第4話

「キョン。アンタってさ、そこそこの最低野郎よね」


 俺が追い付くなり、ハルヒはぶっきらぼうに爆弾発言をかました。


 気付けばアスレチック・コースからは随分と離れてしまい、むしろ風情のあるお寺の境内にショートカット侵入してしまっていた。


「そ、それは誤解だぞ、ハルヒ。朝比奈さんとは別に……」

「なんで追いかけてきちゃったのよ、バカね」

「ハルヒ、お前……」


 ハルヒの目には、うっすらと涙が溢れていた。


「いい加減はっきりしなさい。キョンが好きなのは、朝比奈さん。だったらアタシなんて追わないでよ。本当、バカね」

「バカはどっちだ。俺は、俺が好きなのは……」


 なんとなく、静けさがその存在感を増した。


「……」

「えっ、と。でえーい。やめだ、やめ。俺は別に単なるSOS団のメンバー。ハルヒも長門も朝比奈さんも、尊敬してなくはないけど、みんな平等に大切な仲間。ただそれだけだ」

「……もう、いい」


 もう、いい。

 もう、いい、って何だ?


 ☆


 俺とハルヒは、勘ぐられないようにとタイミングをずらして団活に復帰した。


 気まずい。非常に気まずいぞ、これは。


 だって、そこまで配慮しながらハルヒはやけに俺が挑むアトラクションに来る。


 ネット横断、バランスボード風味、ロープ滑り降り。


 六甲山ほどじゃあないが、中々に歯ごたえのあるアクティビティだ。


 思えば、今日って日曜日か。

 そりゃ、朝っぱらから集まるよな。なんで俺、学生服なんだ?


「……仲良きことは、美しきかな」

「こ、こら。長門。そんなんじゃないぞ?」

「……」

「ハルヒ。それじゃ長門だぞ?」


 というか、長門まで着いてきたぞ。

 なにこれ。


 ☆


 そうこうする内に、面白そうなエリアに到着した。


「ふむ。丸太をおもりにして力比べ、か」


 俺がシンプルながら考え抜かれた仕掛けに感心していると、誰かがやって来た。


「キョン。楽しんでいるか?」

「あれ、佐々木?」


 そこには、なぜかがっつりジャージ姿の佐々木が。

 しかも隣に並ぶ朝比奈さんとペアルックだ。

 な、なにこれ。


「いいだろ。先ほど気に入って、同色を買ってきた」


 ま、まさか佐々木。

 ジャージを物色するために俺と会話を?


 そして後ろからは橘、藤原、九曜がやって来た。


(うん? コイツらって……)


 いるはずないヤツも交じっている気がするが、きっとどうせご多分に漏れぬ、いわゆるご都合主義なのだろう。


「ま、後で古泉にでも聞くか」

「お呼びでしょうか?」

「うおっ、いつの間に」

「んふ。ざっと一分と三十七秒きっかり、ここにいましたが」


 ☆


 何がなんだか。


 なんで単なる力比べに、テンポ良く知った顔が集まるかね?


「こりゃ鶴屋さんがいても、おかしくねえってか」


 ほっ、いない。

 なぜだか安堵した俺。


「にょろーん」


 正解は「少し離れた丸太しがみつきエリアにいた」でしたー!


「はわ~、名誉顧問さんに挨拶してくるです」


 くねくねしながら、朝比奈さんだけは律儀に鶴屋さんに挨拶しに向かった。


「いつからここはカオスなアスレチックと化したんだ、教えてくれ相棒」

「あなたの相棒になった覚えなど、数えるほどもありませんよ?」


 古泉よ。

 こんなハチャメチャな瞬間くらいは、場をまとめてくれないか?


