第24話
翌日も、千紗ちゃんは僕の部屋から帰らなかった。
夜、バイトを終えて帰宅すると、「おかえりー」と当たり前みたいに待っていた千紗ちゃんに出迎えられた。
「これ、おみやげ」
そう言って、ぶら下げてきたコンビニのビニール袋を差し出す。
「えっ、なになに?」とうれしそうに袋を覗き込んだ千紗ちゃんは、わあ、と目を輝かせた。
「プリンだ! やったあ、食べよ食べよ」
袋から取り出した二つのプリンを手に、千紗ちゃんはいそいそとローテーブルの前に座る。僕は台所でお茶をコップに注いでから、千紗ちゃんの向かい側に座った。
千紗ちゃんは今も、昨日僕が寝間着として貸した、ぶかぶかのTシャツとジャージを着ている。どうやら、今日は一歩もこの部屋を出なかったらしい。大学に行かないのはいつものこととして、バイトはどうしたのだろう。たしか千紗ちゃんは、ほぼ毎日何かしらのバイトを入れていたはずだ。
そんな疑問がよぎったけれど、訊くのはやめた。代わりに
「いちごと抹茶、どっちがいい?」
種類の違う二つのプリンを指して尋ねると、千紗ちゃんはどこかほっとしたように
「いちご!」
と答えて笑った。
千紗ちゃんはうれしそうにスプーンの袋を破りながら
「ね、こたちゃん、明日は授業何限まで?」
「三限。あ、でも明日はそのあと友達と映画観に行くから」
「へ、誰と?」
「栗崎さん。ほら、この前駅で千紗ちゃんも会った子」
そう言うと、千紗ちゃんはふとプリンをすくう手を止めて
「……またあの子?」
「うん。ていうか、この前けっきょく映画観れなかったから、そのリベンジというか」
ふうん、と呟いて、千紗ちゃんはプリンに目を落とした。
「何時頃帰ってくる?」
「何時頃かなあ。映画が四時からで、そのあとどっかで晩ご飯食べる予定だから、ちょっと遅くなるかも」
「……じゃあ、わたしは一人で晩ご飯かあ」
しゅんとして呟く千紗ちゃんは、どうやら明日もここから帰る気はないらしい。
「出かける前に、千紗ちゃんの晩ご飯用意していくから」
「え、ほんと?」
千紗ちゃんはぱっと顔を上げて、ありがとう、と笑った。
今日は、千紗ちゃんはいっしょに寝ようとは言わなかった。
ベッドと床に敷いた布団に、それぞれ潜り込む。もちろん、千紗ちゃんがベッドで僕が布団。
おやすみ、と穏やかな声で言う彼女は、昨日に比べればだいぶ落ち着きを取り戻したように見える。だけど今日一日、千紗ちゃんは五十嵐くんや学祭といった単語を口にしようとはしなかったし、普段は肌身離さず持っているスマホを、一度も手に取ろうとしなかった。だから僕も、昨日のことにはなにも触れなかった。
「ねえ、こたちゃん」
「うん?」
「わたしたち、もう一回付き合えないかな?」
僕は黙って千紗ちゃんのほうを見た。仰向けになった千紗ちゃんは、ぼうっとした表情で天井を眺めている。
ややあって、はっとしたように千紗ちゃんも僕のほうを見た。僕が答えないことに対してなにを思ったのか、ごめん、とあわてたように口を開く。それから取り繕うような笑みを作って
「なんでもない。忘れて」
おやすみ、ともう一度繰り返してから、千紗ちゃんは壁のほうに寝返りをうった。
もしかして、僕が二つ返事で頷くとでも思っていたのだろうか。
そんなことを思いながら、そのやけに小さく見える背中を眺める。そうして、おやすみ、とだけ返して、僕も反対側に寝返りをうった。
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