第12話

 涼宮ハルヒの論文。


 そこから俺たちが掴んだ事実は、要するに長門も朝比奈さんも古泉一樹も、勤め先のトップがなってないって事だ。


 た、多分な。


「……情報思念統合体は、確かに広域帯宇宙存在の対応に追われていて、私たちのような存在に意識が向かない側面が否めない」


 今日の団活は一段落したのでと既に解散した。


 ただ、長門がな。

 ヤスミがいない間に色々と今後を打ち合わせておきたいと言い出したので、こうして二人居残りでプチ会議というわけだ。


「広域なんとかって、天蓋領域とかいうヤツだっけか」

「……そう。ただ、私の意識を操るほどの力は天蓋領域すら持たないはず。あるいは、天蓋領域の中でも特に優れた思考領域が独立分離し、そこから得た権限で私に干渉した可能性も否めない」


 ちなみに、朝倉が長門と合体しているのは統合体が何らかの理由で仕込んだモンらしい。


「はあ、まるで見た目まで変わる二重人格みたいで自分が嫌になるのよねー」

「そりゃ、そうかもな」


 俺がいい加減、対応に慣れてきたってだけであり、長門にせよ朝倉にせよ、むしろ当事者たちの間では主導権のせめぎ合いなんだろう。


 ☆


 と思いきや、基本は長門が主導権を握るらしい。


「悔しいけど、アタシじゃもうただのマイナー・チェンジ。せめて新しい機能なり権限なりをくれればね」


 それももっともだと思う。不老不死みたく、永遠に長門のバックアップにさせられる罰ゲームみたいな状態が今の朝倉なワケだからな。


 やれやれ。

 ぶっちゃけ、情報統合思念体とやらも朝倉にだって自我はあると認めて、別の時間軸なりででもやり直させてやれば良いと思うけど。


「なあ、朝倉。もし北高に戻れるなら、やり直したいか?」


 ふと、俺の口からそんな言葉が漏れた。


「それを決める権限なんて、アタシには」

「違うんじゃないか、朝倉」


 なんか、あれ。どうした俺。


「な、何よ」

「今のお前は、言ってみれば引きこもりだ。思念なんちゃらという親の言いなりで、勇気を出して学校に来ようとしないから、みんなにも忘れられちまった幽霊と一緒なんだ」

「ゆ、幽霊ですって。それはあんまりじゃない?」


 朝倉は憤慨した。

 またいつかみたいに攻撃されるかと思ったが、そうでもないみたいだ。


「あなた、わざわざがっちり両腕で顔面をガードしなくて良いわよ。まあ、分かるけど」


 ☆


 朝倉は、ため息をついた。

 でも不思議と、いつもその怒り顔に張り付いていたイライラみたいなのが心なしか取れたんじゃないかって気がする。


「ねえ、アンタってそんなにお人好しだったかしら。だってアタシにもアタシの生き方を選ぶ権利くらいはある。放っておいてとアタシが言えば、こんな話は終わるわ」


 ぐぬぬ、なんて正論を論じる引きこもりだ。

 権利を主張する。確かに時間の使い方として、そんな価値観もある。それはすごーく正しいぞ。


 でも。

 そう思った俺は自然と言葉を紡げた。


「朝倉。お前、SOS団に入らないか? そりゃ、昔が昔なだけにすんなり仲直りと事が収まるかは分からない。でもお前んとこのボスであっても、お前が望めば北高にはまた通えるはずなんだ」


 人間関係をもう一度、やり直すかもしれない。

 朝倉の悩みは、どう考えてもそこにある気がした。


 だから、まあ、それくらいではあるけど俺は言えるだけの事を言ったとは思う。


「SOS団、か。ふふ、アタシがSOS団ね。確かに、楽しいと思える事もあるかも」

「そ、それなら……」

「でもね、過ぎた時は戻らない。アタシはそう思うから、たとえまたこの世界で生きていけるとしても北高に戻るつもりはないの」


 ☆


 北高に戻るつもりはない。

 つまり、……つまりどういう事だ?


「というか、アンタ忘れてるでしょ? アタシはカナダに留学している事になってるの」

「ああ、うん。ああー、そ、そうだった!」


 やっべえ。超、忘れてた。


「で、でもな朝倉……」

「それに、情報統合思念体を甘く見すぎね。長門さんのバックアップでしかないアタシ。その戦闘ルーチンは、アンタを刺そうとしたあの時から進歩しない。でもこの一年間、知識はずっと深めてきた」


 要するに、引きこもってでも勉強だけは欠かさなかったんだな。

 偉いぞ、朝倉。


「いつか長門有希に追い付くために。……せめて頭脳だけでも。そうしたらアタシは、バックアップじゃないアタシという個になれる」

「なるほどな。朝倉なりに、色々考えてたんだろうな」


 朝倉の裏で、長門は彼女の決意を聞いているんだろうか?

