第17話

 大学へ行くと、校門の前に数人の大学生らしき女の子が立っていた。僕を見たひとりがこちらへ歩み寄ってきて、「よかったら来てください」と愛想の良い笑顔とともに一枚の紙を差し出す。

 思わず受け取ってしまったそれは、学祭の案内のチラシだった。やけに派手な配色で、近くにある私立大学の名前と、来週の日曜日の日付が記されている。

 講義室に入ると、先に来ていた萩原も同じチラシを持っていて

「なあこたろー、これ行かね?」

 チラシを掲げながら、開口一番に言ってきた。

 えー、と僕はあからさまに気乗りしない声を漏らしたけれど

「いいじゃん。どうせお前暇じゃん。この大学女子多いらしいし、なんか出会いがあるかも」

「出会いって」

「つか、校門のとこに立ってた子、めっちゃ可愛くなかった?」

 どうやら萩原が乗り気になっているのはそのせいらしい。そんなに可愛い子いたっけ、と僕はチラシを配っていた女の子たちの顔を思い出そうとしたけれど、チラシを受け取った女の子の顔すらぼんやりとしか思い出せなくて、ちょっと自分の記憶力が心配になる。


「あっ、宮田くんたちもそれ行くのー?」

 ふいに後ろからそんな声がして、振り返ると後ろの席に栗崎さんがいた。同じ学祭のチラシを手に、こちらへ身を乗り出している。

 いや、と口を開きかけた僕をさえぎるように、「うん、行く行くー」と萩原が即座に返して

「栗崎も行くの?」

「うん、行きたいなーと思って。勉強になりそうだし」

「勉強?」

「秋にやるうちの学祭の参考になるかなって。私、実行委員やりたいんだ」

 へえ、と思わず感嘆の声が漏れた。ただでさえ忙しそうなのに、さらにそんな面倒くさそうな仕事を引き受けようとしているのか。

「じゃあさあ、いっしょに行く?」

「え、行く行く! せっかくだし、みんなで行こうよ!」

 僕が感心しているあいだに、萩原と栗崎さんはどんどん話を進めている。みんな、のところで栗崎さんの目が僕のほうを向いた。僕が黙っていたら、ねっ、と栗崎さんにいつもの屈託ない笑顔を向けられて、なんだかもう断るなんてできない雰囲気になる。

「……そうだね。行こっか」

「やった! 楽しみー」


 それからしばらく日曜日の予定について話したあと、友達を見つけた栗崎さんは席を立ってその子のもとへ行った。

「こたろーさあ」

 栗崎さんがいなくなると、萩原がふと声を落として

「もうさっさと栗崎と付き合えば?」

 からかうでもなく、思いがけなく真剣な口調で言われて、僕は萩原を見た。萩原は口調と同じだけ真剣な表情で、まっすぐに僕を見ていた。

「いいじゃん栗崎。ふつうに可愛いし、真面目で性格もいいし」

 僕が黙っていると、萩原はため息混じりに続ける。

「ぶっちゃけ、千紗よりよっぽどいいと思うけどなあ」

 諭すような口調で言われ、なんと返そうか迷っているあいだに、ふいにポケットの中でスマホが震えた。見ると、千紗ちゃんからメッセージが来ていた。『しんどい』と一言。

 僕は眉を寄せて、すぐに返信する。『体調悪いの?』千紗ちゃんからの返信も早かった。『熱があるみたい』


 その文面を見るなり、僕は今し方机に広げたテキストをまた鞄に入れながら、「ごめん」と萩原に告げる。

「今日はもう帰る。悪いけど、あとでノート写させて」

「は、なんで?」

「ちょっと用事ができた」

 早口に告げながら立ち上がると、萩原はすぐになにか察したようだった。ぎゅっと眉を寄せて僕を見る。

「……まさか、また千紗?」

 訊きながら、萩原はほとんど確信しているような顔だった。だから僕は曖昧な相槌だけ打って、席を離れた。歩きながらスマホを開く。そうして千紗ちゃんに、『今からそっち行くから。なにか買ってほしいものある?』とメッセージを送った。

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