第3話

「みんな、着いたわよ!」


 俺たちはもうすぐ紅葉のシーズンという微妙な時期に、なぜか近場のアスレチックパークに来ていた。


「なあ、ハルヒ。その、なんだ。ライトノベルの活動はどこへ……」

「いいじゃん。アンタの一生懸命な徹夜原稿はしっかり預かってあげたでしょ?」


 俺は驚いた。

 コイツ、なんで俺が徹夜したのを知っている?


「ふふ、キョン君。目の下にクマさんがいますよ?」

「……徹夜。それは……ぷふっ」


 なるほど、バレバレなのはクマのせいか。にしても朝比奈さんも長門も、なんだか毒があるぞ。

 でも、ま、長門が吹き出すなんて珍しい事もあるもんだな。


 それから俺たちは思い思いにアスレチックを楽しんだ。

 事前に知らされてはいたので、それぞれに動きやすい、スポーティーな格好をしている中で面倒くさがりの俺だけは学生服。


 やれやれ。今さらだが正直、こっ恥ずかしいぜ。


「おっ。長門って意外と器用なんだな」

「おや、よろしいのですか。涼宮さんはあなたと戯れたくて、うずうずしてますよ?」


 しれっと2人きりになった古泉は、例によって見透かしたような物言いで口出しして来やがった。


「いいじゃないか、閉鎖空間が大量に発生してるわけでもない。だから見ろ、あんなに楽しそうだ」

「ところが事実は逆です」


 ☆


 閉鎖空間も神人も、まるで老舗百貨店のバーゲンセールに並んだ品々のように溢れ返っているらしい。


 そんで超能力者たちは今この瞬間にもバーゲンに向かう主婦たちのように、戦利品の保証もない戦いに身を投じてるってわけだ。


「本当であれば今すぐにボクも向かわないとならないのですが。それもこれもあなたのせいですよ」

「俺? 俺、何かしたっけな」


 ハルヒはSOS団の普通の団活をみんなで盛り上げたい。

 だからどんなにストレスが閾値を越え蓄積されたとしても、古泉が今、早退しようものならそれこそ世界は崩壊してしまうそうだ。


 正直、なんのこっちゃ。

 ていうか、だったら俺のせいにはならないだろ。


「キョン。そんな所で何をしてるんだい」


 ふと聞き覚えのある声がしたから、振り向いた俺。

 草ぼうぼうの斜面に座ってた俺の目に飛び込んだのは女性らしきすべすべ素足の膝小僧だったものだから瞬間、俺は目を背けた。


 ☆▼▽▼▽


 で、結局は佐々木。

 そこに現れたのは佐々木だった。


「久しぶり……だね」


 久しぶりかどうか、俺は覚えてない。

 世界が改変とか神がどうとか、色々ありすぎて前にコイツに会ったのがいつかなんて、俺の海馬はそこまで高度じゃないらしい。


「ああ、考えようによってはな」

「ははは。キョンって相変わらず、そうやってクールにモテようとするんだ」


 古泉は急に黙ってしまった。

 いやいや、気を遣うならむしろ何か言ってくれ。


「んふ、二人きりの方がよろしいでしょうね。ボクも皆さんと活動してきます」


 口を開いたかと思えば、古泉はそそくさとロープ掴まり横断のアスレチックに向かっていった。


 おーい、古泉一樹くん。

 気遣いがコペルニクス的転回に過ぎるのだが?


「やれやれ。まるで恋人同士の扱いだな」

「ボクはキミをそう思いたいよ、キョン」


 ☆


 そう思いたい、か。

 いつも意味深な佐々木にしてはダイレクトで、逆に意味深だ。


「ねえ、キョン。もしボクがいなくなっても、キミはやはり何も思わないだろうか」


 珍しいな。なんだか思い詰めた佐々木なんて。

 まるで人生お悩み相談でも始まったかのように消え入りそうな佐々木の声に、俺はから元気気味に答えてやった。


「何もって事はない。もし、もしもだけど佐々木が重い病か何かで死ぬって自覚したとかなら、俺もツラいし、出来れば話してほしいな」


 あまりにも佐々木が深刻なので、俺も最大限に深刻に回答した。

 まずいよな、やっぱり考えすぎて変な同級生だよな。


「ふっ。キョン、キミは変わらないんだな」


 心なしか、深刻さは和らいだようだ。


 良かったな、佐々木。

 変な同級生のおかげで、真剣に悩むなんてバカみたいだろ?


