそんな仕草のひとつひとつが、充分すぎるほど教えてくれた。
きっとあの二人は、ただの友達なんかじゃない。
「ごめん、お待たせ!」
ふいに真横から聞こえてきた声に、我に返る。
見ると、栗崎さんが笑顔で隣に立っていた。手には、さっきまで持っていなかったはずの小さな紙袋を持っている。
「高校のときの同級生がいたんだ。ついでにベビーカステラもらっちゃったー。いっしょに食べよ」
そう言って紙袋の口を開けてこちらへ差し出してくる栗崎さんに、お礼を言ってひとつ受け取ってから
「栗崎さん、学祭の実行委員ってさ」
「うん?」
「他の大学の人がしたりもするの?」
「え? いや、それはないと思うけど……」
だよね、と呟くと、栗崎さんがきょとんとした顔でこちらを見ていたので
「なんでもない。ごめん、そういえば電話しないといけない用事があったんだ。ちょっとしてくるね」
「そうなんだ。わかった」
いってらっしゃい、と栗崎さんは明るい笑顔で手を振った。
喧噪から離れるように歩きながら、僕はスマホを取り出して千紗ちゃんの番号を探す。
『こたちゃん?』
五回目のコールのあとで、千紗ちゃんは電話に出た。
今し方起きたのか、眠たそうな声で、どうしたの、と続く。
「千紗ちゃん、いま家?」
『うん。ごろごろしてたー』
「五十嵐くんはいっしょじゃない?」
『いっしょじゃないよ。会いたかったんだけど、忙しいって断られちゃった』
「じゃあ、よかったらちょっと出てこない?」
『へ、どこに?』
僕は今いる大学の名前と、学祭に来ていることを告げた。
『めずらしい。今の時期に学祭なんてあるんだ』
とちょっと興味をもったように呟く千紗ちゃんに
「楽しいよ。日曜日ぐらい外に出たほうが、気分転換になるだろうし」
それに、と僕はクレープの屋台のほうへ視線を飛ばす。彼はまだ、隣の女の子の腰に手を回したまま、楽しげにじゃれあっている。
五十嵐くんは、なんと言って千紗ちゃんの誘いを断ったのだろう。勉強だろうか。バイトだろうか。
そんなことを頭の隅で考えながら、こみ上げる笑いを噛み殺して告げる。
「――いいものが見られるよ」
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