 俺は誰かと人格を同居させた経験なんてないから、そこんとこは、よく分からない。


「なあ、朝倉」

「何。もう帰らないと、明日も学校……」

「留学帰りのつもりで、俺とデートしないか?」


 ☆▼▽▼▽


 屋台のラーメン。


 デートとかカッコつけたけど、別に資産家の令息でもなんでもない俺がおごってやれるのってこういうトコしかないんだよな。


「大将、しょう油で」

「あいさ」

「ア、アタシは旨カラ豚骨」

「ウチはしょう油か味噌だ」


 渋々、朝倉は味噌ラーメンを頼んだ。

 まあ、アレだよな。カップルと思われるのがイヤで味かぶりを避けたんだよな。


「大将、冷えますね」

「あん? バカヤロー、おめえ若えんだから一生懸命に生きてりゃ年中冷房要らずのこたつ要らずに決まってらあ、べらんめえチクショウ」


 江戸っ子の大将のこの屋台に来たのは、実は初めてだ。

 だってそれでも大将、とか常連ぶりたいじゃん?


 でも大将、江戸っ子ではあっても返事が元気で温かい。

 まるでラーメンみたいに、なんてわざとらしくて大将には言えないけどな。


「なんでえ、俺の顔になんか付いてっか?」

「いいえ。ただ、強いて言うなら勇ましいお顔が付いてますわね」

「かはー。なあ嬢ちゃん、メンマは好きかい?」


 朝倉に出た味噌ラーメンには、俺の三倍近くのメンマがサービスされてきた。


 ☆


「いただきます」

「大将、いただきますわよ」


 ほぼ同時に、ラーメンにかぶり付く。

 意外だ。朝倉は常識派っぽいから、まずはスープから味を見るとばかり予想したのだが。


「はー、大将。おいしすぎて死んじゃう」

「だっはっはぁ。嬢ちゃん、年の割に言い草は寒いが、おうおう。達者で元気で結構でい!」

「た、大将。寒いは流石に」


 まあ、口が悪すぎるくらいが客足もちょうど良いんだろう。

 うん、きっとそうだ。


 しかしラーメンは麺もスープも良い意味で値段と釣り合わない。

 これは、百戦錬磨を駆けてきた職人の仕事だ。


「大将、今年で何年目で?」

「あん、んなモン。おめえ、いちいち数える暇でよ、仕込みやら台車の手入れやらで一日はあっちゅう間の長三郎でえ」


 長三郎がどなたかは存じ上げないけど、なんか職人って感じだ。


「屋台かあ。大将、修行したらアタシも大将みたいになれますか?」

「お? うー、そりゃおめえさん次第でえ」


 ☆▼▽▼▽


「名人、ごちそうさま」


 素直なのか現金なのか、朝倉は俺に満面の笑みでお礼を言った。名人とはラーメン名人みたいな事だろうけど、よく分からない。


「ああ、またいつかラーメン食おうな」

「ふっ、流石にそれじゃ口説いてるみたい。もしアタシがいていいなら、今度はSOS団のみんなで、ね」


 なんか、一歩間違ったらどっかの富豪の愛人になってそうだな。

 俺は場違いにせよ、なんとなくそんな事を思いながら朝倉と別れた。


「長門、出て来なかったな」


 もしかしたら、朝比奈さんを正気に戻すための戦いでかなり消耗したのかもしれない。


 そして俺は、帰宅途中に思いがけない人物に遭遇した。


「あ、あのお」

「朝比奈さん?」


 もうすっかり夜も暗くなりかけていた。

 俺は友だちの家に呼ばれた言い訳を済ませてあるから良いけど、しかもよく俺の居場所が分かったな。


 なんて、これから告白でもされるかのテンションでいる俺とも知らないで、朝比奈さんはあろうことか、俺の手を両手で握ってきた。


「あ、朝比奈さん?」

「キョンくん、後で説明しますね」


 そして俺と朝比奈さんは、夜の闇に消えた。

 おっと、別にそういう意味じゃないぞ。


 つまり、俺たちは時間移動したんだ。

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