涼宮ハルヒの規約
桐谷瑞浪
涼宮ハルヒの規約
第1話
「阻止よ」
ハルヒが何か言い出した。
やれやれ。
二年生にもなったんだから、成長という二文字を実像として拝みたい年頃のキョンこと俺には、阻止の二文字が拝みたい二文字を最大限に遠ざける予感が止まらないぞ?
「……阻止。それは妨げ、やめさせる行い。素敵な響き。やめさせるという行いには概して達成感と充足感が伴う」
パラパラとハードカバーの経済本を読みながら、長門まで何やら言い出した。
「おいおい。二人とも寝覚めの悪いイタズラだけは、よしてくれよ? 仮にも俺もSOS団。共謀だの悪友だののレッテルを貼られちゃ、……おっと、頼もしい才人も遅れてやって来た事だし。な、古泉からもガツンと頼むぜ?」
「ふう。こんなタイミングで来た時点で嫌な予感が止まりませんでしたが、やはり何か始まるわけですね」
頼もしい才人などと無駄に持ち上げたところで、安定の古泉。
副団長であるという序列すら忘れさせてくれる。全く、大した見かけ倒しは今日も健在ってわけだな!
ふむ。つまりは結局、始まっちまうわけだ。
だって残るもいわゆるド安定の、
「あの~、皆さぁん。机の上はキレイにしてくださぁい」
だもんな。
まあ、だがそれこそが可愛いから許せる朝比奈さんクオリティ。
もしカステラが目の前にあれば案の定、何個でも行けるわけだ。
☆
SOS団の活動拠点たる文芸部部室。
進級したのが嘘のように、そこにはサザエさんもビックリのレギュラー団員が揃い踏みとなった。
「みくるちゃん、今は机の上より大切なビジネスの話だから」
「だ、ダメですよう。あたしたち学生なのにお金を儲けるなんて!」
朝比奈さんにしちゃ正論、だな。
偉い、偉いぞ朝比奈さん。
俺は心の中では完全なる朝比奈さんサイドに回りながらも古泉とチェスをし、今ようやく三勝目を挙げたばかりだ。
「おい、古泉。三回連続で同じ手順とはどういう手抜きか、説明してくれるか?」
「えっ。それは失礼しました。最近、ちょっとだけ勉強のしすぎで疲れがあるのかもしれません」
そう。あろうことか古泉は、俺が全く同じ駒運びをしているとも気づかないでサクッと清々しいほどに完敗しやがったのである。
☆
「そこの二人!」
バンッと大きな音を立てて団長専用の机を叩き、ハルヒがすうっと立ち上がった。
「アンタたちにも関係するから聞きなさい。だって時代はもう、ライトノベルなんだからね」
「……ライトノベル。それは小説の新たな可能性。ウェブ連載、メディアミックス、そして単行本。あらゆる未来、あらゆる宇宙を包括的段階的に融合するための……」
長門が語り出したのをも、ハルヒは遮りながら続けた。
「いつかアンタたちと小説を書いた気もするけど、それはそれ。時代は合作よ」
ビジネスと言っても、将来的にビジネスに繋げていくための予行演習、というハルヒなりの目標が設定されているようだ。
つまりは小説投稿サイトに無料で公開。
ま、確かに今どき珍しい話ではないな。
☆
「で、一体何が阻止なのか。そっちも説明してくれよな?」
俺はあくまで紳士的な態度でハルヒに、漏れまくりの説明補完を促した。
「おっと、流石はキョン。今から説明する所だっただけに、やっぱり余計なお世話のエキスパートね」
「うっ。心当たりは山のごとしだが、今はどうでもいいだろ?」
ハルヒが阻止したいモノ。
それはなんと〈宇宙人、未来人、そして超能力者の絶滅を防ぐこと〉なのだそうだ。
「信じ始めたってか?」
「な、何よ。バカキョン」
「ふふ。涼宮さん、つまりはこういう事ですね」
訳知り顔で古泉が、ハルヒの構想をさも自らの事のように語り出した。
その〈絶滅しかけた宇宙人、未来人、そして超能力者〉をひと言で少数能と呼ぶならば、少数能の絶滅を防ぐための理論をライトノベルという形で秘密裏に世間に公表する。
ハルヒが目指しているのは、正にそんな事であると古泉は断言すらした。
はっきり言おう。
いつにも増して、なんだコイツ?
