第10話
あ、と思わず声を上げてしまったら、前の席でスマホを見ていた栗崎さんがこちらを振り向いた。
「へ、なに?」と不思議そうに訊いてくる栗崎さんに
「ごめん、盗み見たわけじゃないんだけど」
と僕は念のため前置いてから
「さっき、栗崎さんの待ち受けの写真がちょっと見えちゃって」
「待ち受け? ああ、これ?」
栗崎さんは画面を操作して、さっき僕がちらっと目に入った画像を表示させた。若い男が、こちらへさわやかな笑顔を向けている。千紗ちゃんが前に「けっこう好き」と言っていたあの若手俳優だ。
「栗崎さん、その人好きなの?」
「うん、好き! 今観てるドラマに出てて、かっこいいなと思って。なんで?」
「いや、ちょっと」
僕は少しだけ迷ってから、ポケットに入れていた映画のチケットを取り出すと
「じゃあさ、この映画観た?」
「え、観てない。この人が出てるの?」
「うん、出てるみたい」
「へえ、知らなかった! 観たいなあ」
「観に行く?」
「え、行きたい!」
ぱっと顔を輝かせる栗崎さんに、僕は笑ってチケットを差し出すと
「じゃああげる。二枚あるし、誰か友達と行ってきなよ」
「え?」
栗崎さんはきょとんとした顔で僕を見て、軽くまばたきをしてから
「宮田くん、いっしょに行こうよ」
「え」
「そういえば、まだ一回も宮田くんと遊んだことないし。遊びたいなって思ってたんだ」
ね、と屈託のない笑顔でこちらを見つめる栗崎さんに、僕はちょっと迷ったあとで
「……じゃあ、いっしょに行こっか」
「やった! いつにする?」
さっそく鞄から手帳を取り出した栗崎さんに、僕もスマホのスケジュール帳を開く。そして、お互いの予定が空いていた次の日曜日に行くことを約束した。
「映画いっしょに行く相手、見つかったか?」
次の講義は萩原といっしょだった。案の定、顔を合わせるなり開口一番に訊いてきた萩原に、うん、と僕は胸を張って頷いてみせる。
「栗崎さん誘ったよ。ついさっき」
「は? 栗崎?」
そこでなぜか怪訝な声を上げた萩原に、僕がきょとんとして頷けば
「え、栗崎、行くっつったの?」
「うん。なんで?」
「いや、俺、栗崎にも同じ映画のチケット二枚あげてたんだけど」
「え?」
「そんで栗崎、今度サークルの友達といっしょに観に行くとか言ってたけど」
しばらく、無言のまま二人で顔を見合わせてしまった。
やがて、萩原のほうが先になにか察したように、「ああ、いや、いいや」と早口に口を開くと
「俺は今の話、聞かなかったことにします。お前も聞かなかったことにして」
「うん」
「何にも知らない振りして、ちゃんと栗崎と映画行ってやれよ」
「わかってる」
「でもそっか、栗崎がなあ……」
萩原はなにか考え込むように天を仰いで、しみじみ呟くと
「そういや、こたろーに彼女いるってわかったとき、栗崎ちょっと落ち込んでたような気もするもんなあ。そっか、そういうことだったのか。でもこたろーのどこが良かったんだろ。謎すぎる……」
ぶつぶつと呟かれる萩原の失礼極まりない言葉に眉を寄せていたとき、ポケットの中でスマホが震えた。見ると、千紗ちゃんからメッセージがきていた。今日も晩ご飯を食べに行っていいかという伺いだった。
『いいよ、なにが食べたい?』と返信する。即座に返ってきた返事は、『オムライス!』とのことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます