第2話

「はあ。ねえ、キョン。アンタみたいな絶滅危惧種を助けるには、アタシどうしたら良いワケ?」


 ハルヒは改まった顔で俺をバカにしてきた。


 まあ、百歩譲って俺が絶滅危惧種だとしよう。

 ぶっちゃけるぞ。面と向かって言うかね?


「ハルヒ。まあ、百歩ゆず」

「キョン。閃いたわ!」


 余りに前のめりに顔を近づけてきたハルヒにびっくりして、俺は椅子から盛大に転げ落ちた。


 ったくもう、コントかっつうの。


 県立北高校二年五組の教室。


「ははは。おい、キョン。許嫁に言い寄られ遂に陥落したか?」

「や、やめろよ谷口。許嫁って、それは許嫁に対して使うものだぞ!」


 谷口と国木田だ。

 そう、一年五組におけるコイツらのノリから全く変わらない。


 けど、まあ。なんだ。

 それが結局はコイツらの良さなんだろう。


 ☆▼▽▼▽


「えー! いつの間にか一週間も経ってるですって?」


 その日の放課後。

 喜び勇んでライトノベル談義を始めに文芸部部室に、いつものごとく陣取っていたハルヒ。


 そんなハルヒのこんなオーバー・リアクションを見たのは、俺のまだ長くもない人生で何回目だろうか?


「……熱中、それは不毛。往々にして些事を極端に考えすぎる、あるいはそれに準じる過剰反応が誘発する状態であり、ホモ・サピエンスが有する興味作用の誤動作」

「ああ、もう。有希も有希なんだから。アンタ、仮にも文芸部部員でもあるんでしょ? もう少しくらいアタシのうっかりに敏感でも、バチは当たらないんじゃないかしら」


 よし。

 ハルヒが珍しくもなく興奮気味に怒鳴り散らすように暴言を絶叫するのを、俺がクールに収拾する時間が来たようだ。


「こら、ハルヒ。いい加減に」

「涼宮さん。ライトノベルの下書きをここに七十パターンほど用意しました」


 あれ?

 声が、古泉に、聞こえるぞ?


 いやいや。

 紛れもなく古泉のそそっかしい気遣いが暴発したのか。


 やれやれ。


 ☆


「三パターン、採用ね」

「本当ですか、光栄の極みです」


 古泉は気持ち悪いくらい丁寧にお辞儀した。


 つーか、三パターンって。

 確か七十パターンあったんだよな?


 どんなに簡単に暗算したって十パーセントを下回るって、それどんな拷問だよ。


「じゃあ、後はアタシがコレを元に手直しして……って。ダメよ。ダメダメ。古泉くんもそんなの気付いてるんでしょ?」

「あはは。バレちゃいましたか」


 なあ、誰でもいい。

 今、何がどうしてそうなったのかを百文字以内で説明してくれないか。


「あ、あの~。つまり、それはつまり……」


 朝比奈さん、珍しくグッジョブ!


 そうそう。

 つまりどういう事だってばよ、なのだよ。涼宮ハルヒくん。


 ハルヒが団長机を叩こうとするのを、俺はそっと制し、制した俺は机を叩くより強くトーンっと突き倒された。


「つ・ま・り。みんなで作った小説じゃないと意味がないの。合作なの。これは最初からそういう話だったの。忘れたとは言わせないんだから!」

「ひ、ひい。ごめんなさい、ごめんなさ~い」


 まるで奴隷商人と奴隷。

 ハルヒが前者で朝比奈さんがって、言わせんなよ恥ずかしい。


 ☆


「それで、ボクの草稿は全廃案なのは受け入れるとして、我々は一体どのように創作を進めればよろしいでしょうか?」


 高校生とは思えないいつもの流暢ペラペラ語で、古泉はもっともな質問をした。


「そうね。というか、それすら決めてなかったなんて、アタシったらよっぽど緊張してたみたい。だって宇宙人、未来人、超能力者の絶滅を防ぐっていう前代未聞の団活なんだものね」