 ☆


 どいつもこいつもが力比べにやけに興じる中、なんとなく俺は佐々木に話しかけた。


「そういえばお前、変わったよな」

「ん、何がだ?」


 どうやら本人は気付いてないらしい。


「まず、くっくと笑わなくなった。それと、なんていうか壁がなくなった」

「おや、ボクに壁を感じていたのかい?」


 すると、くっくっと佐々木は笑い出した。

 ありゃ、変わった気がしたのは気のせいだったかも。


「随分とご機嫌じゃないか。出来ればボクもお相手願いたいな」


 なんか藤原が寄って来た。


「また何か企むんじゃなければ、俺は良いぜ」

「企む、とは……?」


 藤原には本当に心当たりはないらしい。

 ま、なら良いのかな。よっぽどの演技力でまたやらかしてくる頭なら、その時に乗り越えるさ。


「――藤原――腹黒」

「何だって、ボクが? いやあ、そんなまさか」

「――ケラ――ケラ――ケラ」

「ふふ。藤原くんの場合、たとえ陰謀があっても……ね?」


 九曜も橘も、なんだかんだで藤原と仲良くなったな。

 人は変われば変わるもんだ。


 ☆▼▽▼▽


「キョン。少し、いいか」


 いきなり真剣な顔付きになった佐々木に呼び出され、俺と佐々木はみんなのいる所から少し離れた辺りに来た。


「な、なんだ唐突に。俺にマジ惚れしたか?」

「くっくっ。キミは実におめでたいな。本当に変わらない」


 ああ、だがお前もじゃないか?

 なんて言えない俺、やっぱりヘタレ気味かも。


「もしボクが消えたら、の話をしたな。話とは他でもない、その事なんだ」


 佐々木によると、一ヶ月もしない内に宇宙人、未来人、超能力者が絶滅するらしい。


 ってそれ、ハルヒの妄想ほぼそのまんまだ。


「待ってくれ、佐々木。それって……」

「更に言うと、神に等しき力、そしてその受け皿も滅びる」


 神に等しき力。

 佐々木が言ってるのは、今はハルヒに宿る力を言うのだろう。

 つまりそれが意味するのは、――。


「極論を言う。人類が絶滅するまで、あと一ヶ月だ」


 ☆▼▽▼▽


 その後、その日の団活はそれなりに盛り上がって終了した。


 念のために長門にはリレー小説のバトン渡し、まあつまり単なる口頭での引き継ぎを済ませておいた。


 帰宅し、飯を食い、俺は風呂に入った。


「はあー。しかし人類滅亡とはな」


 今までにも様々な不可思議に向き合ってきたSOS団の一員ではある俺だが、いきなり絶滅とか言われてピンと来るはずもない。


 後、思ったのは申告の順番だな。


 長門、古泉と来て、次はさしずめ朝比奈さんだとばかり思っていた俺は意表を突かれた形ってわけだ。


「キョンく~ん。お客さんだよ」


 風呂の最中なんだがな。

 やれやれ。


 しかし妹が悪いわけでもなく、俺は「出るから回避しろ!」とか言いながら着替え、玄関に向かった。


 ☆


「ふ、藤原……!」

「ふふ。夜分に申し訳ありません」


 申し訳ないなら、ふふって何だよ。


「ほう。ライトノベル、ですか」


 ま、仮にコイツが敵だとしてもそこまでなら話しても良いだろうと考えた俺は情報をくれてやった。


 てっきりウチに来ているみたいにも受け取られかねないが、実は電話越しだ。


 ったく、佐々木のヤツ。

 勝手に番号を教えるなんて、なんかの業者かっつうの。


「もしもし。聞いてましたか、ボクの話?」

「ん、ああ、悪い。ちょっと考え事しててな」


 お前の事だよとは、言えないんだ。

 だって、それじゃあ恋してるみたいで気持ち悪い。


 ☆


「未来人が、ねえ」


 時間断層がどうだの、組織の派閥がどうだの俺に言っても無味乾燥でしかない話を延々と混ぜ込みながらの藤原の主張は、つまりこうだ。


「あれだろ。要は少数能になっちゃってるから、アドバイスくれ。そういう話なんだな?」

「最初に気付いたのはボクではなく、姉さんなんですけどね!」


 びっくりするほど自慢気に、藤原はそう証言した。


 しかし待てよ。

 姉さんって、つまり。


「朝比奈さん、やっぱりスゲーんだな!」

「お、おやおや。そんなの当たり前ですよ?」


 ☆▼▽▼▽


 しばらくした、ある日のこと。

 俺は文芸部部室で、一冊の文書を目にしていた。


「おお、ほぼ完成してる」


 団活として作った、ライトノベルだ。

 まだ期限までは、二週間はある。


「でも惜しいな。ハルヒのやつ、書き上げてないみたいだ」


 物語は、主人公と好きな同級生以外が消滅した世界の再生を描くところで未完となっていた。


 小さく「未完」とハルヒらしき直筆がそのページに添えてあるからだ。


 そして傍らには、ハルヒがこのライトノベルの担当部分、つまり最終章を書き上げるために書いた架空の理論が論文形式となって乱雑に置かれていた。

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