「古泉くん。まあ、大体合ってるわよ」
「合ってるのかよ。流石は副団長、文脈を読む力だな!」
「んふ。実はチェスをしながらそればかり考えていたものでしてね」
まるでチェスには負けたが人間として優勝したかのようだ。
古泉、恐るべき詭弁なり。
☆
「……少数能。それは興味深い発想。知らぬ間に自らの種族が滅びゆく、世界中の少数民族にまでそのルーツを求めるべき仮想の事象」
「有希。仮想とは限らないのよ、この問題は。だからこそのライトノベル、だからこその小説投稿サイトなの」
力説対力説の果てなき戦いも見物だが、俺としてはやるべき事を確認したらチェスに戻りたいわけで。
「おっと。ボクはこれから用事があるんでした。まだ早いですが、今日はこれにて失礼はします」
そう言うと古泉はさっさと帰ってしまった。
「はあ? これから主旨を説明して団活を始めるってのに。まあ、まだ一ヶ月あるから良いものの」
ハルヒのさりげない発言だが、一ヶ月という新たな縛りに俺は我が両耳を疑った。
「あの、涼宮ハルヒさん。もし差し支えなければ、期日がある理由を俺という無知に教えてはもらえませんでしょうか?」
すると、前にも増して団長机は叩かれた。
バンッなんてレベルじゃない。
ズガバドジャーンだ。
「あんた、バカ? 絶滅危惧種を救うのに、一ヶ月でも遅いくらいよ」
☆▼▽▼▽
その日の夜。
「キョンくん。なんかあったのかな?」
そう出し抜けに聞いてきた妹。
飼い猫のシャミセンを「シャミ」と撫でるも、シャミセンは器用に脱出して俺の足下でじたばたし出した。
朝比奈さんとは別の愛らしさがあるんだよな、コイツ。
いや、妹でなくシャミセンの話だぞ。
「お前、確か一度だけライトノベル書いたよな?」
小説投稿サイト・ポケットキッズ。
なんでも「手の平サイズのフィクションをシェアしよう」というコンセプトの下にインテリ実業家が立ちあげた、新進のウェブサイトだ。
「もう、やめてよ~。あれは私の暗黒短編なんだから」
数ある黒歴史を、妹は暗黒という接頭語を付けた独特な言い回しで表す。
黒歴史じゃあ真っ黒みたいであんまりだから、というのが理由らしいが、冷静に考えたらむしろ悪化してるんだよな。
だが仮にも妹が始めた表現を貶めるのもどうかと思ってしまった俺がバカだった。
修正してやるタイミングを逃し、今じゃ暗黒なんとかが日常会話に差し込まれるたびに己のプチ懺悔の材料となっている。
「ライトノベルって、どうなんだ?」
「どうって……スカッとする、かな」
「スカッとする、か。ほう」
経験者が語るだけあり、ひと言で本質めいた感想を語る妹。
そして俺の足下では、シャミセンが永遠の行いのごとくごろごろしていた。
☆▼▽▼▽
次の日の放課後。
「ポケットキッズよね。実はアタシもあのサイトが良いなって思ってたのよ」
ハルヒはパソコンで、ポケットキッズのサイトを検索してブラウザに表示した。
「ほえ~。キュートなデザインで私は好きですね~」
「……洗練。一見チープにも見えるが本当にシステマチックな画面作りと見受けた」
「なるほど。短編メインの投稿サイトですか。実際、短編ならば一ヶ月でもなんとか間に合いそうですね」
団員たちがはしゃぐ中で、俺はハルヒにある疑念を耳打ちした。
「本当にやるのか?」
ハルヒは周りに団員がいるのも憚らず、団長机を叩いた。
バンッなんてレベルじゃない。
ズンッコロコロコロ……バダバガダガババだ。
「やるに決まってるでしょ。さあ、みんな。団活としてのライトノベル創作、大いに盛り上げるのよ!」
やれやれ。
そして俺は、俺たちは涼宮ハルヒという個性にこうして何度でも巻き込まれていく。
仕方ない。
不可抗力だとしても、せめて人並みに楽しんでみるか!
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