 ☆


「へえ、ライトノベルか。キミにしては青春を謳歌してるじゃないか」


 SOS団のみんなは、時々こちらを見ては手を振っていた。

 ハルヒに至ってはダブルピースやらウインクやら、まるでアイドルみたいな挙動も混じっている。


「まあ、な。思ったより大変で、久々に徹夜しちまった」


 こうして佐々木と話していると不意に俺たち、なんだか本当に恋人なんじゃないかって思わないではない。


 それくらい自然に、佐々木はそこにいるんだ。


「おーい、キョン。アンタも少しは楽しみなさいよー!」


 ハルヒのやつ。

 やれやれ。これじゃあ、まるでハーレム恋愛ゲームだ。俺はいつの間に、誰にフラグを立てているんだ。

 って、そんなわけないか。


「なあ、良かったら佐々木も……あれ?」


 気付くと佐々木の姿はどこにもなかった。

 それこそ、いたはずだよなってレベルで、もう気配さえも残っていなかった。


 ☆▼▽▼▽


 しかしアスレチックなんて久々だな。


 えっと、思い付きで登った先に綱渡りのロープだけが漫然とあるぞ。

 どうなってる?


「キョンく~ん。ファイトでーす」


 朝比奈さん。

 確かに常時から癒しですが、今のタイミングでそれはほとんど恫喝です。


 でもまあ高さはそんなにないし、安全ネットも張ってあるし大丈夫だよ、な。


「よ、よし。俺、やりますよ」


 やりますってなんか違うなとは思いつつ、俺は一歩を踏み出した。


「ひい、ひい、ふう。ひい、ひい、ふう」


 あ、朝比奈さん。

 それ、出産におけるラマーズ法って呼吸……。


 ――。


 ☆▼▽▼▽


「う、うーん。……あれ。ここは」


 気付くと俺は、不気味な感じのする暗い空間に投げ出されていた。


「これって、――閉鎖空間?」


 いやいや、幾ら綱渡りにしくじって、ロープを括ったポールに側頭部をぶつけたからって、やり過ぎだぞ。ハルヒ。


「おや、あなたは」


 なんか古泉がいる。


「古泉。ってことは、ここってやっぱり」

「ええ。ボクも今しがた、トイレ休憩を装って来た所ですよ」


 経緯はどうでも良いとして、古泉がいるのはありがたい。


「ただ、あなたに伝えておかなければならない事が。聞いてくれますね?」


 ますか、ではなく、ますね。

 だったらそれは疑問文でなく提案のようなものだ。


「ボクたち、いわゆる超能力者。実は我々こそが少数能になり始めているとしたら、あなたはどうしますか?」


 ☆


 古泉もかよ。


「古泉もかよ」


 そのままの心の声が出てしまった。


「もしや、長門さんもですか?」


 鋭い。

 何を根拠にしているか謎だが、普段からそれくらい鋭いと何かとありがたい。


「実はそうなん……」

「おっと、危ない!」


 やたら大きな何かが俺を目掛けて飛んで来たのを、古泉が俺を抱きかかえてローリング回避した事で無傷に終わった。

 どうやら神人とかいう巨人の強烈なキックだったみたいだ。


 いやローリング回避だから色々と打撲はしたが、死ぬよりマシだ。


「あなたはここにいるべきではない。なんとか送り帰しますが、機関の許可が出るまで耐えてください。ボクは神人をどうにかします」


 マジかよ。

 耐えていく系か、この時間。


 と、古泉は言うだけ言って赤い光になり、巨人に向かって飛んでいった。


 ☆▼▽▼▽


「ひい、ひい、ふう。あっ、キョン君。大丈夫ですかあ?」


 ん、朝比奈さん。

 なんていうか、顔が近いです。


 なぜか綱渡りコーナーの下でぐったりしていた俺。


 そんな俺を介抱してくれていたのは、ありがたい。

 ありがたいのだが。


「……キョン?」


 朝比奈さんに膝枕される俺の不可抗力など知らないハルヒが、最悪なタイミングで現れた。


「ち、違う。これにはマリアナ海溝どころかダース・ベイダー誕生より深いワケが!」

「おめでとう。お幸せに」


 彼女だったかのような文句をさらりと発し、ハルヒは何処かへと去っていった。


 ったく、今からでも追いかけるしかねえよな。


「朝比奈さん、ゴメン。それと、ありがとうございます」


 その感謝が膝枕へのそれだと思われかねないとか、そんなのはどうでも良かった。


 ハルヒに追い付く。

 今の俺にはそうするしか出来なかったのだから。

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