第14話

 だけど僕が駅に着いたとき、すでに千紗ちゃんの姿はなかった。

 構内と近辺をぐるっと探してみたあとで、少し考えてから西通りにある喫茶店に向かう。窓から中を覗いてみたけれど、千紗ちゃんも五十嵐くんらしき店員も見えなかった。

 それからしばらくはあてもなく街を歩いて、さすがにちょっと歩き疲れた頃、千紗ちゃんのアパートに向かった。玄関のインターホンを押したが返事はなく、僕はドアの前に座り込んだ。長いこと歩き回っていた足が、少し痛んだ。はたから見たら不審者だろうな、なんて頭の隅で思いながら、スマホを取り出して千紗ちゃんの番号を探す。何度か鳴らしてみたけれど、千紗ちゃんが出ることはなかった。

 けっきょくその日は千紗ちゃんと会えないまま、しばらく待ったあとであきらめて家に帰った。夜に再度電話をかけてみたけれど、一度も彼女にはつながらなかった。


 翌日、大学に行った僕は、千紗ちゃんが来るはずはないと思いつつ、いちおう約束していたとおりノートのコピーをとった。

 一限目の講義に出るため、半分ほど席の埋まった大講義室に入る。ざっと見渡してみたけれど、案の定、千紗ちゃんらしき女の子はいなかった。

 後ろのほうの席に萩原が座っているのを見つけて、空いていた隣に座ると

「栗崎とのデートはどうだった?」

 僕の顔を見るなり、萩原が待ってましたとばかりに訊いてきた。その楽しそうににやけた顔に、僕はちょっと罰が悪くなりながら

「楽しかったよ。映画には行かなかったけど」

「は、なんで?」

「ちょっと、途中でいろいろあって」

「はあ?」と首を傾げた萩原は、ふとなにか思い当たったように片眉を上げて

「なに、まさか千紗絡みで?」

 僕が黙っていると、萩原はあきれたように大きくため息をついた。

「なにやってんだお前。いつまで元カノひきずる気だよ」

「なんか心配で、ほっとけなくて」

「まさか、デート中に栗崎ほっといて千紗のところ行ったとかじゃないよな?」

 僕がまた黙ると、ああもう、と萩原は心底うんざりしたように乱暴に頭を掻いた。

「信じらんねえ。こたろーを気に入ってくれるなんて、栗崎は貴重な存在だったのに」

「ごめん」

「俺に謝ってどうすんだよ。ちゃんと埋め合わせしろよ、栗崎に」

「わかってる」

 腹立たしげにがしがし頭を掻いていた萩原は、ふと前を見て、あ、と声を上げた。見ると、講義室の前方の戸から栗崎さんが入ってくるところだった。栗崎さんもすぐに僕たちに気づいて、笑顔で手を振った。


 こちらに歩いてきた栗崎さんは今日も眼鏡をしていなくて、あれ、と思っていると

「あれ、栗崎、今日眼鏡は?」

 萩原が同じことを指摘した。「ああ、うん」と栗崎さんは曖昧に笑いながら指先で頬を掻いて

「これからはコンタクトにしようかなと思って」

「なんで? コンタクト目が乾くから嫌だっつってたじゃん」

「うん、そうなんだけど、ちょっと気分転換っていうか」

 歯切れ悪く答える栗崎さんに、萩原がまだ突っ込もうとしていたので、「栗崎さん」と僕は横から割り込むように

「昨日はごめんね、本当に」

「あ、ううん。全然いいよ」

「栗崎さん、今日のお昼は食堂で食べる?」

 出し抜けに尋ねると、栗崎さんはきょとんとして

「うん、その予定だけど」

「じゃあ、いっしょに食べてもいい?」

「え、もちろん! いいよ」

 快く頷いてくれた栗崎さんは、12時に食堂で待ってると告げて、奥の席で待つ友達のもとへ歩いていった。そのどこか弾んだ足取りを見送っていると、萩原が「そうそう」とか言いながら満足げに僕の肩を叩いてきた。その遠慮ない力にちょっと眉をひそめながら、僕はもう一度講義室を見渡す。だいぶ席の埋まったその中に、千紗ちゃんの姿はやっぱりなかった。

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