「ハルヒ、俺も協力するぜ。テーマは壮大な方が夢が膨らむ。つまりは、そう。ハンフリー・ボガード理論だ」


 それじゃヘビースモーカーの酒豪だ、なんて言い分はナシだ。

 だって、いわゆるその場しのぎ。


 それに『カサブランカ』のラズロじゃないが、そんな昔の事は覚えちゃいないのさ。


 おっとそんな脇道に逸れてる場合じゃなかった。


 ☆


 なんだかんだで創作の方針はその日の内に決まった。


 基本は、いわゆるリレー小説だ。


 公正なジャンケンの結果、俺、長門、朝比奈さん、古泉、そしてハルヒの順にバトンを繋ぐ事になった。


「おっほっほ。温めておいた理論を展開するなら、大トリはうってつけね。よーし、みんな。三週間で仕上げまで終えるわよ!」


 なんとなく「えいえいおー」と古泉が張り切ったり「わーい」と朝比奈さんがはしゃいだりしている。


 そして俺はあまりに無軌道なリレー小説の第一走者である現実に、密かに震えていたのだ。


 武者震いなんて立派なモンじゃない。

 そりゃ合作なんだからペンネームなんだろうけど、万が一を思うと恥ずかしさも隠せないのである。


 ☆


「あー、何も浮かばねえ」


 文芸部部室には、いつしか俺と長門しかいないという稀によくあるパターンになっていた。


 いつも思うのだが、こういうのは共同作業なんだから、団長を中心に互いに支え合うとか普通はあるよな?


 長門も長門だ。

 どうやら今日はフィリップ・カーの『密送航路』なんてレトロ感満載のミステリーを読んでいる。


 だがそれが何だって言うんだ?


 俺がだるそうに何も浮かばないモラトリアムを抱えているのだから、その重荷に少しは梃子なんかを挟み込んでくれたっていい。


 俺は束の間、そんな激情に駆られた。

 だって暇なんだもん。


「……少数能。それは実在する」

「――へっ?」


 ☆


 ヒトは様々な理由で理不尽だ。


 いじめ、誤解、突然の転居、離婚、自然災害、大犯罪、などなど。


 それら全ての不幸、その八つ当たりが向かうのが少数能であるという。


 更に長門は、俺が長門に出会って以来最大かもしれない衝撃の事実を告げた。


「……私たちも少数能になりつつある」


 慎重に言葉を選んだのが俺には分かった。

 私たちというのは、もちろん長門と俺ではないのだろう。


 対有機体コンタクト用ヒューマノイド・インタフェース。つまり情報統合思念体によって作られた宇宙人たちが絶滅の危機にある、と彼女は言っているのだ。


「そんな、嘘だろ?」

「……嘘。それは無謀。圧倒的インテリジェンスは私たちの組織だけに存在するわけはなく、常に彼らの冷戦状態然とした関係性に投じられた微量の嘘など、知られる知られざるに関わりなく完全なる無意味」


 ☆▼▽▼▽


 俺はその晩、徹夜で原稿を書き上げた。

 もちろん「さっさと仕上げて責任を手放したい」という本音はないではない。


 しかしそれ以上に長門の言葉に見た、妙な説得力が俺をそうさせたのである。


「もし、そんな結末があるなら……長門はどうなる?」


 自らの今後について、長門は何も語らなかった。

 いや、あるいは聞いて欲しかったのかもな。だとしたら気が利かない俺は大馬鹿者なのだろう。


 そうした事も手伝って俺が書き上げた第一章は「主人公である女子高生と友だちで、人間に成り済ましている宇宙人がいなかった事になる」という含みのある展開で終わった。


 もちろん実際に、長門にいなかった事になって欲しいわけではない。


 どちらかと言えば俺はハルヒに、俺が与えたこの結末さえも否定する起死回生の一発逆転を期待した。


 ☆


 軽々しい気がするのも、まあ分かる。


 じゃあ俺が消えた事になって良いのか、そういう理屈だよな?


 そうだな……。

 イヤじゃないと言えば嘘になる。


 長門は言っていた。

 嘘、それは無謀。


 だけど正直であり続けられる人間なんているだろうか。俺はそう思う。


 だから何だと言われたら、よく分からない。

 そう。有り体に言ってしまえば俺には消える消えないの理屈なんて、複雑過ぎて手に負えないのだ。


「任せたぞ、ハルヒ」


 無責任、ここに極まる。

 凡人からヘタレに成り下がった俺は、そのまま安らかに眠りたかった。


 朝が来て雀もチイチイ鳴いてたから、もう無理だったけどな!

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